【短編版】ハズレギフト【勘違い野郎】のせいで追放されたけど、よくよく考えたら俺のためを思ってくれてたんだよなぁ
「アルス、お前を追放する! 今後二度とカガ家を名乗るでない!!」
15歳の誕生日に行われる洗礼の儀。神の祝福と共に人はギフトを授かる。勇者の家系、カガ家の長男として生まれた俺は周囲から期待されていた。【剣聖】や【賢者】のような最上位ギフトを授かるに違いない。そう思われていたし、俺自身もそう思っていた。
「……ち、父上。待ってください」
「黙れ! もうお前の父親ではない! これまで育てた苦労を思うと腸が煮え繰り返る! 早々に立ち去れ」
母上や弟のいる前で罵声を浴びる。母上は顔を伏せ、こちらを見ようとはしない。1歳下の弟、ニケルは──。
「兄上。いや、もうただのアルスか。父上の言う通りに、とっとと家から、いや、この街から出て行くんだな。お前の居場所なんてものはここにはない」
笑ってやがる。俺がいなくなればカガ家を継ぐのはニケルだ。降って湧いたチャンスに歓喜しているのだろう。
「……ニケル、お前」
「ニケル様だろ! もはや平民のくせにカガ家の嫡男たる俺様を呼び捨てにしていいと思っているのか? 流石はハズレギフト【勘違い野郎】は違うな!!」
ニケルと父上は顔を見合わし馬鹿笑いする。
【勘違い野郎】は俺が今日、神から授かったギフトだ。全く、何故俺はこのようなものを授かってしまったのか……。こんなギフト、なんの役に立つっていうのだ! ギフトなら少しでもいい。俺の役に立ってみせろ! 俺は【勘違い野郎】を強く意識する──。
「ぼさっとしてないで、さっさと出て行け! 二度とカガ家の門をくぐるな!!」
父上がさらに厳しい言葉を放つ。何も考えずに聞いていればただ悲しい。しかし、本当にそうか? 俺は勇者の家系に生まれた男、アルス・カガだ。勇者とはなんだ? それは苦難を乗り越えて成長し、花開く存在。
かつての勇者は異世界からこの世界に召喚され、大変な苦労をしたという。それでも諦めず、もがいて前に進み、最後は魔王を討ち取った。俺は今、苦難を与えられようとしているのではないのか? 父上や母上、そしてニケルさえも俺に期待をしている!?
「ありがとうございます!」
「「えっ!」」
父上とニケルが驚く。
「そこまで俺のことを思ってくれていたなんて、全く気が付きませんでした」
「「「ぇぇええぇぇ!!」」」
今度は母上までもが加わって声を上げる。どうやら図星だったようだ。
「このアルス、必ずや期待に応えてみせましょう! では、行って参ります!!」
振り返りはしない。次に顔を合わせるのは俺が立派な勇者となった時だ。
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勢いよく街を飛び出したまではよかったが、さて何処に向かうべきか。街道は東西に伸びている。西に行けば迷宮都市、東に行けば王都へと繋がる。修行をするならば、ダンジョンを擁する迷宮都市か?
「そうだ。確認しないと。ステータスオープン」
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名前 :アルス
性別 :男
ギフト:勘違い野郎1
スキル:長剣5
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目の前に現れた半透明のステータスボードには俺のステータスが記されている。さっきまで名前がアルス・カガになっていたのにもうただのアルスだ。ステータスの神は仕事が早い。
ステータスボードの【勘違い野郎1】のところを指で触る。スッと小さなボードが飛び出し、ギフトの詳細が表示される。祝福の儀から追放されるまではバタバタだったからな。実はギフトについては名前ぐらいしか知らないのだ。一体、どんな効果があるのか……。
《勘違い野郎1》
森羅万象を勘違いしやすくなる。
勘違いしている間はあらゆる攻撃が届かない。
なんだ、このギフトの効果は? 全然使えないじゃないか!? 勘違いなんてそうそうするものではない。はっきりいって無いも同然のギフトだ。
「つまり、頼れるのは自分の力だけってことか。上等だ! やってやる!!」
「こら、ニイチャン。いきなり大声を出すもんじゃないよ。馬が驚くだろ」
俺の横を通る馬車の御者台から声が掛かった。見たところ男は商人だろう。馬車の荷台には山盛りの荷物がある。もしかしたら護衛を探して俺に声を掛けたのかもしれない。
「すまなかった。ところでこの馬車は何処へ向かうんだ?」
「うん? 迷宮都市だが──」
「分かった。護衛を引き受けよう!」
「はぁ? 何を言ってるんだ? お前みたいな駆け出しに護衛なんて頼む訳ないだろ?」
「わかってる。わかってる。そうやって護衛料を下げるつもりだろ? だが、安心してほしい。今回は金はいらない。俺は迷宮都市に行きたいだけなんだ。馬車に乗せてくれればそのついでに護衛しよう」
俺の言葉に男は馬車を止めて御者台から降りてきた。交渉成立か?
「若僧がぁ──」
男が右腕を引いてしならせる。よく見るとこの商人、やたらと体格がいいな。元々は冒険者なのかもしれない。
「調子に乗んなよおおお!」
──ドンッ!!
ちょうど左の頬の辺りで音がした。男の拳もそこで止まっている。
「な、なんだ。これ。まさか物理障壁か?」
男は驚いた顔をしてぶつぶつ何かを言っている。自分で寸止めしておいて何を言っているんだ。
「で、どうする? 本当に護衛料は要らないんだが」
「……物理障壁は上級のスキル。こんな小僧が持っているとは思えないが……しかし……」
「どうするか聞いているんだけど」
「ヒッ! わ、分かった! 迷宮都市までお前を連れていく! だから護衛を頼む! これでいいだろ?」
男は急に背を伸ばして言った。何かを思い出したかのように。
「交渉成立だな。俺はアルス。あんたは?」
「お、俺はダルディだ。見てのとおりの商人だ」
ゴツい身体の癖によく言うぜ。こいつは食わせ者かもしれない。
「ダルディ、迷宮都市まで責任を持って送り届けよう」
「……おう。頼むぜ」
旅の滑り出しは順調だ。
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「へえ。やっぱり元冒険者だったのか。ダルディは」
「ああ。ある程度稼いで元手が出来たから商人に鞍替えだ。歳がいくと冒険者は危ないからな。俺は長生きしてえんだよ」
ダルディは焚き火を弄りながら言う。揺らめく炎が下から顔を照らすと、いくつかの傷跡が浮かんだ。歴戦といった感じだ。
「長生きしたいのに護衛もなしか?」
「アルスは知らないのか? あの御者台の脇についてある、葉巻みたいなのは魔物除けの魔道具だ。あれに火をつけて煙が出ている間は問題ない。怖いのは盗賊ぐらいだよ」
「で、大きな盗賊団はこの前捕まったばかり。つまり今は安全ってことか。余計な護衛を申し出たようだな。ダルディ、済まなかった」
「なーに、気にすんな。別に金を払う訳じゃない。話し相手が出来たぐらい──うん?」
薪の弾ける音の合間に何かが聞こえる。
「何か来ている?」
街道は既に森の中に入っていて遠くまでは見通せない。しかし、何か慌ただしい雰囲気が感じ取れる。これは馬車か? しかし夜に走らせるなんて緊急時しかしない筈だが、一体何が?
「彼方からくるぞ!」
ダルディが迷宮都市側を指差して立ち上がった。スッと剣帯から短剣を抜いている。顔つきは険しい。俺も剣を抜き、魔物除けの魔道具を拝借して野営地から街道に入った。
馬の蹄が地面を蹴る音が重なる。何頭もいるようだ。しかも全力で走っている。これは、何かに追われているのか? 音はどんどん近くなり、馬車の灯りが激しく揺れているのが分かる。
「アルス、来るぞ!」
グオオオオオオー!!
腹を揺さぶる咆哮の後、三頭立ての馬車が横倒しになり馬の悲鳴が響く。
「クソ、なんだってんだよ!」
ダルディが灯りの魔道具で咆哮の主を照らす。暗闇から浮かび上がって来たのは──。
「ドラゴンゾンビだとぉぉ! やばい、逃げるぞ、アルス!」
ダルディがスッと灯りを消して森の中に入っていく。しかし、俺は動かない。これは俺に与えられた乗り越えるべき壁。それに魔物除けがあるから大丈夫だろ。ダルディはちょっと大袈裟なのだ。
魔道具で照らすと、ドラゴンゾンビはゆっくりと馬車に近づく。馬車の客室から声が聞こえた。女の声が二つ。随分と取り乱している。これは急がないと!
「大丈夫だ! 俺がなんとかする!!」
駆け寄ると、血塗れの御者が地面から俺を見上げ、客室から這うように出てきた2人の女が目を剥く。
「あれが見えないの!? ドラゴンゾンビよ! 早くここから逃げて」
「大丈夫だ。見ていろ」
ボロボロになった翼をはためかせ、ドラゴンゾンビが二本足で立ち上がった。これは先程の咆哮、ブレスの予備動作か?
「こっちだ! 死に損ない!!」
目の前に立ち、魔物除けの魔道具を掲げる。そして──。
グオオオオオオー!!
俺めがけて吐き出されたブレスは魔物除けに当たってスッと消えた。今がチャンスだ!
「ウホオオオオオオー!!」
魔物除けを口に咥え、両手で長剣を首に突き刺す。聖剣とまではいかないが、それなりの業物。腐ったドラゴンの鱗には通じたようだ。
──ダンッ!
振るわれたドラゴンの爪が俺の脇で止まる。魔物除け様々だな。これがある限り、大丈夫だ。
「オワアアアアァァー!!」
首に突き刺した剣を押し込み、貫通したところで刃をたてながら引き抜く。俺の身体ほどあるドラゴンの頭部がずるりと滑り、自重に耐えられずに地面に落ちた。
そこからは一方的だった。ドラゴンゾンビの抵抗を魔物除けで防ぎ、剣で解体していく。そして胸の中から魔石を取り出したところで完全に動きは止まった。
「……あの、大丈夫ですか?」
馬車の客室にいた女の一人が不安そうな表情で声を掛けてきた。怖い目にあったばかりだ。安心させてやろう。長剣を離し、スッと女に身を寄せて抱き締める。随分と華奢だな。綺麗な髪をしている。何処かの貴族かもしれない。
「ちょ、あなた! お嬢様になにをするの! 無礼者!!」
もう一人の女が叫ぶ。ドラゴンゾンビに追われて気が立っているのだろう。仕方ない。腕をゆっくりと解き、今度は喚き散らす女を抱き締める。こちらはふくよかで幾分か歳がいっているようだ。
「や、やめなさい! 何をしているの!!」
まだ怖いらしい。少し強く抱くと、女の瞳が潤んでいた。たしか、勇者の物語ではこのような時に接吻をするんだったな。……女の口を唇で塞いだ。
「……んぁ」
女がようやく落ち着いた頃、森の中からダルディらしき灯りが近づいてきた。全部終わってから来るなんて調子のいい奴だ。
「……アルス、お前が倒したのか?」
「他に誰もいないだろ?」
「それはそうだが、相手はドラゴンゾンビだぞ?」
「大丈夫。これがあったから平気だったよ」
馬車から借りた魔物除けの魔道具を出すと、何故かダルディは不思議そうな顔をするのだった。