第15話 正直に話しますから。どうかよしなに
<ちょーっとぉ! どうしたのよ! その髪は! エルはともかく! ディアは女の子なのよ!!>
ただいま、と四阿に無事帰ったところで、ララの悲鳴がクローディアをぐわんと直撃した。
驚きで術が解けたのか、抜かりなく解いたのか不明だが、2人の代役をしてくれていたヌーアが元の姿に戻る。
<あー。おいらたち、もういいのかな? これ以上地上にいたら、身体が乾きすぎちゃうよ>
「え、ええ。ありがとう。本当に助かったわ」
ララはクローディアの頭にしがみついたまま、泣きわめいているので、クローディアが彼らをねぎらう。
<んー。じゃあ、西の土、よろしくー>
「わかった。庭師には伝えておく」
エルネストが厳かに頷く。
ヌーアはのそのそと四阿から出ると、土に潜って消えた。
2人がそれを見送っていると、無視されたと思ったのか、ララがクローディアの短くなった髪をあちこち引っ張る。
<もーもー! どうしたのよ! この髪! まるで男の子のようじゃないの!>
異変に気付いたのだろう。顔に傷があるいつもの護衛が、四阿に駆け寄って来る。
もしかしたら、ヌーアとの入れ替わる時に、多少時間差が出たのかもしれない。
いや、この髪のせいか。
「なっ! お二方! その髪は! どうされたのですか!?」
2人の髪を見て、驚愕に言葉が乱れている。
無理もない。彼からしたら、ここにのんびり座っていた2人が、刹那、ベリーショートになってしまったのだから。
護衛の後ろについて来たのか、キティも真っ青な顔で、2人を見つめている。
仕方ないとはいえ、これは予定外である。
そっとドワーフと交渉して、そっと何事もなく帰ってくる筈であったのに。
クローディアはひくりと口角をあげながら、たらりと額から汗を流す。
亡霊への対処方法は見つかったものの、道具が必要で、それを作るには材料が必要で。
所詮子供の2人はその材料を揃える、時間も力もない。いや侯爵家の力があればとも思うが、まずは亡霊が視える事を信じてもらわなければならない。そもそもそれができていれば、エルネストも引きこもりなどしなかっただろう。
だから、2人は自分たちができうる材料を差し出した。それが髪だけで済んで、幸いだったと思う。
が、これで大人たちに信じてもらえずとも、事情を説明しない訳には行かなくなった。
何せ、四阿で座ってお茶をしていた筈の2人が、一瞬で髪が短くなってしまったのだから。
(わーん!)
これから当主に説明しなければならないと思うと、クローディアに泣きが入った。
クローディアの予想通り、2人は急ぎパースフィールド侯爵に呼ばれた。
急ぎ、というのは、若干の語弊がある。なぜか2人は四阿でお茶を飲んでいただけにも関わらず、服が汚れ、髪はぱっつんと切られた状態だったため、髪と服を整えてからの出頭である。
いつもの侯爵家ご自慢?の応接室にて。パースフィールド侯爵は、向かい側のソファに座る、クローディアの肩よりも大分短くなった髪を見て、眉間を指でつまんだ。
「グレームズ男爵になんと詫びたらよいのか」
侯爵にしてみれば、息子の為に、人様の大事な娘を預かったのである。傷1つなく返す義務があった。それを小さいとはいえ、少女の髪を失ってしまったのだ。申し開きのない失態である。
「あの、エルネスト様を助けるには、どうしても、髪を切る必要があったのです。ええと、髪はすぐ伸びますから。お気になさらず」
「そういう問題ではないのだ」
「はい」
それはクローディアにもわかる。侯爵にしてみれば面目丸つぶれであろう。
「2人がどうしてそうなってしまったか、詳しく話してもらおう。隠し立ては一切なしでだ」
目を眇め、パースフィールド侯爵が告げる。
クローディアは、隣に座るエルネストと顔を見合わせると、覚悟を決めた。
「もちろん、正直にお話致します。おそらく信じられないでしょうが、どうか最後までお聞きくださいますよう、お願い致します」
そう前置きして、クローディアが話始めようとした時、エルネストがクローディアの左手をぎゅっと握った。
「僕の事だ、僕が話す」
「エルネスト様」
クローディアは彼の真剣な目を見て頷き、バトンを渡す。
「父上、ご存知の通り、私が部屋に引きこもり、誰とも会おうとしなくなった、それがこの件の発端です。それには理由がありました。クローディアに会うまでは、誰にも打ち明けられなかった理由が」
そしてエルネストは最初から話し始めた。
ある日、亡霊が視えるようになったこと。それは最初うすぼんやりとしていたが、やがて徐々にはっきりとより近くに視えるようになり、恐怖のあまり、不眠や食欲不振になったこと。亡霊は外だけでなく、屋敷の中にも、また生きている人の背中にも視える時があること。しまいには自室でまで亡霊が居つくようになったこと。クローディアは、初めて自分以外で亡霊が視える人間で、2人で解決をする為、今日、ドワーフの大翁に教えを乞いに行き、この亡霊問題を解決する為、髪をドワーフに渡して来たという経緯をすべて語った。
「お前は、亡霊を視る力があり、クローディア嬢は妖精を視る力がある。2人が手を繋いでいれば、2人の力は共有されると」
「はい」
「そして、亡霊を撃退、いや、安らかにしてやれるよう解決策を、ドワーフに教えを請いに行ったと」
「はい」
「その手段の道具を作る為に、2人の髪が必要だったと」
「その通りです」
侯爵はぐりぐりと、こめかみをもんだ。
「どうにも、信じられぬ」
それはそうだろう。視えず、聞こえない者にとっては、荒唐無稽な話にしか聞こえないだろう。
「だが、現に2人の髪は、このありさまだ」
侯爵は部屋の隅に控えていた、エルネスト様付きの護衛に視線を向ける。
「ジャスティン」
護衛はすっと前に一歩出る。
「守り切れず、面目次第もございません。ただ、お2人は本当に四阿で、お茶を飲んでいただけでした。それが一瞬後、このようなお姿に」
「2人の言によれば、ヌーアを妖精の幻惑で、2人に仕立てて、ドワーフのところに行っていたと。だから、服も汚れていたと」
2人は神妙に頷いた。
「2人の話、ジャスティンの話、信じれば辻褄が合うが」
侯爵にしても、エルネストが何かに脅えていたのは、感じ取っていたのだろう。
それがまさか、亡霊を怖がっていたとは考えもしなかったにちがいない。
子供の妄想と笑い飛ばすこともできない。
現に2人は、物理的に髪を失っているのだから。
「パースフィールド侯爵様、これから3日後にドワーフから道具が届きます。そして、私たちはそれを使用して、この屋敷にいる亡霊を安らかな場所に導きます」
クローディアは少し身を乗り出す。
やり方は全くわからない。詳しくは3日後である。それをおくびにも出さず、ここは圧して圧して圧しまくる。
「お信じにならなくてもよいのです。子供の戯言と思われても構いません。ですが、後もう少し、屋敷に滞在させていただき、それでエルネスト様が元気になられれば、その結果だけ受け止めていただければよいかと」
エルネストの話を最後まで遮らずに、聞いてくれただけでも御の字なのである。
この手の話は、最初から拒否反応を示す人も多いのだから。
ある者は頭から否定して信じない者、気味悪がる者、子供の戯言で片付ける者。素直に信じてくれる者など、ほとんどいないのだ。現にグレームズ男爵家でも、クローディアが妖精が視えるとの言を、まるっと信じている者はいないだろう。たとえ、懐の深い、父や叔父であっても。
信じるには、目に見える証拠が必要なのである。
ただ、ここで帰される訳には行かない。少なくとも、3日後までは。エルネストの心の平穏の為に。
「‥‥‥わかった。数日、様子を見よう。それで、エルネストに改善の兆しが見られない場合は、クローディア嬢にはお引き取り願う」
「父上!」
「こちらが呼んで置いて申し訳ないのだが、これ以上、大事なご令嬢を傷つける訳にもいかない」
その気持ちもあるだろうが、おそらく悪い影響がエルネストに出ないようにとの配慮からだろう。そしておそらく、後者の比重が重い。
「かしこまりました」
「クローディア、僕は君と離れたくない!」
エルネストは立ち上がって抗議する。
「父上! 私は納得行きません! クローディアは私の為に一生懸命手を尽くしてくれているのに! 髪まで失って!」
「もちろん、失ってしまった髪の償いはする。大事なご令嬢を傷つけてしまったのだからな」
このエルネストの執着も侯爵の愁いの1つだろう。
クローディアは最初からわかっていた。
侯爵家と男爵家。格差が大きい。エルネストの不調がなければ、こうして縁などできなかったはずだ。
だから、エルネストさえ、元気に過ごせるならよいのだ。
折角同じような眼を持つ仲間に会えた。それは何よりもクローディアの心を浮き立たせた。
会えなくなるのは寂しいが、仕方がないのだ。
せめて手紙のやり取りだけでも、できればよいが、侯爵の渋い顔をみると、それも無理そうである。
髪の代償も不要といっても、通りそうもない。クローディアはただ、友達の為にしたことなのに。
「父上! 私は承服しかねます!」
侯爵は、息子の抗議に片手を挙げた。
「今の話は、私の理解の範疇から逸脱している。エルネスト、少し考える時間をくれ」
「‥‥‥わかりました」
エルネストは不承不承に頷いた。
「ドワーフからの道具が届いたら、知らせてくれ。亡霊を安らかな場所に導く際に、私も立ち合わせてもらう。今の段階では判断材料が足りぬからな」
目に見える証拠を、ということだろう。
それによって侯爵の気持ちが少し緩和されればよい。
「二人とも下がって休みなさい」
そこで話し合いはお開きになった。
とりあえず、窮地は乗り越えた。
クローディアは、ほうっと肩の力を抜いて立ち上がった。
ああ、客室に帰って、美味しいお茶が飲みたい。
そしてひたすら休みたい。一日が濃密すぎである。
後の事は、明日考えよう。
クローディアはふらつきそうになる足に力を入れて、客室へと向かった。
今回も書くのに、苦しみました。少しでも続きを読みたいっと思っていただければ、幸いです。




