第16話 ドワーフのお兄さんは、実はツンデレだった
ドワーフが作ってくれるという亡霊撃退道具、もとい、安らかなるところへ導く道具を待つ間、エルネストは中断していた貴族に必要な教養を身に着けるための勉強を再開した。
クローディアが傍にいるならばという条件で、エルネストがやる気を見せたからである。
クローディアは離れたがらない彼の傍で、ありがたくも授業に同席させてもらっていた。
グレームズ男爵家では決して受けられないハイレベルな家庭教師の授業だ。真剣に聞き、少しでも多くの教えを吸収しようと思う。ただ、ずっと受け続けるには負担が大きい。パースフィールド侯爵家では、6歳の子供にここまで教えるのか、と恐れ入るばかりである。エルネスト様! 今後の君に幸あれ! である。
エルネストは家庭教師の授業だけでなく、トイレや入浴以外、クローディアの傍を離れない。まるで命綱のようにクローディアの手を、がっつり握って放さない。
それは、亡霊以外を視る為、視野を広げる為に必要なのではあるが、これだけべったりだと、自分は果たして家に帰る事ができるのかと、一抹の不安は感じる。ともあれ、そのおかげか、エルネストの視野は順調に広がっているようである。ララは、クローディアと手を繋がなくても、1人で視れるようになった。一度キャッチしてしまえば、後は徐々にその精度が上がっていき、他の妖精も視れるようになるに違いない。それは亡霊を視るようになった経緯を参考にすれば、推測できる。
さて、問題の亡霊であるが、侯爵家の中をちらほら浮遊している。
それでもクローディアがいる為か、顔を青くするものの、エルネストは引きこもることはなくった。解決策が見つかったのが大きいのかもしれない。後は独り立ちしてもらえれば、言う事なしである。
次に、これはわかっていたことではあるが、クローディアの視野も広がり、順調に?1人でも亡霊を視れるようになった。ありがたくない話である。エルネストは自分と同じものを視てくれると喜んでいるようだが、亡霊は、妖精みたいに、すんなり受け入れられる姿をしていないのが殆どである。あーあ、と思わないでもないが、視れるようになってしまったものは仕方がない。人生諦めが肝心である。グレームズ男爵家に帰って、もし亡霊がいるとしても、視えないふりを彼らにばれるまではしようと思う。願わくば、亡霊ネットワークが優秀でないことを祈る。まあ、最後の手段として、幸い自分にはララがいるので、これからも大いに助けてもらおうと考える次第である。その為には、密かに知らないふりの技術を磨かなくては、と考えるクローディアである。
そうして過ごすうちに時は過ぎて、大翁と会ってから3日目の朝、クローディアが家妖精の為に、窓辺にクッキーと小さな器にミルクを供えていると、緑の小人がポンと現れた。ドワーフの大翁のもとに連れていってくれた、あの小人である。
「待たせた」
しかし声は小人のそれではなく、長髪のドワーフの声であった。
窓辺にあった小さいテーブルの上に立つ小人は、その身の丈の2倍以上あるだろう鏡を掲げている。
「サーフィス様」
「身体をしばし借りている。道具の説明をするから、男の童もよべ」
「かしこまりました」
クローディアは、控えていたキティにエルネストを呼びに行ってもらった。
朝のひと時、着替えの為、一時的にエルネストは別行動をするようになった。
クローディアが1人になれる憩いのひと時である。
エルネストに悪いが、一人になれる時間が欲しいと思っても、ばちはあたるまい。
「クローディア」
嬉しそうに小走りに近付いてきたエルネストが、窓辺にある丸いテーブルに視線を向けた。
「あ、小人」
「中身はサーフィス様よ」
「2人揃ったな。では説明を始める」
無表情な小人は前置きもなく、切り出した。小人のプリティーさが台無しである。
さっさと任務を終えたい気が、にじみ出ている。
ドワーフの温情にすがるしかない2人は、それに文句を言える立場ではもちろんない。
粛々と聞く姿勢に入る。
小人は抱えていた鏡をクローディアに渡し、説明を始めた。
「それはレタの鏡という。レタの鏡とは‥‥‥、いやよそう。余計な知識は、つけぬほうがよい。用途だけ伝える。簡単だ、鏡に亡霊を映し、今からいう呪文を2人で言えば、発動する。使えるのはお前たちだけだ。それも2人一緒にいないと使えぬ」
2人はレタの鏡を見て、首を傾げる。
「あの、これには、肝心の鏡の部分がないのですが」
そう、木製の手鏡の形をしているが、物を映す鏡のところがない。あるべきところには何もない。木の枠部分しかない。視えないだけかと思って、枠の中央に手をやれば、手前から奥へと簡単に通り抜ける。飾りも持ち手のところに栗色と紫の線が入っているだけだ。
「使えばわかる」
どうやらこのドワーフ、あまり饒舌ではないらしい。
「では、こちらを使えば、亡霊は遙かなる高み、安らぎの地へと旅立てるのですね?」
「そんな訳あるまい。そんな大層な地へと導ける筈なかろう。このレタの鏡、主要な材料がそなたたちの貧弱な髪なのだから、それなりの力しか発揮できぬ」
このドワーフ、毒舌でもあるらしい。それは薄々気が付いていた。
スルーだ。怒ったら負けである。
エルネストも、そう思ったのだろう。
彼も負けじと、知りたい事を問う。
「ではどこへと導かれるのですか」
「察しが悪い子らだな。お前たちが、日常、祈りを捧げる場所だ」
クローディアは目をぱちぱちして、しばし考え込む。
自分たち人間が、祈るところ。
「教会ですか」
エルネストが、先に答えを導き出した。
「そうだ。そなたたち人間の争いで生まれた亡霊だ。そなたたちの祈りで、上に導いてやるのが筋であろう。我らの力は貸さん」
道理である。しかしこのドワーフ、本当に子ども相手でも容赦がない。
大翁の前では、そうでもなかったのに。猫かぶりもうまいのか。
「わかりました。この鏡で亡霊を教会に導き、人々の祈りが、彼らを遥かなる高みへ導いてくれるのですね」
「そうだ。上にいける時は、それぞれの業の深さによる。後は性根も関わってくる。性根が腐った奴は上がりづらいだろうな」
ニヤリと笑うドワーフな小人さんも、凶悪な顔をしている。
「亡霊が、教会からこの屋敷に帰ってくる事はないのですか?」
「教会内はいわば、祈りの結界だ。亡霊が一度入ってしまえば、彼らの力では出られぬ。だから亡霊は、本来教会に近寄らぬ。死してなお、死を恐れる彼らはな」
となれば、この屋敷にいる亡霊は一掃できる。
エルネストの平穏も取り戻せる。
「ありがとうございました! どうか大翁様にも、大変感謝していたとお伝えください」
エルネストとクローディアは、深々と頭を下げた。
「小奴の頼みだったからな。我らは同胞を大事にする。それに菓子もうまかった。酒も出来上がりが楽しみだ」
「お酒は難しいかもしれませんが、お菓子なら、いつでもお持ち致します」
「その手にはのらん。我らは、人間とのかかわりを望まない」
残念。今後もクローディアの知らないことを、沢山教えて欲しかったのに。
それが顔に出ていたのか、ドワーフな小人は去り際に呟いた。
「それでも、そなたの作る物は好ましい。それを望む小さきものと友誼を結んでいれば、あるいはまた会うこともあるやもしれぬ」
「はい!」
このドワーフ、最後にデレた。
サーフィスなる小人は、最後にレタの鏡を発動させるための呪文を言い残し、来た時と同様、ポンと消えた。
くじけそうなくらい、文章が思うようにかけません。後少し、頑張ります(*_*)
そして皆様、誤字報告ありがとうございました!大変助かりました!