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第9話 侯爵家での夕食。爆弾はお茶の後で

どうしても長くなる。

 父ギャノンは、クローディアたちが森へと出掛けるや、早々に侯爵家からお暇したらしい。

 クローディアに手紙を残して。

 その手紙に綴られていたのは、一行のみ。

 パースフィールド侯爵様を怒らせないように! お家大事!

 クローディアはそれを見て、大きく頷いた。

 もちろん。わかってますとも。できるだけむちゃぶりはしません。たぶん。

 しかし父よ。娘を気に掛ける言葉もなしか。なしなのか。薄情な父である。

 幼い娘を置いてきぼりにした父を思い、思わず手紙を踏みつけようかと思ったが、ここはよそ様の家、怒りは貯めておき、まとめて精算しようと心に誓う。

 手紙を封筒に戻すと、クローディアは割り当てられた部屋にて、身支度の続きをする。

 これから試練の侯爵との夕食である。

 できれば、自室で1人食べられればありがたいのだが、そんな我儘をいう訳にもいくまい。侯爵も午後のエルネストの状況を逐一知りたいに違いない。

 再度父に恨みの電波を送りつつ、髪を整える。腰まである髪はハーフアップにしてもらった。そしてドレスは、薄い緑のドレスである。自宅から持って来たドレスの中から、クローディア付きのメイドになったというキティが選んでくれたものである。失礼のない程度のドレスであると信じたい。

 ちなみに割り当てられた部屋は、グレームズ男爵家の自室よりもはるかに広く、豪華なお部屋である。ベッド、ソファセット、机、椅子などがあっても、全く狭さを感じさせない。逆に広すぎて落ち着かないくらいである。

「クローディア様、そろそろお時間でございます」

 身支度を手伝ってくれていたキティが、試練の時を告げる。

 いよいよである。果たして、クローディアのマナーに及第点はでるか。

 侯爵一家が顔をしかめない程度である事を、祈るばかりである。


 キティに連れられてやってきたダイニングルームもまた広かった。二十人は座れるだろう長いテーブルが中央にどんとある。それの上座に三人分の食器が用意されている。

 そのうちの二席には、すでに当主と、エルネストが席についていた。

 パースフィールド当主の奥方と長男は王都の屋敷に残っているらしい。

 当主の代理として、王都にて仕事をしているのか。それとも、エルネストが関係して、戻ってこないのかは不明である。そこは深くは突っ込まない。よそ様のお家の事情など、詮索は無用である。それにしても、2人の正装が煌びやかすぎる。服の色も黒かと思えば、濃紫だ。徹底している。怖気づいてしまうではないか。折角の食事前なのに、胃が痛い。

 パースフィールド侯爵家の食事。きっとグレームズ男爵家の食事よりも豪華に違いないのに、味わえる気がしない。

「遅くなりまして、申し訳ございません」

「いや、こちらが早くついていたのだ。大事な客人を待たせる訳にはいかぬからな」

「恐れ入ります」

 侯爵さまよ。プレッシャーをかけないでほしい。切に願う。

 クローディアは曖昧に微笑むと、席に着く。

「では、はじめようか」

 パースフィールド侯爵の言葉を皮切りに次々とお皿が運ばれてくる。

 その間、侯爵は目を細めて、エルネストを見ていた。

 ああ、そうか。ずっと引きこもっていたという話だったから、こうして一緒に食事をするのは、久しぶりなのかもしれない。ほっこり胸が暖かくなる。

 が、残念ながら、会話は弾まなかった。

「どうだったかな、クローディア嬢。昼間エルネストと森を散策したとか」

「はい。とても実りの豊かな森でございました。エルネスト様と、木の実をどちらが多く採れるか競争致しました」

「おお。エルネスト、それで、どちらが勝ったのかな」

「引き分けでした」

 しーん。万事がこの調子である。

 侯爵が話しかけても、エルネストは短く返事を返すだけ。

 悲しげな侯爵の様子が、涙を誘う。

 エルネスト様、もう少し父を構ってあげて。

 どうもエルネストは父との会話よりも、何かに気を取られているようである。時々考え込んで、食事の手が止まる。誠にもったいない。お肉もグレームズ男爵家で出されるものよりも、数段柔らかく上質で、野菜もバラエティー豊かで、すこぶる美味なのに。

 クローディアはマナーに細心の注意を払いつつ、もしゅもしゅと、食事を堪能する。

 これはデザートの期待大である。

 エルネスト様、こんなご馳走を毎日食べられる幸せを、神に大いに感謝しないと。

 侯爵がエルネストに注意を向けている間に、クローディアはパンのお代わりをそっと頼む。

 しかし、エルネストはいったいどうしたのか。

 先程、森からの帰りの馬車までは楽しそうにしていたのに、陰鬱さとお友達の状態に逆戻りしたようであるである。

 亡霊対策の希望がみえたのだから、もう少し、リラックスしても良さそうである。やはりしっかりした対応策を持たないと、安心できないのか。

 わかった。エルネスト様よ。今しばし待ってもらいたい。

 侯爵さま、いましばらくの猶予を。

 クローディアは深刻そうな侯爵家の二人を眺めつつ、最初の心配はどこへやら、豪華な食事を前にした途端、最優先事項が切り替わり、大いに食事を楽しんだのだった。


「大変すばらしいお食事でした」

 食後のお茶まで無事終了。美味しかった。特にククリを使ったケーキが最高であった。是非ともレシピを教えてもらいたい。大満足な食事であった。

「喜んでもらえてよかった。クローディア嬢も、今日は疲れたであろう。早めに休むとよい」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お先に失礼します」

 ふう。全日程終了。食べ過ぎたお腹を、割り当てられたお部屋で擦りつつ、まったりとお茶を飲みたい。いや、飲もう。そう決意しつつ、席を立ったクローディアを引き留める声が響く。

「父上、お願いがあります」

 食事の間、自分から話しかけなかったエルネストが、パースフィールド侯爵に身体を向けている。

 何やら真剣な顔だ。

 どうしよう。どうする。これは黙ってこのまま部屋を出ていいのか。残ったほうがよいのか。何が正解だ。

「なんだ。エルネスト、言ってみなさい」

 侯爵が嬉しそうに、先を促す。

 これはそっと席を離れてよさそうだ。クローディアはそう判断して、席を離れようとした途端、

「はい、申し上げます。今日夜もずっとクローディアとともにいたいです」

 エルネストが爆弾を投下した。

 おい! エルネスト様! 何を言い出すのだ。

「お願いします。ずっと一緒にいたいのです」

 まるで結婚の許可をとるようなセリフである。

 しかし、エルネストはまだ6歳。そんな真意はもちろん全くない。

 子供。幼児である。

 その点からみれば、仲良く過ごしても構わないような気がする。

 クローディアとしても全然問題ないのであるが、侯爵は厳しい顔をしている。

 小さい子供たちのお泊り会では、すまないらしい。

 エルネストは、パースフィールド侯爵家のご子息様である。男爵家の子供とお泊り会をしたとの噂がでたら困るのかもしれない。うむ高位貴族は大変である。

「だめだ」

 予想通り、パースフィールド侯爵は首を振った。

「なぜですか!? お願いします!」

 なおも必死に頼み込むエルネスト。

 ああ、とクローディアは納得した。

 そうか。昼間よりも夜の方が怖いか。それはそうだ。

 亡霊たちの本領発揮の時間帯は、夜なのだから。

 闇が亡霊を活性化させるのか。その闇パワーで、ララが飛ばした亡者たちが舞い戻ってきたら、泣きが入るだろう。

 だが、事情を知らないパースフィールド侯爵が許可するはずもない。

「エルネスト、クローディア嬢が気にいったのはわかる。しかし幼いとはいえ、婚約者同士でもないのに、男女の同衾などを、許可できない」

「ならば、クローディアを僕の婚約者にしてください!」

 クローディアはあんぐりと口を開けた。

 このお子は何を言い出すのか。

 男爵家の娘が侯爵家の婚約者なる。何もとりえのないクローディアが? なれるわけがない。

 またなりたくもない。

 権謀術数、裏の読み合い、化かし合い。それが日常とする日々など、御免である。

 クローディアは、将来自由気ままに世界を回りたいのである。

 ニコル叔父について新しい発見の日々を送りたいのである。

 侯爵家に嫁いだら、たとえ次男でも、そんな事、できる訳がない。

 これは介入やむなし。侯爵を援護しなければ。

「エルネスト様、そう言っていただけて、光栄ですが、私では分不相応ですわ」

 パースフィールド侯爵もクローディアの答えにほっとしているようで、大きく頷いている。

 ちょっと失礼な気もするが、それは今は置いておく。

 ただ1人不満なのは、エルネストである。

「だけど、僕は、クローディアと一緒に居たい。片時も離れたくはないのです」

 言葉だけ聞けば、恋焦がれた恋人に囁くセリフである。

 だが、真相は違う。クローディアは彼にとって一筋の光明なのである。苦しい境遇を救ってくれる救世主とも思っているかもしれない。ただそれは一時のものだ。

 彼だってすぐにわかる。私がいかに彼にとって不足した存在であるかと。

 今日の森でのエルネストを見ていればわかる。

 かなりなハイスペックな持ち主だ。

 亡霊の案件が片づけば、クローディア以上のご令嬢が、よりどりみどりである。

 広い世界に目を向ければ、素敵なご令嬢が彼を支えてくれるに違いない。

 だからどうかここは踏みとどまって欲しい。

「どうすれば、クローディアとずっとにいられる? 僕はクローディアと離れたくない。離れたくないんだ!」

「エルネスト!」

 待って欲しい。それ以上言ってくれるな。エルネスト様。これでは自分がエルネストを誑かしたと、侯爵の機嫌が悪くなってしまうではないか。

 わかった。君の要望を叶えるよう努力しよう。だから口を閉じてくれ。頼む!

 クローディアはグレームズ男爵家お家断絶を回避すべく、頭をフル回転させた。

 そして、自分の考えを、控えていた執事にそっと伝える。

 執事はすすっと侯爵に近づくと、耳打ちする。

 伝言を聞いた侯爵は一瞬苦虫を潰したような顔をしたが、渋々頷いた。

 クローディアの先ほどの発言で、彼女がエルネストの婚約者になるのを望んでいないとわかってくれての頷きだろう。

 クローディアの案はこうだ。

 侯爵は知らないふりをすればよい。

 2人は別々の部屋へと戻り、別々に眠る。

 侯爵も自室へと引き上げてしまえば、エルネストがそっとクローディアの部屋へ忍びこんでもわからない、知らない。

 誰も知らないのだ。知らなければ、何もないのと同じである。

 ただし、その旨、秘密にする旨、使用人には徹底通知よろしくで。

 実際6歳同士で何かある訳ない。親からだって一緒に寝てはだめだよ、と言われているだけで、理由は本当にわからない。その何かもわからない6歳児のクローディアである。

 侯爵の了承を受け、有能な執事は、続いてエルネストにも耳打ちする。

 思い通りになったにしては不満顔であったが、それでも彼は頷いた。

 やれやれである。

「エルネスト、クローディア嬢も、今日は長旅や、お前の相手をして、疲れたに違いない。ゆっくり休ませてやりなさい」

 一応の区切り。裏の話をさておき、表面上は無難に夕食の終了挨拶である。

 そうして第一日目の夜は、無事?に就寝と相成ったのである。




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