最終話 なぜ?! またまた侯爵家へ逆戻り。ララ、先に教えて欲しかった!
もう2度とエルネスト様とはお会いできない。
「さようなら、エルネスト様」
と、ちょっと切ない思いをして別れた1月後、再会は呆気なく訪れた。亡霊がまた現れたと、急きょの迎えが、パースフィールド侯爵家から来たからである。
クローディアが急ぎ支度をして、パースフィールド侯爵家へと舞い戻ると、玄関先で待ち構えていたエルネストに、ぎゅっと抱き着かれた。
「エルネスト様」
「ディア」
クローディアの肩に顔をうずめて、エルネストは震えている。
その背中をポンポンと叩いて、落ち着かせてやる。
「亡霊が戻ってきてしまったのですか?」
ツンデレドワーフはもう戻ってこないと言っていたが、偽りだったのか。
「違う、全く別の亡霊なんだ」
そう答えたエルネストの目の下には、くっきりとクマがあった。
「ええ!? それってどういう」
「そこからは私が話そう」
その声の方に視線を向けると、パースフィールド侯爵が立っていた。
慌てて、礼を取ろうとすると、侯爵が片手を挙げて制した。
「堅苦しい挨拶はよい。それより続きは奥で話そう」
パースフィールド侯爵に促され、エルネストにギュッと手を握られたまま、応接室に移動した。
侯爵家の応接室にも、もう来ることはないと思っていただけに、少し感慨深い。
複雑な思いにかられながらも、クローディアはエルネストとともに、ソファに並んで座る。
「今から話す内容は、エルネストから話をきいての私の推論だ」
お茶を一口飲んで落ち着いたところで、パースフィールド侯爵が話し出した。
「君とエルネストが教会へと導いた亡霊たちは、戻って来ていない。教会にいる。それは、エルネストが直接教会へ行って確認してきた」
「では新たな亡霊が、こんな短期間にお屋敷に来たという事ですか?」
「ああ。一度にという訳ではない。この1か月で徐々に増えて行った。エルネストが確認したところによると、前と同じ人数いるようだ」
「ええ!?」
この驚きは、二重の意味を含む。
1つ、なぜそんなに亡霊がわいて出たのか。今1つ、はあんなに怖がっていたエルネストが、亡霊の数を確認したという事実にだ。
その意味合いを込めて、隣にいるエルネストを見つめる。
「亡霊がまた現れたその理由の詳細を掴めば、クローディアと長くいられると思って。僕、頑張ったんだ」
ちょっと待ってほしい。それはどういう事か。
「クローディア嬢、私はエルネストと話をして、一つの結論に達した」
聞きたいような聞きたくないような。ここで聞きたくないと言っても、それはかなえられないに違いない。
クローディアはごくりと唾を飲み込む。
「と、申しますと」
「我がパースフィールド侯爵家の歴史は古い。その分、この国の為に内で外で、戦ってきた。それは戦に限らずだ。そして当主に忠誠を誓い、その身を捧げ、散って逝った者も比例して多いのだ。つまり」
「つまり?」
「死してなお、我らを慕う者、苦しみ助けを求め縋る者、あるいは敵対して我らを憎む者、多数いる。戦争での指揮下にあった者を入れれば、数え切れない。それらが、君とエルネストが送った者たちだけである筈がなかったのだ」
「ええと、はい。でも、ここにいたのは、あれらの者たちだけでしたよね?」
「ああ。そしてあれらを教会へ送った事により、この屋敷に空きができたのではないか?」
「空き?」
「そう。我らもある程度のスペースの余裕がないと家で生活ができないのと同じように、この屋敷に住みつける亡霊の数は、ある程度の数しか存在できないのではないか。あるいはその亡霊の個体の強さ、その存在の大きさによっても、無制限に屋敷内で亡霊がうろつけないのではないかと考えられる」
「はあ」
無礼な返事になってしまったが、許して欲しい。
クローディアだって、言われた内容を整理するので、精一杯なのだ。
亡霊が存在する場所には、ある程度1人当たりの面積が必要だというのか。
そしてそれはその存在によって違うと。たとえば、侯爵家の人間にはより大きいスペースが必要で、クローディアのような男爵家であれば、それよりも小さいスペースでよいと。
クローディアは何とか理解しようと試みる。
「ええと、つまり、私とエルネスト様が、ここに住んでいた亡霊にお引越し願った事で、居住ペースが空いたので、新たな亡霊が来たのではないかというのですか?」
「そうだ」
「僕もそう思う」
侯爵アウグストとエルネストがそれぞれ頷く。
「では、今いるそれらの亡霊をまた教会へと送ればよろしいのですね?」
頼む。侯爵よ。それだけだと言って。
「事は、そう簡単ではない」
これ以上は聞きたくない。聞きたくないったら、聞きたくない。
しかし、パースフィールド侯爵は無情に続ける。
「今いる亡霊を教会に送ったところで、また新たな亡霊が現れる確率が高い。先に言った通り、我がパースフィールド家の歴史は古い。その分、業が深いのだ」
パースフィールド侯爵がエルネストを見つめる。
「それをエルネスト一人に背負わせてしまっているのが、不憫でならぬ。が、視えぬ私には変わってやれぬ。ならば、エルネストが健全に生活できるよう親として努めねばならぬ。エルネストはこのパースフィールド家の男子、家を支える為、勉学に、剣に励み、多くの友人を作り、人脈を作らねばならぬ。引きこもってはいられぬのだ。」
そこでパースフィールド侯爵は、まっすぐクローディアを見つめた。
侯爵様、どうかそれ以上は言わないで欲しい。切実に願う。
1秒後、クローディアの願いはあっけなく裏切られる。ああ、無常である。
「クローディア嬢、無理を承知でいう。エルネストの傍にいてやってくれぬか。ずっととは言わぬ。もう少し大きくなれば、エルネストも亡霊に対処できるようになるだろう。それまででよいのだ」
大きくなるまで。何とも曖昧な。そして聞いただけでも、結構な期間を感じられる。
クローディアは、気が遠くなってきた。
それにしても、今の発言から察すると、侯爵は亡霊の存在を全面的に信じたというのだろうか。
「父上! 私はずっと、クローディアとともにいたいと申し上げた筈です!」
エルネストはクローディアの手を両手でぎゅっと握ると、切なげに訴えてくる。
「僕を見捨てないよね、クローディア? ずっと一緒に居てくれるでしょ?」
クローディアは強張った顔に、たらりたらりと汗をかく。
<ああー。やっぱりね~。こうなると思ってたんだあ>
それまで黙って、クローディアの肩に座っていたララが、クローディアの頭上をくるりと飛び回った。
<亡霊とか、私たちもそうだけど、視える人のところに来ちゃうのよねえ。だから、きっとまた新たな亡霊が来るかなあって。そしたら、きっとクローディア、呼ばれちゃうかなって思ったのよねえ>
「ララ、それ、私に教えて欲しかった」
<だーってぇ。クローディア、うちに帰れるの喜んでたしぃ。水を差しちゃ悪いかなあって>
「ララぁ」
その気遣いは、大変ありがたいけれども。
「クローディア、僕のせいで、家族と離れて暮らすのは寂しいと思う。それは本当にすまない。もしどうしても無理なら、僕が男爵家に住むよ」
「エルネスト! 何を馬鹿なことを!」
「父上! クローディアがいないままで、ここに住み続ければ、僕は狂ってしまいます!」
カオスである。
クローディアは、頭を抱えたくなった。
「クローディア嬢、エルネストの将来がかかっている。どうかこの侯爵家にいて欲しい。それにもうすぐ、社交シーズンに入る。王都にも一緒に行き、過ごして欲しい」
「王都の屋敷はもっとすごいのがいるんだ。クローディアが行かないなら、僕は王都に行かないから!」
この親子、詰めるところは詰めてくる。
どんどん追い詰められたクローディアだ。所詮、侯爵家に男爵家が逆らえる筈がない。
侯爵はしたたかだ。ここまで結論が出ているなら、父も一緒に呼んでもよかった筈だ。
それをしなかったのは、まずはクローディアに言質をとってからの方が進めやすいと思ったのだろう。
クローディアは俯くと、唇を噛んだ。
クローディアとて、折角見つかった自分と同じ目を持つ仲間、友人とこれからも仲良くできるのは嬉しい。
だが、家族と離れて暮らすのは不安だし、寂しい。
隣に座るエルネストの顔を、改めてみる。
真っ黒いクマが痛々しい。
クローディアは、内心で大きくため息をついた。
関わった以上、放っておけない。
少しエルネストの執着が怖い気もするが、成長すれば、亡霊にも徐々に慣れてくるかもしれない。そうなれば、他に興味が行くだろう。そうであって欲しい。どちらにしてもクローディアがいなくても、過ごせるよう解決策を見つけ出さなければ。
そうしないと、クローディアの世界探検の夢はなくなってしまう。
「クローディア、ずっと一緒だよ?」
こてりと顔を傾けるエルネストは可愛い。いや! ほだされてはいけない。
自分の夢、これ一番。
<王都かあ。私、行ったことないんだよね。楽しみ!>
ララが呑気に無責任に、飛び回っている。
ああ。ただの王都見物であれば、よかった。
「クローディア嬢?」
返事を促すように、パースフィールド侯爵がクローディアを呼ぶ。
断るすべはもちろんない。底辺な下位貴族の娘には。
だが、1つの反撃もせずに、頷きたくない。
「侯爵様、よろしいのですか? 共に過ごせば、より親しくなりますわ」
それはつまり、エルネストがクローディアに依存する度合いが増す。
侯爵とて、エルネストの将来を考えれば、それは望まないだろう。
「現状、仕方がない。今はこれ以上の最善の策、は見つからないのだから」
よし。こちらも言質は取った。侯爵、後で責めないで欲しい。
「かしこまりました。ご期待に添えるよう、父と相談致したく存じます」
これから父を入れた話し合いで、折り合いをつけていかないとならない。
父の胃も心配である。
ああ。侯爵家と係りなく、テンリを育ててた日々に戻りたい。
<忙しくなりそうねえ。あ、お菓子作るのは忘れないでね!>
ララの声に、とうとうキャパを超えたクローディアは、心の中で叫ぶ。
まだ6歳! 父に母に甘えたいし、弟とも一緒に居たい!
ただただ、遊んでいたいんだよおおお!
6歳児にこんな重責を担わせんなあああああ!!
クローディアの心の叫びは、誰にも届かなかった。
<終わり>
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誤字報告ありがとうございます。助かりました!(23/1/28)




