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第4話 ひいい! 初対面!初体験!

少し長めです。

 侯爵家の執事に連れられてやってきたのは、問題の侯爵子息の部屋である。

 クローディアの部屋の3倍は広い。調度品は10倍は良いものが飾られている。

 クローディアの部屋はベッド、勉強机、簡易なテーブルセットがあるこじんまりした部屋である。それでも6歳児には十分広い部屋だが、やはり高位貴族となると違うらしい。

 そのうえ、連れられて入ったここは、エルネストの勉強する部屋、いわゆる書斎らしい。

 寝室はまた別にあるという事だ。

 壁際にはぎっしり本が詰まった本棚。 窓際には子供用の立派な机と椅子。中央には応接室にあったのと負けず劣らずのソファセット。

 流石である。

 自分の家との格の違いを見せつけられた感がある。

 いや、比較するのもおこがましい。

 それにしてもいったいいくつ子息の部屋があるのか。

 一つ一つ見て回りたい。貴族の友達が少ないクローディアにとってよその家を見学できる機会など滅多にないのである。部屋の扉を閉める侯爵家の執事をちらりと見上げる。うむ。そういった浮かれた雰囲気は微塵もない。当たり前といえば当たり前である。遊びに来た訳ではないのだから。侯爵家の大事なご子息の窮地を救うべく呼び出されたのだから。全くもって残念である。

 その執事に連れられて部屋を進み、勧められるままに中央にある3人掛けのソファに腰をかけた。うむうむ。このソファもデザインは違えど濃紫。うむ。侯爵家のカラーだ。徹底している。素晴らしい。汚さないように気をつけねばなるまい。

 クローディアが座ると、すっとお茶が出された。

 その間、一言の会話も、言葉もない。

 通常ならば、部屋主が、迎えの挨拶から始まり、会話が続いていくのが普通である。

 その肝心の部屋の主は、テーブルを挟んだ向かい側のソファに座っていた。

 エルネスト=パースフィールド。

 パースフィールド家特有の紫がかった銀髪に、深い藍色の瞳。当主をミニマムにした感じ。まさにジュニアである。違いは、リボンで結ばれた髪が侯爵より短めであることか。これは可愛がるのも無理はない。しかしその愛らしい顔も病的に白く、眼の下には真っ黒いクマ。そして瞳はどんよりと濁って、身体は小刻みに震えていた。何か大きな不安を抱えているように思える。

 ついでに視線も合わない。

 苦行に耐えるようにずっと俯いたままである。

 さて、どうしたものか。こちらはしがない下位貴族の娘。こちらから話しかける訳もいかず、ずっと話しかけてくれるのを待っているのあるが。

 あ、でも、い、でも、意思表示してもらえれば、こちらとしてもフォローしようがあるのであるが。

 こうしてじっと座っているのは、辛いし、つまらない。

 窓から差し込む光は眩しいくらいである。なのに、部屋は暗雲垂れ込め、今にも雨でも降ってきそうな感じである。どよどよの欝々である。

 きっと侯爵家の内、同様、庭も素晴らしいに違いないのに。

 流石に侯爵家の庭だ、野菜は植わってないだろうが、きっとクローディアの知らない花が沢山あるに違いない。

 見たい。ぜひに。

 見ないで帰るなんてもったいない。

 侯爵家の庭をぜひ目に焼き付けて、家の庭の参考にできないだろうか。

 できれば、庭師とお話したい。

 侯爵にくれぐれも息子を頼むと頼まれたのによいのか。よいのである。

 あちらが一言も発しない以上、どうしようもないのある。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 クローディアも所詮は六歳である。

 先程のプレッシャーよりも興味があるものに気持ちが傾く。

 これ、自然の摂理である。

 子供であるがゆえにそれを我慢できない。

 だめで元々である。この顔色の悪いご子息様だって、少しは外に出て日光に当たった方がいい。そうである。これは無礼を承知でこちらから話しかけて、何とかその方向にもっていこう。

 クローディアは自分のよい方へと解釈し、口を開こうとしたその時。

「坊ちゃま、いつまでも黙っていてはお嬢様がおかわいそうです。せめて自己紹介だけでもしてくださいませ」

 エルネストの後ろに控えていたメイドが、子息様を咎めるように声をかけた。

「あ、いえ、私は」

 メイドさん、ナイスな助言ありがとう! ブラボーである。

 黒いスカートに白いエプロン。貫禄バリバリである。

 ただのメイドにはみえない。キャップから見える綺麗な茶色の髪は後ろに纏められ、少し皺のある目じりは優しそうではあるが、今はきりっと引き締まっている。もしかしたら乳母なのかもしれない。普通のメイド以上の立場でなければ、客人を前にして自ら口を出すようなことはすまい。

 まあ、クローディアが小さな子供であることも多少影響しているだろうが。

 とにもかくにも口火を切ってくれてありがたい限りである。

 そこで初めて、侯爵子息さまが、ちらりとクローディアに目をむけ、ぼそりと呟く。

「エルネスト=パースフィールド」

 が、次の瞬間にはまた俯いた。

「クローディア=グレームズですわ。お目にかかれて光栄です」

 ふう。これで何とか第一段階クリアである。

 しかし、この子が本当に明るく、侯爵に付いて視察に行くほどに活動的だったのだろうか。

 見えない。会ってみても、全く原因がわからない。侯爵様、申し訳ございません。自分には無理です。それより庭が見たい。すっかり庭に気を取られたクローディアは任務を彼方へと放り投げた。そして欲望の赴くままに口を開く。

「あの」

 びくりとご子息様の肩が揺れる。

 それに構わず、クローディアは続ける。

「もしよろしければ、庭を案内していただけませんか? 私、お花が大好きなのです」

 花も好きだが、野菜の方がもっと好き。もちろんそれは黙っておく。

「どうでしょうか?」

 少しでも可愛く見えるように小首を傾げてみる。

 自分の我を通すため何度も使った為、両親にはすでに効力を失っているが、ここでは初首傾げである。少しは効果があると思いたい。

 じっと見つめるご子息様の口元が、否の言葉を紡ぐように動こうとする。

 だめか。それはそうか。部屋から出るのも嫌がってるんだから、このお坊ちゃんは。

 そこへ先程のメイドさん、いやもう乳母と断定させていただく、その乳母さんが再度クローディアはに助け舟を出してくれた。大きなお舟である。

「それはようございます。坊ちゃま、ぜひご令嬢を案内してあげてくださいませ」

 ご子息様が泣きそうな顔をして、その乳母さんを振り仰ぐ。

 それでも乳母さんは言葉を引っ込めない。

 凄いプレッシャーをご子息様にかけている。

 乳母さんも何とかこのご子息様の状況を打破したいと思っているのだろう。

 クローディアとの出会いが、よいきっかけになるようにと願っているのだ。

 乳母さんのかつてないプレッシャーにご子息様は唇を噛み、俯く。

 ずっと引きこもっていたご子息様にこの願いは大きな負担なのかもしれない。

 仕方ない。ご子息様の状態を悪化させる訳には行かない。庭は諦めよう。

 代替え案を考えてある。

「申し訳ありません。ご無理を申しました。それでは、図書室を見せてはくださいませんか?」

 そう。侯爵家には、独立して図書室があるらしい。

 ここに案内される道すがら、執事が教えてくれたのだ。

 おそらく、ご子息様との交流に役立つようにの配慮と考えられる。ありがたい情報である。

 クローディアは外で遊ぶのも好きだが、本を読むのも大好きである。

 本は彼女が知らない事を教えてくれる。本はわくわくの元である。

 クローディアは今度こそ、同意してもらえるだろうと期待を込めて、正面にいるご子息様を見つめた。そこでぎょっとする。

 うそ! なんかご子息様、もっと顔色が悪くなってるよ!

 なぜ! どうして! 何が原因なの! 私? 私なんか変なこと言った?

 クローディアの額にどっと汗が出る。

 やだ。ご子息様、震え再び。えっ! どうしたらいいのか?!

「あの、えっと、もう庭も、図書館もいいです! ここにずっと座っていましょう! ええ! 苔のすまででも! いつまでも!」

 あわあわと慌てるあまり、地がモロだしである。

 そこに更にクローディアをパニくらせる出来事が勃発。

 ご子息様の身体が前にグラリと揺れた。

「あぶない!」

 テーブルの上のカップと正面衝突!

 クローディアは咄嗟に立ち上がって、ご子息様の身体を支えるべく彼の両肩を掴んだ。

 刹那、ぎょろりと不気味な目玉が顔の前に。

「ひっ!」

 クローディアが悲鳴をあげる。

 その悲鳴は、恐怖100%。

「ひいいいいいいいいいいい!!」

 貫禄メイドが硬直する。

 しかしクローディアはそれどころではない。

 エルネストの真後ろ。黒い影。片手がないぼろぼろの兵士。片方の眼球が頬まで垂れ下がっている。

 ゆらゆら。ゆらゆら。ゆれて。慣性の法則に従い、目玉も揺れる。

「ぎゃあああああああ!来ないでえええ!」

 クローディアは瞬息で部屋の隅まで後ずさった。

 初めて視た。

 これがお化け。これが幽霊。いや、亡霊か。

 妖精や精霊たちに話は聞いていたが、これほど怖いものだったとは。精神的ダメージがひどい。 クリティカルヒットである。

 なぜいきなり視えたのか。

 クローディアは震える下唇を噛み締める。

 原因は一つだろう。ご子息様だ。彼に触った事で、視えたのだ。現に彼と離れたら、亡霊は視えない。どう作用したのかわからないが、このご子息様へ触れる事で、亡者が視えてしまったのだ。という事は。ご子息様は亡霊が視える人なのか。いや、急に視えるようになったのかもしれない。外に怯え、人に怯え、部屋の中でも怯えていたという。それはつまりそこかしこにいる亡霊を視ていて怯えていたから。そして引きこもりになった。

 納得、納得、大納得ある。一瞬しか視なかった自分さえこんなに怖いのだ。始終視えていたら、それは精神的に参ってしまうだろう。そしてこの手の事は誰に告げてもきっと信じてもらえない。クローディアは自ら体験済みである。

 彼はずっとこれを視ていたのか。そして一人対処もできず、ただ、逃げるだけしかできなくて。

その上亡霊はきっと妖精と同様に視えるとわかれば、追ってきたのではないだろうか。縋ってきたのではないだろうか。

 クローディアそろりそろりとご子息様に近づいた。

 思わず突き飛ばしてしまった彼は反動で、ソファの上に仰向きになって背もたれにもたれている。

「あの、突き飛ばしてしまい申し訳ありません」

「‥‥‥いや」

 よかった。気絶はしていないようである。

 ただ乳母さんの視線が痛い。

 それにもめげず、クローディアは彼の傍に行き、膝まずき、彼を見上げた。

「無礼を承知で、お願い申し上げます。手を握ってもよろしいでしょうか?」

「え?」

「確かめるために、どうしても必要なのです。許可を頂けないでしょうか?」

「何を確かめると、いや、いい、好きにしてくれ」

 ご子息様はどうでもいいのか、手を差し出してくれた。

「ありがとうございます」

 クローディアはその手をそっと握る。

 すると、彼の背後にバンと先程の亡霊が視えた。

 いや、それ以上。

 ぼさぼさの頭に眼球がない亡霊。手足が奇妙な方向にまがったままの亡霊。首が何重にもねじたまま歩きまわっている亡霊。真後ろにいる霊はぶつぶつと呟きまくっている。

 なぜ増えた。怖い怖い。怖すぎる。

 昼間でも怖いのに、夜は簡易トイレをベッドに持ち込まないとやってられないレベルだろう。

 これは布団をかぶって耐え忍ぶしかないのがわかる。

 クローディアはご子息様の手をぎゅっと握りしめた。

「よく耐えていらっしゃいましたね。私だったら、無理です! 叫びます! わかってもらえなくても! 叫びまくります! ええ! 我慢なんてしませんとも!」

「え?え?」

「とにかく! がんばりました! えらいです!」

「え?! ええ」

「毎日こんな恐ろしいものを視てたら、引きこもりになったのは仕方ないです!」

「っ! 君、視えて?!」

「はい。私も初めて視ました。私の目は感度がいいみたいで。貴方様に触れたら視えました。きっと私のように目がよいのですわ。だから視える筈です。彼女の事も、ララ!」

<はーい!>

 クローディアが呼ぶとぴょこりと頭の上に、妖精が現れた。

 金の髪を持った手のひらサイズの妖精。

 ご子息様が目を見開いて、ララを凝視する。やはり視えているらしい。

「ララ、この招かれざるお客様たちをお帰り願う事はできて?」

<んー、それは難しいかな。ただ、この子から少し遠ざける事はできるよ>

「お願いできる?」

<了解! 後でクッキーちょうだいね>

「もちろんよ!」

<やった! それじゃあ、えーい! あっちへ行ってちょうだい!>

 ララが腕を大きく振ると、そこから強い風が吹いた。刹那、エルネストの背にいた3人の亡霊は、飛ばされ、壁を通り抜けていなくなった。

 クローディアはほっと息をついた。

 近距離での対面はきつかった。一時でも、離れてくれてよかった。

「さあ、これで怖いのはいなくなりました」

 ご子息様はララとクローディアに交互に見、そっと後ろを振り返る。

 すると彼の肩からも力が抜けた。

「やはり、庭を案内していただいてもよろしいですか? 素敵な庭を見て、美味しいお茶を飲みながら、作戦会議をしましょう」

 ぴくりとご子息様の肩動く。

「大丈夫です。怖いものが来たら、このララが追い払ってくれますから。一時的ですけど」

 ご子息様が顔をくしゃりとさせると、コクリと頷いた。

「うん」

 原因がわかったら、対策が立てられる。

 勘のいい叔父ニコルはわかっていたのだろうか。これはクローディアがまさに適任の案件であるという事を。


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