第14話 やったやった!と思ったら、試練があったよ
「男のお子の目は、生まれつきのもの。どうしようもできぬ。これからも様々なものを視るであろう。女のお子と同じじゃ」
「そうですか」
大翁の言に、がっかりする。今日はがっかりがオンパレードである。やはりエルネストの目は一時的なものではないらしい。クローディアの目も。自分は楽しんでいるからよいとして、エルネストは苦しんでいるのだ。それがずっと続くとは、人生は非情である。
ちらりと隣を見ると、エルネストが青ざめている。クローディア以上にショックなのだろう。
エルネストの手を、力付けるように握る。エルネストはこちらを向いたが、顔は強張ったままだ。
取り繕う余裕もないのだろう。頼む。再びひきこもりにならないで欲しい。力になるから。
「男のお子の目は領主の一族の業を受け止める為のもの。逃れることは叶わぬ。しかし、女のお子がいれば、我らからの助けをもえられるようになろう。仲良くすることじゃ」
何をおっしゃる大翁!
「はい! 決して、決して! クローディアと離れません!」
エルネストが食いぎみに返事をする。
一縷の望みのように、痛い位クローディアの手を握るエルネスト。
待ってほしい。大翁よ。煽るのはやめてくれ。人間の事情もあるのだ。
背中にたらりたらりと汗をたらしながら、クローディアは最大限のスルースキルを発動して続ける。
「では、亡霊を追い払う事はできないでしょうか?」
「侯爵家にいる亡霊は、侯爵家ゆかりの者も多い。過去に侯爵家に仕え、戦で死んだ者が、縋ってきているのじゃ。追い払うのは筋違いだろう」
この大翁様は、どこまで侯爵家の事情を知っているのか。そして、人外の者たちはすべて亡霊の類いが視えるのだろうか。視えていなければ、こんな話はできまい。そういえば、ララも当然のごとく亡霊について話していた。つまりはそういうことなのか。
クローディアたちよりも、より状況が視えているならば、きっと解決策もわかっている筈。そう信じてクローディアは食い下がる。
「それでは、エルネスト様が壊れてしまいます。どうすれば、亡霊たちもエルネスト様も健やかに過ごせるでしょう! どうかお教えください!」
大翁は腕を組み、しばし、目を瞑って思考する。
「人間の幼子には、あれら亡霊の姿は怖かろう。それも自分しか見えていないとなれば、なおさらだな。恐怖や苦しみを親兄弟も分かってくれない。それはこれからも続く」
エルネストは下を向いて唇を震わせる。顔色はもはや真っ青を通り越して白い。
大翁様、追い詰めすぎです。エルネスト様、泣いちゃうから。やめてあげて。
「亡霊を、すべて安らかにしてやることはできぬ。しかし、近づいてきた者たちを、導き、安らかにしてやることはできる。さすれば、家の中だけは、平穏に過ごせるやもしれぬ」
「それでよいです! 安全な場所が1つでもあれば! どうかその方法を教えてください!」
もう黙って聞いていられなくなったのだろう、エルネストが身を乗り出して叫ぶ。
「サーフィス」
大翁が、右側にいた無表情青年に、問いをする。
「レタの鏡を応用すればよいかと」
「そうだの。頼めるか?」
「御意」
サーフィスと呼ばれたドワーフの青年は、2人に向き直った。
「大翁の命により、レタの鏡を改良して、そなたたちの問題を解決する道具を作ってやろう」
「「ありがとうございます!」」
クローディアとエルネストは、ぱあっと顔を明るくして頭を下げた。
「道具を作るには、材料がいる。小さなそなたたちでは、高性能の道具を作る材料は揃えられまい。だから、最低限のものになる」
「それで構いません!」
エルネストの心の平穏が取り戻せるなら、それでいいのだ。
「それでも、材料はいる」
「それは何ですか?! 私たちに出せるものしょうか!?」
「だせる。一番重要な材料、それはそなた達の髪だ」
「髪?」
「厳密にいえば、そなたたちの気が満ちているものが必要なのだ。それが髪。髪には、その者の気が一番蓄積されているからだ。それ以外は、こちらで用意する。大翁の言、お前たちはまだ赤子であり、種族問わず、女神の子とみなす。女神の子を救うのは必定。材料費の支払いは不要である」
サーフィスと呼ばれた青年は、理屈っぽい。その青年ドワーフはひたりと二人を見る。
特にクローディアを。
「鏡の使用者たるそなたたちの髪が必要不可欠である。それも材料は多ければ多い程いい」
その瞳は、まるで彼女を試しているようだ。
エルネストが叫んだ。
「女性の髪は、とても大切なものです! 私の髪だけではだめでしょうか! 私の問題なのですから!」
「無理だ。レタの鏡はそなただけでは、扱い切れぬ。そこの女児の助けがなければ、無理だ。したがって、2人の髪が必要だ」
髪は女の命。髪は大切にしろと母からは常々言われていた。今この時までクローディアは大して重要とも思っていななかったが、いざ切れと言われると、胸がぎゅっと軋む。
やはり自分も女子だった。髪は大切なものだったようだ。その大切にしていた長い髪を切るのはすごく勇気がいる。
クローディアはそっと隣を見た。エルネストの泣きそうな横顔。自分の方が辛いのに、それでもクローディアを気遣ってくれる。そんなエルネストを見て、ここで断るなんてできようか。
クローディアの心が決まった。
髪はまた伸びる。今の長さよりももっと伸ばしてやろうじゃないか。そうだそうだ!その意気だ!
笑えクローディア!GOだ!
「もちろん大丈夫ですわ。ナイフを借りても?」
「私が切ろう」
黙ってみていたガクトルと呼ばれた青年が立ち上がって、クローディアに近付く。
「クローディア! いけない!」
エルネストが、首を振って止める。
「いい! 僕は今のままでいい! だからやめて!」
「だめです! この機会を逃したら、一生苦しむかもしれませんのよ! チャンスは掴まないと!髪なんてすぐに伸びます!」
クローディアは震えそうになる唇に、きゅっと力を入れる。
ガクトルは尋ねる。
「どのくらい切る?」
「できうる限りばっさりとやってくださいませ」
「クローディア!!」
ガクトルは頷くと、首元からクローディアの髪をためらいなく切る。
「ああ‥‥‥」
意識せず、クローディアの目から一筋の涙がこぼれる。
腰まであった髪。それがなくなり、頭が軽くなる。
クローディアは頭を軽く振り、エルネストに笑いかけた。
顔は少し強張っているかもしれないが、それは見逃して欲しい。
「さ、次はエルネスト様の番ですわ。覚悟はいいですか?」
見つめる先のエルネストの瞳に、涙があふれんばかりに浮かんでいる。
エルネストはそれをぐっと飲み込むと、ガクトルに告げる。
「よろしくお願いします」
そしてリボンで結ばれた彼の髪も短くなった。
ガクトルが2人の髪をサーフィスに持って行く。
サーフィスは2人の髪をみて、頷いた。
「これだけあれば十分でしょう」
2人はほっと息をつく。
「作るのに3日かかる。作ったら、持って行かせる」
「とんでもないことでございます! 私たちが受け取りに参りますわ!」
道具を作ってもらうだけでもありがたいのに、届けさせるなどできる訳がない。
「あまり、ここに人間を招きたくないのだ。村には、人間を嫌う者が多い」
サーフィスはちらりとガクトルに視線をやる。
きっと彼のようなドワーフが多い、と言いたいのだろう。
「わかりました」
これは好意に甘えるしかない。
「話は終わったな。帰りも小人に先導させる」
「本当にありがとうございました」
サーフィスの締めの言葉に、2人は深々と頭を下げた。
そして目に映るは、テーブルにある酒とお菓子。
「あの、お気に召さないかもしれませんが、私たちも心を込めて作ったものなので、どうかこちらをお納めいただければ、幸いです」
改めて酒の壺と、お菓子を示す。
ガクトルが立ち上がり、大翁の前に置く。
大翁はそれらをじっと見つめる。
「2人で作ったもの。確かに2人の気持ちが篭っておる。特にこちら」
示されたのは、クローディアが作った酒とお菓子だ。
「我らの好む気が満ちておる。小人が騒ぐ筈じゃ」
ララもいつもそういうのだが、クローディアには今一つわからない。ただ
「喜んでもらえたら、嬉しいです」と、答えるだけである。
「そなたらの気持ちは、受け取った」
突き返されなくてよかった。
ほっと肩から力を抜く。
刹那、大翁が再び口を開く。
「我らからも一つ願う」
「はい」
クローディアとエルネストの背に緊張が走る。
「お主らの領を汚さぬようにしてほしい。戦をすると大地は穢れる。穢れた大地では我らは住めぬ」
2人は顔を見合わせる。
まだ子供だ。約束はできない。それでも努力はできる。
「精進いたします」
2人は再度、頭を下げた。
そこで話し合いは終わった。
この回は書くのにすごい苦しみました。今はこれが精一杯(涙)精進していきます。