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第6話 希望はみえた! 怪しい雲行きもみえた?!

少し長めです。

「あ、ララが帰って来ましたわ」

 陽光きらめく花の間から、薄緑色の服を着た小さきものが飛んでくる。

<クローディア~! お菓子ちょうだい!>

 開口一番、お菓子の請求。折角持ち上げていたのに、台無しである。

「ララったら」

<なによ! くれないの?>

 クローディアの目の前で止まると、ぷっと頬を膨らませる姿が可愛らしい。

「もちろんあげますわよ」

 クローディアは、自分の横に置いておいたバスケットを開いて、クッキーを差し出す。

「クローディア、それは?」

 エルネストが首を傾け、尋ねる。

「私が焼いたクッキーなんですの。ララたちはなぜか私が作ったお菓子が大好きなのですわ」

<クローディアのお菓子は私たちに元気をくれるのよう! だから大好きなの!>

 ララはクローディアの頭にちょこんと座り、クッキーを両手に持ち、頬張る。

「僕ももらっていい?」

「もちろんですわ。元々はエルネスト様と一緒に食べようと作ってきたのですから」

 クローディアはバスケットを差し出す。

 エルネストはバスケットの中を覗き込んだ。

「色々種類があるみたいだね」

「ええ、甘酸っぱいベリーニ入りのものや、歯ごたえが楽しいルーアの実が入ったもの、プレーンなものもありましてよ」

 ベリーニは甘酸っぱい赤い実、ルーアは固い殻に包まれた、歯ごたえのある木の実である。

 エルネストは迷った末、ベリーニ入りのクッキーを選んだ。

 そして噛みしめるように食べる。

「美味しい」

「光栄ですわ」

「久しぶりに美味しいと感じたかもしれない」

 うんうん。恐怖で食事どころではなかったに違いない。

 涙を誘う台詞である。

「よかったですわ。沢山食べてくださいな。でも、よく噛んでくださいね」

「ん」

 きっと胃も弱っているに違いない。よく噛んで消化しやすいように、である。

<あー、あー! ララの分も残しておいて!>

 頭上でララが騒いでいるが、エルネストには聞こえていないようである。

「ララ、エルネスト様、貴女の姿は視えるみたいなのだけど、声はきこえないようよ」

<あー、そうなのね。まだ開いたばかりだからかも。仕方ないわよ>

「何とかならない? 今後の事を相談するのに、ララの声が聞こえないと不便だわ」

<んー>

 どうもあまり乗り気ではないらしい。これは一押ししないとだけか。

「ほら、ララの声が聞こえないから、クッキードンドンなくなっていくわ」

 嘘ではない。心が少し軽くなったからか、はたまたクローディアのクッキーが気に入ったからか。エルネストの手が早い。

<あー!! ダメ! ダメよ!>

「ほら、だから。ララね?」

<わかったわ! 本当は自然に開くのを待つ方がいいんだけど、クッキーには代えられないわよね>

 そうか?そうなのか。

 ララはクッキーを食べるエルネストの耳元に近づくと、ふっと息を吹きかけた。

<私の分のクッキー食べないで!!>

「わあ!」

 突然聞こえてきた声にびっくりしたのだろうエルネストが、耳を抑え、目を白黒させる。

<わかった?>

 ララはエルネストの顔の前まで行くと、指を振る。

「わかった。君の分はとっておくよ」

<よろしい! 話の分かる子供のようね、気に入ったわ!>

 ララは満足そうに頷く。エルネストもそんなララを見て、目を細めている。

 うんうん。わかる。ララ可愛いよね。姿も声も。存分に癒されてください。

「ありがとう。ララ」

<いいわ。クローディアの頼みだもの>

 そしてお菓子のためでもあるだろう。

「それで、ララ、このお屋敷には妖精はいて?」

 ララの事だ、庭だけでなく、おそらく屋敷の中も探検してきたに違いない。

<いるよー。家妖精は少し弱ってる。亡霊が幅をきかせちゃってるから、小さくなってる>

「ララたちも亡霊が怖いの?」

<んー。怖くはないよ。私には亡霊が視えるけど、亡霊たちは私が視えてないんじゃないかなあ>

「そうなの?」

<ん。多分。自分の世界にいる感じ?>

「なら、なぜエルネスト様に近付くのかしら?」

<人間はわかるんでしょうね。亡霊は元人間だし。それで、自分を視れる人がいたら、近寄っちゃうんじゃない。話せる人がいるぞって思って>

「なるほど。そうですわね」

「じゃあ、ずっとこのまま? 視えなくすることはできないの?」

 エルネストが不安そうに問う。

<無理だと思う。その目は生まれつきなものだもん。一度視えてしまったら、視えなくはできないなあ>

「そんな!」

 エルネストは絶望したように、クローディアの手を握りしめた。

 クローディアの手は救命用のロープと化しているらしい。放される気配はない。

 こんな時だが、手汗が出てないか気になる。乙女だから。

<でもー。視える範囲を広げることはできると思うよう?>

「今でも、怖いのに! これ以上余計なもの視たくないよ!」

<そー?私って、怖い?>

「え?」

 エルネストはふいを付かれて一瞬黙り込んだ後、すぐにブンブンと勢いよく首を振った。

「怖くないよ! 妖精さんは可愛いと思う」

<ありがとー! ララって呼んでいいよ! クローディアの友達だから特別に名前呼び、許してあげる!>

 待ってほしい、ララ。まだ友達ではない。知人だ。知人なのだ。

 しかし、顔を明るくしたエルネストにそれを告げられない。

 クローディアは顔が引きつるのを感じながら、笑顔で誤魔化す。

<私もー、正直亡霊には近づきたくないからなあ。怖がる気持ちは少しわかるかなあ。なんかマイナスな空気がいっぱいだもんねー>

 マイナスどころか氷点下底辺である。ひやっどころではない。ぞっとする冷たさである。

<だからー、せめて私たちが視れれば、和むと思うのよねえ。ほら、エルがいうように私たち可愛いから>

「ララ、待って。エルって」

「構わない。クローディアもエルって呼んでくれてもいいよ」

「いいえ! 私はエルネスト様で!」

 あ、そんなシュンとした顔しなくても。

<あー、クローディア意地悪ぅ>

「いや、いい。これからそう呼んでもらえるように頑張るから」

 いや、頑張りどころが違うから。

<そーねー! エルの目を広げる方法はなるべくクローディアと一緒にいることだから、ちょうどいいんじゃない?>

「彼女といるだけで、視えるようになるの?」

<んー。多分? 今エルが私を視れるのは、クローディアと手を繋いでいるからだよ。それを固定化すればいいだけだから。固定化するまで、クローディアとくっついていればいいと思う>

 ララ、言い方。それにどういう理屈か。しかしさっきクローディアがエルネストと離れた時、亡霊は視えなくなった。エルネストもそういうことなのだろう。ん?

「待って。そうすると、私もこれからずっと亡霊を視続(みつづ)けることになるの?」

<あ! そうだね! あはは!>

「笑い事ではないですわ!」

 トイレに1人でいけなくなったらどうしてくれる。

「クローディア」

 エルネストが困ったように彼女を見つめる。

 きっと心の中で葛藤しているに違いない。

 無理強いしてこない。エルネストが優しい。

 クローディアは覚悟を決めた。

「大丈夫ですわ。視えたほうが、今後何かと便利かもしれないですし」

 多少顔がひきつるのは許して欲しい。これが精いっぱいなのである。

「エルネスト様! だから気にしないでください」

「ありがとう。僕、責任はとるから」

「責任?」

 更にじっと見つめてくるエルネストに、嫌な予感しかしない。

「責任なんて結構ですわ。私たち友達ですわよね?」

 この際多少の傷はおっても、切り抜けるのだ。知人から友達に昇格。これで手を打ってほしい。

「友達、そうだね。今は友達でもいいか」

 聞こえない。聞こえない。聞こえないったら、聞こえない。

「さ、ララ、クッキーは沢山食べましたわね? 本題に入りますわよ! 今後エルネスト様が心穏やかに過ごせるように、亡霊を遠ざけておくにはどうしたいいかしら?」

<今更視えないふりしてもダメだろうしねー。私にはこの家から追い出すことはできないしなあ。どうしたらいいかしらねえ>

「ララでも、思いつかない?」

<んー。そうだね。その子に聞いてみれば>

「え?」

 ララが指差した先。クローディアの座った足もとに、ティーカップくらいの小さなものがいた。

 緑色の服に緑色のとんがり帽子。浅黒い肌。小人はついっとクローディアのドレスの裾を引っ張った。

<おいらにも、クッキーちょうだい>

「え、ええ。待ってちょうだい。はい、どうぞ」

クローディアは突然の出現に驚いたが、笑顔でクッキーを差し出す。

<わーい! わーい!>

 小人はクッキーを頭に掲げ、大喜びだ。

「ララ、この子は?」

<んー、この庭を根城にしているドワーフみたいよ。クッキーの話をしたら、ついて来たの。ドワーフって物知りが多いから、聞いてみたらいいわよ>

「わかったわ」

 食べようか、それとも持って帰ろうか、どうしようか迷っている小人にクローディアは話しかけた。

「喜んでもらえてよかったわ。ところで、今、私たちの話をきいていて?」

<うん。きいてたよ。それに家妖精からもきいてた。子供が怖がってるって。心配してたよ>

 ここの家妖精は、家人に好意的なようである。

 後でお礼をしなければなるまい。

「そう。貴方はどう? 心配してくれる?」

<うん。子供は大切! 大事にしなきゃだからね!>

 小人のドワーフはクローディアから視たら、子供に見えるが大人なのかもしれない。

「心配してくれてありがとう。それでね、なんとか怖くないようにしてあげたいのだけど、貴方、何か解決できる方法を知らない?」

<おいらは知らない。おいらが知ってるのは、ここは日当たりがよくて気持ちいいってことだけさ>

 世の中甘くはない。ララが連れてきてくれただけに、がっかりである。

「そう、残念だわ」

<んーでも、大翁なら知ってるかも!>

 小人は思いついたとばかりに、クローディアに告げる。

「大翁って?」

<うん! 大翁は大翁さ! ドワーフの大翁だよ! 大翁は何でも知ってるんだ!>

「まあ。素晴らしいわ! ドワーフの大翁様にお会いしたいわ。連れていってくれる?」

<えー?>

 小人は顔をしかめる。

「だめ?」

<大翁はあまり人間が好きじゃないんだよ。おいら怒られちゃう>

「私たちは悪い人間じゃないわ。ほら、クッキー、もう一枚いかが?」

<わーい!>

 小人はクッキーを両脇に抱え、満面の笑みだ。

 もうひと押しである。

「どうかお願い! 会わせて欲しいの!」

 小人はうろうろする。迷っているようだ。

<もっとクッキーくれる?>

 ちらりとクローディアを見上げる。

「もちろんよ! 一杯さしあげるわ!」

<違う味のクッキーが欲しい!>

 なかなかグルメな小人なようである。

「わかったわ! 貴方のために作るわ!」

 その一言が効いたのか、小人は大きく頷いた。

<わかった! 大翁のところに連れて行ってあげる! でも連れていくだけだよ! 後は知らないよ!>

「それでいいわ。ありがとう。もう少しだけ、聞いていい?」

<いいよ!>

 小人は我慢できなくなったのか、座り込んで、2枚あるクッキーのうち1つを脇に置いて、1つを両手に持って食べ始めた。小さなクッキーなのに、小人にとってはかなり食べ応えのある大きさである。

「大翁様は、何が好き?」

<お酒! お酒が大好きだよ!>

「後は? 後はない?」

<わかんない。あ、でも、君の作るお菓子は好きになるかも! とっても美味しいもの!>

 小人は口の周りにかすをつけて、満面の笑顔である。

<やっぱり? クローディアのお菓子は特別よね!>

 ララが彼女の頭上で大きく自慢している。

<うん!! 特別!>

 どう特別なのか。クローディアにはわからない。ララにきいてもいつも明瞭な答えはない。

 それでも喜んでもらえれば、とても嬉しい。

「ありがとう。それじゃあ、お酒とお菓子をお土産に持っていきましょう。あ、貴方の分のクッキーも沢山作らないとね。だから、少し時間が欲しいの。いいかしら?」

<うん。おいらも今日はクッキー沢山もらったから。そうだな明日の明日、お日様が顔を出した頃にここにいて。迎えにくるよ>

「わかったわ。ありがとう」

<じゃあねえ>

 小人は横に置いてあったクッキーを持つと、くるんとその場で一つジャンプして、消えてしまった。

「ふう」

 クローディアは後ろにもたれた。

「クローディア大丈夫?」

 エルネストが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「はい」

 それに少し微笑んで答える。

 妖精は可愛いだけでない。やりとりを間違えるとひどい目にあうのだ。

 クローディアは過去の失敗に思い出す。

 畑が全滅になった時は、ショックだった。

 あれはよい教訓になった。

「ありがとうございます。私に任せていただいて。きっと、質問もございましたでしょう?」

 エルネストは口を挟まず、黙って小人とクローディアのやり取りを聞いていてくれた。

「いや。僕は何もわからないからね。僕が疑問に思ってることはきっと、クローディアが答えてくれると思ったから」

 この短期間で、そこまでの信頼。ありがたい事である。

「さて、エルネスト様。解決のヒントを得ましたわよ。ドワーフの大翁様に会って、解決策を聞くのです。大翁と呼ばれるほどのお方。きっとすごく長生きしているドワーフなのですわ。私たちを導いてくれるでしょう」

「うん。会うのが楽しみだ。怖くないよね?」

「さっきの子もきっとドワーフの仲間だと考えれば、怖くないかと。ただ、私も初めてなので」

 しかし人間嫌いだという。怖いかもしれないが、ここで不安になってもしょうがないのである。

「そうか。クローディアも初めてなんだね」

「ええ。私だって、知らないことは沢山ありますのよ」

「そうか。そうだよね」

「ええ。だから毎日新しい発見があって楽しいのですわ」

「うん」

「だから、エルネスト様もそういった明日を迎える為に頑張りましょう!」

「うん!」

「さて、そうと決まったら、準備をしなくては!」

「準備?」

「そうです! 大翁様に気に入ってもらえるように、美味しいお菓子とお酒を用意しなくては! エルネスト様も手伝ってくださいませ!」

「もちろんだよ! 僕の事だし!」

 そこでエルネストは立ち上がり、クローディアの手を掲げ、そこに唇を寄せた。

「ありがとう、クローディア。感謝する」

 まるでそれは騎士の誓いのようで。

 流石のクローディアも、頬を真っ赤に染めた。

続きを読みたいと思ってもらえたら、ぜひとも星をポチっとお願い致します。作者が泣いて喜びます(*^-^*)

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