第7話 侯爵との話し合い。父よ。無茶は承知だ耐えてくれ
また長いです。読みづらかったらすみません(汗)
「いやだ」
「エルネスト様…」
まさかここで否がでるとは思わなかった。
クローディアが頼んでいるのは、ほんの一時、今いるここ、エルネストの書斎にて待機してい てほしいというもの。
その間に、パースフィールド侯爵に今の状況を話し、加えエルネストが健やかに過ごせるように協力を改めて求める。その説明をしに行く間だけ、待っていて欲しいと告げただけなのに。
「いやだ」
エルネストが頑固に首を振る。
クローディアが離れたら、また亡霊が舞い戻ってくるかと心配なのかもしれない。
「一人になるのが、ご不安なようでしたら、ララを置いていきますわ」
「君から離れたら、僕にはララが視えない」
確かにそのとおりである。クローディアから離れたら、エルネストにはララは視えないし、声も聞こえない。
「視えなくても、ララは傍にいてくれます。もしまたあれらが来たら、吹き飛ばしてくれますから、ね、ララ?」
最後はララに向けて、お願いする。
<ええ。まかせて!>
「ほら、ララもああ申しておりますから」
クローディアは未だ彼女の手を放さないエルネストの顔を覗き込む。
彼女の渾身のお願いに、ようやっとエルネストが折れた。
「わかった」
悲壮感たっぷりなエルネストに、クローディアはほだされそうになるが、堪える。
侯爵への報告は本人がいないほうがしやすい。
多少の改善が見られたものの、もっと飛躍的に治すため、多少(?)不審なお願いでも聞いて欲しいと直談判に行くのだ。
まだまだ不安定なエルネストを気にかけながら、パースフィールド侯爵とやりとりはできない。
エルネストには悪いが、亡霊がいない今だけ、耐えてもらう。
これもリハビリである。
いつまでも、クローディアがついている訳にも行かないのだから。
クローディアとしては短期に決着をつけ、早々に自分のお家に帰りたい。
侯爵家と関わっているというプレッシャーから解放されたいのである。
「では、行ってまいりますわね。終わりましたら早々に戻って参りますね」
そう言いつつ、クローディアはそっとエルネストの手を放した。
「失礼します」
「おお、クローディア嬢」
パースフィールド侯爵と父がいる応接室に、クローディアは入った。
父と別れて、1時間半弱、なんと濃密な時間だったか。全く一日畑で働いたくらいぐったりである。子供になんという重労働をさせるのか。
父の隣に座りつつ、父に視線を向ける。
うん。父も父で、侯爵との歓談は大変だったらしい。きっと手に持つ、ハンカチはぐっちょり濡れているに違いない。自分だけ大変だったわけではないようで、少し溜飲を下げる。
正面に座るパースフィールド侯爵を前に、背筋をすっと伸ばす。
さて、ここから気合を入れなければならない。よっし!クローディア、ファイト! である。
「少しエルネスト様とお話できましたので、ご報告に参りました」
「報告は受けている。四阿で2人仲良く話をしていたそうだな」
「はい。エルネスト様は少し、お心を開いてくれました」
実際は少しどころではない。扉全開である。
「して、あれは何が原因で、閉じこもっていたと?」
「それは、お伝えできません」
「なぜだ! あれの不満がわからなければ、対処しようがないではないか!」
「申し訳ございません。ただ言わないとの約束の元、教えていただいたものなので。その信頼を失ってしまえば、またエルネスト様は心を閉じてしまいます」
言わない約束などしていないが、正直に今ここで亡霊が視えて怖いから引きこもってました、と話したところで、何を馬鹿なことを、と信用してくれないだろう。視えない者にとって亡霊の話など、おとぎ話の域をでない。クローディアの父でさえきっと、妖精が視えるという娘の空想の延長だと思うだろう。
これは推測の域をでないが、エルネストだって引きこもる前、おそらくはっきりとではないにしろ亡霊がいる話をしたに違いない。けれど、信じてもらえなかったのではないだろうか。理解してもらえなかったのではないか。だから、閉じこもるしかなかったのではないか。
クローディアもまた亡霊の話をいきなりしたところで、信用されないばかりか、不信感を持たれてしまうかもしれない。それでは、今後やりにくい。
できれば話すのは、ぎりぎりまで先延ばしにしたい。
「‥‥‥そうか。仕方あるまい」
パースフィールド侯爵も残念そうだが、クローディアの言に一理あると思ってくれたようだ。
「申し訳ありません」
「いや。あれと話をして、庭にまで連れ出してくれたのだ。少しの時間で、大きな成果を上げてくれている。すまない。早急すぎたな」
「いえ、ご理解ありがとうございます」
「で、どうかな? でエルネストは元のあの子に戻るだろうか?」
「わかりません。エルネスト様の悩みは大きいのですから」
本当に。クローディアにしても、未知の分野である。若干6歳が取り組む問題ではない。
「うむ。私には想像がつかないが、誰をも拒絶するくらい、エルネストが苦しんでいるのだ。きっと生半可な問題ではないのだろう」
よかった。これでエルネストの心に平穏を作戦に失敗しても、おとがめは少ないに違いない。
男爵家はひとまずつぶされる事はないだろう。
もちろんクローディアには全力を尽くす所存ではある。
しかし、保険、これ大事。
「ですが、エルネスト様のお話をきいて、私、微力ながらお力になれると思いました」
ちらりと父に視線を向けると、ああやっぱりね、と諦めが顔に出ていた。
クローディアの今までの話を聞いていてわかったのだろう。
今日でお役御免にはならない事を。
誠に申し訳ない。
クローディアだって、上位貴族と関わりたくない。一歩間違えばお家断絶の憂き目にあうかもしれないのだ。しかし、エルネストの引きこもりの原因が解り、かつそれがクローディアと同じような目を持つためと分かってしまったら、放っておけない。
「力になってくれるのか」
パースフィールド侯爵の目が明るくなる。
「はい。1日でも早くエルネスト様が健やかに過ごせるように、最善を尽くしますわ」
「ありがとう。ぜひとも頼む」
「そんな。もったいないお言葉ですわ」
パースフィールド侯爵が目礼をする。底辺な貴族に、それもその娘に、侯爵が頭を下げる。その行為自体が異例である。
余程、息子を思っているのだろう。
亡霊が視える事を信じてもらえなくても、パースフィールド侯爵は本当にエルネストを大切に思っているに違いない。
これならば、今から要求する事もすんなりと了承してもらえるかもしれない。
まずは無難なものから。
「ただ、本日1日では、解決は難しいです。その為、数日泊まれる宿を紹介していただけたらと」
「何を言う! もちろん、この屋敷に好きなだけ滞在してもらいたい。勿論、グレームズ男爵もだ」
「いえ! 私は、領地を長い間離れる訳には参りません! 恐れながら、娘だけこちらに置いていただければと!」
半分は本当で、半分は逃げの口上だろう。
高位貴族の屋敷に何の役目もなくただ滞在するなど、ただただ疲れるだけである。
気持ちは大いにわかる。
が、可愛い娘を置いていくのか、父よ。
不満を瞳に載せて、横に座る父を見る。
父はやや大げさに、クローディアの頭を撫でた。
「すまない、クローディア。父もお前を置いていくのはつらい。だが、領主としてやらねばならないことが山とあるのだ」
父よ、視察に行く以外は結構書斎でのんびり過ごしているのを私は知っているぞ。
それをここで声を大にして言いたい。
が、父のひくりと動いた口元をみて、諦める。
子供のクローディアより大人の父の方が、何倍も気を遣うのだろう。
仕方ない。文句は家に帰った後、物で償ってもらうことにする。
これは絶対に聞き届けてもらう。
「わかりました。お父様は、領主さまですものね。私、1人、で、頑張りますわ」
1人を強調させてもらったが、この辺のトゲはいいだろう。
パースフィールド侯爵も父の言に頷いている。
「そうですか。わかりました。元々こちらが急にお呼びだてしたのだ、男爵を無理にお引き留めはすまい。クローディア嬢は、私が責任を持って、お預かりする。もちろん、お礼もさせてもらおう」
「もったいないお言葉でございます。お礼など! ただ、少し変わった娘ですので、どうか寛大にみていただければと、それだけお願いいたします」
父は頭を下げた後、侯爵の怒りを買う行動だけはしてくれるな、との願いがこもった視線を、クローディアに向けてくる。
クローディアはそれに頷けなかったので、曖昧に微笑んだ。
父の顔が、おい!と歪む。
すまない。父よ。この先どうなるか、クローディアもわからないのだ。
なので、無茶しないとは約束できない。
父はパースフィールド侯爵に向き直ると、改めて頭を下げた。
「どうか! どうか! 寛大なお心で!」
父の懇願が心に痛い。
しかしよいタイミングである。父の言葉が追い風になる。
本題をぶつけ時だ。
「パースフィールド侯爵様早速なのですが、お願いがございます。ただ、これから申し上げる内容は、突拍子もない、奇妙な事に聞こえるかもしれません。ですが、エルネスト様が将来健やかにお過ごしいただくのに、どうしても、どうしても、必要であると受け入れていただきたいのです」
「クローディア!」
父の悲壮な声が響く。
すまない。父よ。ストレスで髪が抜けたら、髪は丁重に扱うことを約束する。
「聞かせてもらおう」
パースフィールド侯爵は背筋を伸ばし、クローディアを促す。
「はい。まず一つは、エルネスト様を厨房にお連れするのを、お許しいただきたいのです」
「厨房?」
侯爵は予想もしていなかった言葉に目を丸くする。
「はい。私とお菓子作りをしてもらいたいのです」
侯爵家の子息が、こんな事もなければ、厨房になんて足を踏み入れるなんてないだろう。まして料理するなど。騎士になって野営をするなど将来はあるかもしれないが、今の年齢ではまずありえないだろう。
しかし、どうしても必要なのだ。
ドワーフの大翁に亡霊を退ける方法を教えてもらう。
その為にクローディアたちができること。
自身で稼いだ金もない。宝石もない。今自分たちが持っているものは、皆親にもらったものばかりである。
子供であるクローディアができるのは、お菓子作り。
手作りのお菓子を持っていく。
作ったものを通して、自分たちはこういう人間なのだと見せる。
他にもっとよい方法があるかもしれない。
けれど、クローディアが思いつく自分を見せる方法がこれしか思いつかない。
お菓子なら、何度も作っているので、失敗はない。エルネストにも教えられる。
加え、クローディアの作ったお菓子はなぜかとても妖精たちに喜ばれる。お菓子に作用する効力が果実酒にも作用して、大翁に気に入ってもらえたなら。
御礼としてもよいのではないか。
救ってやる価値があると思ってもらえるのではないか。
「それが、今の息子に役に立つと?」
「はい。侯爵家のご子息が料理など、不相応なふるまいとは存じております。ですが、それを押してもお願いしたいのです」
パースフィールド侯爵は少し考えた後、頷いた。
「許可しよう」
「ありがとうございます! 後、もう一つお願いがございます」
「クローディア!」
まだあるのか!? との父の悲鳴が痛い。握りしめたハンカチがくしゃくしゃである。重ねて詫びる。
「申してみよ」
「はい。お菓子の他に、果実酒を作りたいのです。お酒を扱う許可をくださいませ」
「クローディア! なんてことを!」
グレームズ男爵家でも、果実酒の作り方は知っているが、クローディアは作ったことはない。クローディアは子供だ。子供が酒を扱うなどもっての外である。クローディアが作るのはもっぱら果実シロップだけだ。しかし今回助けてもらうドワーフには、お酒を差し出さないといけない。大翁はお酒が好物だと聞いたからである。
最初はこの侯爵家にあるだろう、酒蔵から美味しいお酒をもらって持っていけばとも考えたが、それではだめだ。何もせず、買って来た物ではだめだ。誠意が見えづらい。
だから、考えたのだ。果実酒ならば、果実を取ってきて仕込むところまですれば、そこにエルネストの心が見えるのではないかと。だから、果実酒作りが必要なのだ。
「お願いします! 私たちが飲むわけではないのです! ただどうしても必要なのです!」
クローディアは必死に頭を下げた。
ドワーフに助言を求められなかった場合、解決は遙かに遠のいてしまう。
その間、エルネストの心がどうなってしまうのかわからない。
どうか、この無茶な願いが聞き届けられますように。
「お願いします!」
「ディア!」
父の悲鳴はもはや懇願である。本当すまない、父よ。
それでも要求を引っ込められない。
クローディアは深々と頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、パースフィールド侯爵は、ぽつりと呟いた。
「今日初めてあった息子の為に、そこまで頭を下げてくれるのだな」
「え?」
クローディアが頭を上げる。
難しい顔をしていたパースフィールド侯爵の顔が緩んでいた。
「理由はわからぬが、果実酒造りが、息子にとってどうやら必要らしい。わかった、許可する」
「ありがとうございます!」
クローディアは笑顔を全開にする。
「こちらこそ、礼をいう。そこまで息子に一生懸命になってくれて」
「それは当たり前のことでは?」
クローディアは首を傾げた。
「エルネスト様はとても苦しんでいます。私でどうにかできないことならば、仕方がないですが、力になれるのです。ならば、力になるのが当たり前です」
「そうか。貴女には当たり前なのだな」
「はい」
侯爵は違うのだろうか。クローディアは首を傾げる。
パースフィールド侯爵はクローディアを温かい目で見つめた。
「グレームズ男爵、そなたの娘は、誠に心根の綺麗な娘だな」
「あ、ありがとうございます」
父は何とか丸く収まったのに、ほっとしたようだ。少し涙目で頷いている。
この数分間で父の心臓はかなりな運動を強いられたようだ。
その心臓の働きに免じて、クローディアを置いて家に帰る行為をチャラにしてもよいかもしれない。いや、やはり気持ちは形で表してこそだろう。やはり欲しいものは買ってもらう。
「クローディア嬢なら、息子を悪いようにはすまい。私は全面的に任せてみようと思う」
「ありがとう存じます! 精いっぱい務めさせていただきます!」
隣で父が不安そうにしているが、無視だ。娘を信じてもらおう。
「ただし、見守り役は付けさせてもらう」
「それは当然ですわ。私はまだ6歳ですから」
侯爵から言質が取れたクローディアは、ソファから立ち上がった。
「では、早速失礼して、準備にかかりたいと思います」
なんせ時間がないのだ。これから果実酒の材料になる実を取りにいかなければならないのだから。果実酒に、お菓子に、2日でに揃えなくてはならない。
「お父様、お帰りはお気をつけて。手紙を出しますから、その時には迎えをお願い致します!」
「ああ。くれぐれも無茶は、無茶は、しないようにな!」
父よ。縋るような眼差しはやめて欲しい。そして繰り返さなくてもよい。
「はい。わかっております」
力強く頷いたのに、余計に不安そうな顔をするのはなぜだ。
「クローディア嬢、お父上を見送りされたらどうか」
「いえ。エルネスト様が待っていらっしゃいますから。なるべく早くお傍にいかないと。ではご前を失礼致します」
クローディアは礼をすると、ドアに向かった。
そして控えていた執事にドアを開けてもらう。
と、扉のすぐ外にエルネストがいた。
「エルネスト様?」
「すまない。待ちきれなくて」
その言葉とともに、エルネストがクローディアの手を握った。
やはり1人では不安だったらしい。申し訳ない事をした。だが、成果はあった。許してほしい。
「おお!」
「クローディア」
その声に振り向くと。
パースフィールド侯爵は微笑ましそうに、父は困ったように自分たちを見ていた。
違う。誤解である。
大人2人が考えるほど、親しくなった訳ではないのだ。エルネストはただ亡霊が怖いだけだ。誤解を解く為、エルネストの手を放したい。が、エルネストの心中を考えると、振り払えない。
すべてが終わったら、話し合いだ。そして誤解を解く。
クローディアはそう、心に誓った。
クローディアがんばっています。クローディアのがんばりをもっと見たいと思っていただけたら、星をポチっとお願い致します(^^)




