第12話 少年よ! 用意はいいか? 冒険に出発だ!
翌朝。スタンバっているクローディアとエルンストのいる四阿に、陽が差し始める。
「そろそろかしらね」
そう呟いたクローディアの足元に、ヌーアが二匹。ちょこんとお座りしている。
「急な代役を引き受けて、くれてありがとう」
クローディアはヌーアの前に跪いて、視線を合わせ、頭を下げた。
エルネストも横で胸に手をあて、目礼する。
<いーや。ここの坊ちゃんの事だからね>
「何かお礼をしたいわ。何がいいかしら? 私たちができる事は限られてるけど、お菓子はいかが?」
<お菓子も魅力的だけど、それよりも頼みたいことがあるんだな>
「何かしら?」
<この庭の西の隅の土が元気がないんだよ。花たちが大きな花を咲かせられないかもと心配している。土を元気にするように、庭師に言ってくれないか?>
「わかったわ。エルネスト様、聞こえまして?」
「ああ、クローディアと手を繋いでなくても、ヌーアの言葉は聞こえた」
エルネストの感度は大分上がってきたらしい。
「では、お願いできまして?」
「ああ、わかった。庭師に伝えよう。しかし庭師は毎日庭を見てるのに、なぜ気づかないのか」
エルネストが少し眉間に皺を寄せている。
<あー。まだ人間には気づかない程度だからだなあ。折角の機会だから早めに手入れしてもらえた方がいいと思っただけだよ。そうすれば、おいらたちも進みやすいしな>
「そういうことか。わかった。約束するよ」
<ほいよー。じゃあおいらたちは、ここの椅子に、ただ座ってればいいんだよな>
「ええ。なるべく早く帰れるようにするわ。よろしくね」
そうヌーアと話をしていたところで、四阿の隅からひょこりと小人が顔を出した。
時間通りである。
<わー。今日はヌーアもいるのかあ。にぎやかだな。みんなでまたクッキー食べてるのか?>
小人がはしゃいだ声を上げる。
「ヌーアは今日私たちの身代わりに、ここにいてもらうの」
<身代わり? ふーん。まあ、何でもいいや。おいらには関係ないしね。おいらはお菓子もらったから約束を守るだけだ>
基本妖精は、自分の興味ないことには無頓着だ。
<準備はできてるかあ?>
「ええ。エルネスト様」
そうクローディアはエルネストを促すと、二人は背負子を背負った。背負子にはお酒の壺とお菓子が入っている。子供にも背負える、少し小さめの背負子の用意をお願いしたところ、かなり怪しまれた。2人で屋敷を抜け出すのではないかと。その為、四阿から少し離れた場所から、今も護衛にがっつり警戒される。まあ、その見通しは正解である。
だが、残念ながら護衛について来てもらう事はできない。小人が連れていくと約束したのは、2人だし、妖精を視認できない護衛は、そもそもついて来るのが無理なのだ。
クローディアは頭上の妖精に、お伺いを立てた。
「ララは、大丈夫?」
<もちろん!>
皆、用意万端である。
クローディアは小人を見下ろし尋ねた。
「それで、どうやってドワーフの大翁様のところへ向かうのかしら?」
ここから歩いて行くのだろうか? それとも何か乗り物で行くのか?
<んー? ここから下に行って、横道を歩いていくぞーっと>
その言葉と同時に、四阿の真ん中に穴が開いた。子供が通れるくらいの穴だ。
<ここから行くぞー>
深い。底が見えない。
クローディアはごくりと唾を飲み、エルネストに視線を向けた。
「エルネスト様、ここに穴が開いています。視えますか?」
「視えない。小人も視えない」
「だめですか」
やはりまだ1人では妖精が視えないようだ。
ヌーアの声が聞こえたようなので、もしかしたらと思ったのだが。
話の邪魔にならないように、黙っていただけらしい。
両手があく背負子を用意してよかった。
クローディアはエルネストに手を差し出した。
エルネストは彼女の手をしっかり握る。
<ほんなら、いくぞー>
小人は平常運転で身軽に穴へと飛び込んだ。
「エルネスト様」
彼は強い眼差しでクローディアを見つめ返し、頷く。視界は大丈夫なようだ。
しかし穴が小さくて二人一緒には入れるかが不安だ。それを押し隠し、クローディアは告げる。
「ララ、では行ってくるわ」
ララがクローディアの目の前まで飛んできた。
<クローディア、私は幻惑を溶けないように見張ってないといけないから、一緒には行けないわ。気を付けてね>
「ええ。頑張ってくるわ」
<じゃ、行くわよ! 私の合図で穴に飛び込んでね! 1、2、3、行って!>
ララの掛け声とともに、二人は穴へと飛び込んだ。
「わああああい!」
およそ淑女らしくない声を上げつつ、穴を落ちて行くクローディア。
その穴はクローディアの心配など無用だというように一瞬の広がりをみせ、二人を楽々と飲み込んだ。どこまで落ちるのぉとのクローディアの心配は、これまた無用であった。
底が見えないと思っていた穴は案外深くなかったようで、足にそれほど衝撃を受けない程度に着地できた。そしてその穴は横に繋がっている。
なるほど、まさに下に行き、横道を行くだ。
その横道も、クローディアたちがぎりぎり歩いて通れるほどの高さと幅だ。
地下にこんな大きな穴を瞬時に掘れるものなのか。陥没などしないだろうか?
クローディアは首を振った。考えまい。考えたら、前に進めない。
<こっちだよー>
小人は先導するように、小走りに横穴を行く。
今は余計な事は考えない。置いていかれたら、迷子になってしまう。
最悪戻れなくなってしまいかねない。
「行きましょう」
クローディアはエルネストの手を一度ぎゅっと握り、クローディアが先に、エルネストを殿に、小人の後へと続いた。
酒の壺とお菓子の入った背負子。
6歳の子供には辛い重量だが、大人がいない今、自分で持ち続けるしかない。
願わくば、できるだけ早く目的地に着いて、と願うばかりである。
小人は身軽にひょいひょいと進んでいく。
それからしばらく無言で歩く。
どれほど進んだのか。背負子が最初よりもずっしりとその重さを主張しだした頃。
先に行く小人が立ち止り、上を見上げる。
<ちょーっと、まってろー>
小人はそう言い置くと、ふわりと浮き上がり、そのまま上に伸びた穴を上がっていく。
「あの小人さん、飛べたのね」
クローディアとエルネストは顔を見合わせ、首を振った。
羽がなくても、飛べる妖精はいるのか。覚えておこう。
ほどなくして、縄梯子が下ろされ、小人が上から声をかけて来た。
<ほらー。お前たちは、これ使って登れー>
クローディアは、縄梯子に片手をかけたところで、気が付いてエルネストを振り返った。
「エルネスト様、私から手を放しても大丈夫でしょうか?」
昨晩ララが、もしドワーフの家や妖精の通路という、人間界と違う界に人間が入った場合、どうなるのかを教えてくれた。
ララによれば、一度その界に入ってしまえば、招いた相手が拒絶しない限り、弾きとばされることはないそうだ。視えないエルネストも同様だと。
穴に入った時点で、妖精の界に2人は受け入れられているから、ララの言によれば2人は大丈夫なはずだ。だからエルネストがクローディアと離れても問題ないと。しかし、手を離した途端、視えないエルネストが弾き出されてしまうのではないかと、2人は怖くて試せなかった。
だが流石に梯子は、手を繋いでは登れない。
「エルネスト様、そっと手を放してください。異変を感じたら、すぐに私の手を握ってください!」
「わかった」
エルネストは頷くと、そっと彼女の手を放す。
何も起こらない。
2人はほうっと息を吐いた。
<おーい。早く来いよー>
小人が焦れたように上から叫んでいる。
「行きましょう」
憂いもなくなった2人は、縄梯子を順に登っていった。




