第13話 ドワーフの大翁登場! あ、子分もいるんですね
クローディア頑張っています。
縄梯子を登り切った先。
小人が待っていたその先は、広いが殺風景な部屋があった。
唯一家具といえば、中央に置かれている長方形のローテーブルのみ。
長い方の一辺は10席とれるくらい。その証拠に丸い円座が同数置かれている。
それ以外は窓も何もない。壁もなんの変哲もない茶色一色だ。
この部屋自体が、クローディアたちに警告をしているようだ。
(わあ。こわーい)
失礼しましたっと回れ右をしたくなった。
<おーい! なーに固まってんだよー。お菓子くれよー>
そこに小人ののんびりした声が。
その声にふっとクローディアの肩から力が抜ける。
クローディアは背負子を下ろすと、そこからクッキーの包みを一つ取り出し、小人に渡す。
「ありがとう。本当に助かったわ。帰りもお願いね」
<わーいわーい!>
小人は飛び上がって喜ぶと、クローディア達が昇って来た穴へと飛び込んだ。
すると、不思議な事に、その穴自体が消える。
まるで最初から穴などなかったかのように。
小人ははっきりと返事はしてくれなかったが、帰る時にちゃんと迎えに来てくれるだろうか。
約束は、連れてくるだけと思っていないだろうか。
じわりと不安がよぎる。
「クローディア」
エルネストが、クローディアの右手を握った。
そうだ。帰りの心配をしている場合ではない。今は交渉を成功させることを、考えなければ。
クローディアはエルネストの左手をぎゅっと握り返すと、ローテーブルにすでに座っている3人に目を向けた。
クローディアと小人のやり取りを見ていただろう3人の顔は険しい。
歓迎している雰囲気はない。
真ん中の、いわゆるお誕生日席に座っている白いひげを蓄えた高齢の男が、大翁だろう。
年による衰えは感じられない。ドワーフなので、背は高くないが、身体は逞しい。日に焼けた浅黒い肌。皺と彫の深い厳めしい顔。優しさは微塵も感じられない。腕を組み、目を閉じている。大翁の左側にいるドワーフの青年は、年若い。人間にすれば20代前半だろう、長めの黒い前髪からこちらを睨みつけている。対する右側にいる青年は、2人に比べると若干細い身体つきで、長い茶髪を後ろでしばり、無表情で静かに座っている。
クローディアとエルネストはどうでればよいのか、きっかけがつかめず、その場から動けなかった。自ら動かなければと思いつつも、身体が固まって動けない。場の雰囲気にのまれてしまったのである。
(あわわわ)
内心で焦るも、所詮は庶民に果てしなく近い男爵の娘、それも6六歳児である。
交渉に慣れている訳ではない、平凡な娘なのである。
背中にぶわっと汗が噴き出す。
「ずっと立って話す訳にもいかないだろう。座られよ」
それを救ってくれたのは、先方である。
無表情の髪の長い青年が、席を示してくれた。
「あ、ありがとうございます」
ぎくしゃくとしながらも、2人は一番遠い、大翁の真正面に当たる席につき、荷物も後ろに置く。
とてもじゃないが、彼らの近くの席につく勇気はない。
多少距離はあるが、この距離がクローディアの心を幾分平静にさせてくれるだろう。
果てしなく若干であるが。
クローディアが息を整えると、口火をきる。
「お会いしていただき、ありがとうございます。私はクローディアと申します。私の隣に座るは、エルネスト様です。」
ここは人間の世界ではない。人間のマナーは置いておく。
「本来なら、縁もゆかりもないそなたたちに会う義理はないのだが、あれがどうしてもと言うので、席を設けた。余程そなたの菓子が食べたかったらしいな」
答えたのは、大翁と思しき中央に座った老齢の男。
やはり歓迎されていないらしい。あちらの自己紹介はなしだ。
「ありがたいことですわ。こちらはどちらかのお家ですか?」
「違う。見知らぬよそ者で、しかも人間となれば、大翁の家どころか、集落の家に招くことなどできる筈なかろう。ここはそなたたちのような者と、話し合いを持たねばならない時に使う部屋だ」
答えたのは、無表情な青年だ。
なるほど。だからなのか、部屋に窓はないのは。外の様子が見えない。
部屋も殺風景なのは、歓迎しない相手に情報を与えないためか。
「我らに、前おきは不要だ。聞きたいことを端的に言え」
大翁と思しき人物が先を促す。目はひたりとクローディアたちを見つめている。
「はい」
願ってもない、申し出だ。直球でいかせてもらおう。
クローディアはぎゅっと手を握ると、エルネストが頷いた。
昨日予め、クローディアが事情を話すと決めていた。
エルネストは妖精やドワーフと言ったものに触れたのは、クローディアと会ってからだからだ。
「こちらにいるエルネスト様が、家についている亡霊に悩まされていて、日々の生活に支障が出ているのです。亡霊を視れなくする方法はありますか?それが難しいようなら、亡霊を追い払う方法を教えていただければと思います」
「我らには、関係ないことだな」
「はい。おっしゃる通りでございなす。ですが、小人が大翁さまの事を教えてくれました。きっと大翁さまなら、解決方法を知っていると。どうか、無知な私たちに、そのお知恵をかしていただきたく、お願い申し上げます」
クローディアは深々と頭を下げる。
妖精はうそを嫌う。だから誠実に、嘘偽りなく話す。ララからのアドバイスである。
「お願いします」
エルネストも頭を下げる。
「再度言う。我らが手を貸す理由が全くない。わしがそなたらにその小僧の救う方法を教えたとて、我らに何んら益はない」
クローディアは背負子から酒とお菓子をテーブルの上に出して、ドワーフたちの方へと押し出した。
「喜んでもらえればと思い、作ってきました。どうぞお納めください」
そしてクローディアとエルネストは再度頭を下げた。
「これがお前たちの誠意か」
クローディアはテーブルから少し下がり、更に頭を下げる。
「確かにこれはお前たちが作ったものだろう。だが、この入れ物や材料はお前たちの親が用意したものではないのか?」
確かに。木の実は自分たちで集めたが、それ以外は、侯爵家にあったものを使わせてもらった。
クローディアたちは貴族の子供で、自分たちで稼いで、ものを買うなどできない。
何も苦労せずに、用意したもの。所詮は大人の庇護の元でのちっぽけな誠意、と言われれば、それまでである。
まさにその通りであるのだから。
顔を上げて、3人のドワーフをみれば、交渉が決裂したことがわかる。
いや、交渉の場にも立てなかったのかもしれない。
大翁は義理を果たしただけ。クローディアに、大翁の気持ちを動かす力がなかった。
エルネスト様、ごめんなさい。
心の中でがっくりうなだれる。
エルネストへの謝罪と己への反省は帰ってからにしよう。
これ以上、彼らを不快させないよう、早々に退散だ。
会ってくれただけでもよしとしないと。
もしかしたら、今後何か縁ができるかもしれない。
無理か。彼らの顔見て、その可能性はなさそうである。
どん底の落胆加減を、なんとか押し隠し、クローディアは頭を下げた。
「お話を聞いていただきありがとうございました。帰って、別の道を探します」
クローディアは席を立つ。エルネストも続く。
「ほう。諦めないのか」
「はい。諦めたら、エルネスト様は、ずっと苦しいままですから」
「自分の事ではないのだろう? 何もそこまで頑張らなくてもよいのではないか?」
「いえ! 頑張ります! もし私がエルネスト様の立場だったら、つらいです、苦しいです。そしてそれを知っているのは私だけなのに、どうして断念できますか? 2人で解決策を見つけられるまで頑張ります」
「頑張るか」
「はい」
そこは、選択の余地なし、である。
ここでエルネストを見捨てるなんてあり得ない。もしそれをしてしまったら、ずっとエルネストの手を放してしまったと、悔やみ続けるに決まっているではないか。
自分が心穏やかに今後過ごす為にも、エルネスト問題は、解決しなければならないのだ。
決意新たに、鼻を大きく膨らましたクローディアを大翁は見ると、一変相好を崩す。
「その心意気やよし」
大翁が、満足そうに頷いた。
「ドワーフの子でも、人間の子でも、どんな種族の子でも、子は子。慈しむべきで、苦しませることはよしとせず」
先程とはうって変わり、厳めしい顔からは不釣り合いな優しい声が響く。
クローディアは大翁を見つめた。
「それに子供に何度も頭を下げさせて、手ぶらで帰すのは、後味が悪すぎるわ」
「では」
じわりと喜びがクローディアの心に込み上げる。
大翁は長い白いひげを一つ撫で上げる。
「2人とも、座りなさい」
「「はい!」」
「大翁!」
咎めるように黒髪の男が、声を上げる。
「そなたもこんなわっぱが苦しんでいるのを、見過ごせんだろう」
「ですが、人の子です!」
「わしらからしたら、赤子も同然の存在じゃよ。赤子は神の子でもある」
「しかし!」
「ガクトル」
静かに聞いていた茶色の青年が、諫めに入る。
「大翁が決めたのだ」
ガクトルと呼ばれたドワーフは奥歯をかみしめると、黙った。
「さて、話をしようかの」
クローディアはエルネストと顔を見合わせると、満面の笑顔で返事をした。
「はい!」
やった! やったあ!
交渉、大成功である。
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