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第10話 料理は心を込めて これ、大事。

「エルネスト様、用意はよろしいですか?」

「あ、ああ。多分」

エルネストが不安そうに返事をする気持ちは、わからないでもない。

 彼はおそらく生まれて初めて身に付けているだろうエプロンを、皺を伸ばすように撫でている。

 どこから見つけて来たのか、6歳の少年の体にあった黒い腰巻エプロン。

 可愛(かわ)りりしい。この侯爵家に来て、どんどん造語が、増えてるような気がする。

 エルネスト様、おそるべし。

 クローディアもエプロンを身に着けている。シンプルな白いエプロン。

 平凡な容姿のクローディアには、相応である。

 今、クローディアたちがいるのは、パースフィールド侯爵家の厨房の一角である。

 厨房一つとっても、我がグレームズ男爵家のそれよりも、格段によい作りである。

 男爵家にはない道具も色々ありそうで、後でゆっくり見学したいものである。

 その願望はひとまず置き、エルネストに向き直る。

「さて、始める前に、もう一つお渡しいたしますわ」

「何?」

 差し出したのは、真っ白い四角い布。

「こうして頭に巻いてください」

 クローディアは手本を見せるように、布を三角形になるように二つ折りにする。

 そう、三角巾である。

 エルネストを見つめるメイド、厨房にいる料理人たちが困惑の表情を浮かべているが、気にしない。三角巾。これ必須である。さあ、これで準備万端である。

「まずは、木の実の処理を先にしましょう。お酒に漬ける下処理をちゃんとしないといけないのです。それを急いでしてしまいましょう」

「わかった」

 厨房のテーブルの上にあるのは、昨日取って来た木の実だ。

 今回は、アチルとキクリスの実を使う。

「さあ、まずは綺麗に水で洗いましょう」

 そこで、料理人の1人、ゲイブが声をかけてきた。

 先程自己紹介された、この厨房の責任者である。つまりは料理長だ。

 貫禄のある少し太めの男性である。

「よろしければ、私どもで洗いますが」

 クローディアは首を振る。

「ありがとう。教えを乞う人への贈り物ですので、2人でやります」

「さようでございますか」

 今回は手作り押しでいくので、ありがたいが、遠慮をする。

「皆様もお仕事にお戻りになって結構ですわよ。何かあれば、声をかけます」

 クローディアの言葉に、ためらいながらも、ゲイブたちは仕事に戻っていく。

「さあ。では、この籠を持って、井戸の傍まで行きましょうか? 案内してくださる?」

 傍にいたキティにお願いする。

 キティは何か言いたそうに口を開いたが、ゲイブが手伝いを断られたのをみていたからだろう、言葉をぐっと飲みこんだようだ。

「かしこまりました。どうぞこちらへ」

 と、先に歩き出した。

「ありがとう」

 クローディアは籠を一つ持ち、キティの後に続く。エルネストも籠を一つ持って、クローディアの後について来る。

 まだ子供の自分たちにできる事は少ない。

 その中で、最大限、自分たちの気持ちを伝えなくてはいけないのだ。

 できる事はなるべく自分たちでする。

 井戸につくと、水を汲んでもらう。

 流石につるべ式の井戸をくみ上げるのは、子供には難しい。

 そこはメイドに助けてもらう。

 用意してもらっていた桶に水を入れてもらい、2人は丁寧に木の実を洗った。

 アチルの実は小さな子供の拳くらいの緑色の実で、キクリスは大人の拳の一回り小さい位の黄色い実である。

 実を傷めないように丁寧に水気をぬぐう。

 それが終わると、2人はまた厨房に戻った。

 テーブルに籠を乗せると、(から)の木のボウルを用意する。

 それからクローディアは、先のとがった細い串をエルネストに手渡し、自らも持つ。

「これからヘタを取って行きます。実を傷つけないようにしてください」

 見本をみせるようにクローディアは一つ実を取り、ヘタを取る。そして木のボウルに入れる。

「1つずつ、全部とるのか?」

「そうです」

 大小100個近い木の実。根気がいる。

 エルネストはぐっと腹に力をいれると頷いた。

 それから2人は黙々と作業をする。

 クローディアがちらりと隣のエルネストを見ると、眉間に皺を寄せている。

「エルネスト様、ダメですわ。そんな顔していたら。ただ作業するのではなく、心をこめてくださいませ」

「心を? 僕の悩みを解消してくれと?」

「違います。自分の事を考えてはだめです。飲む人の事を思い浮かべて作るのですよ。このお酒を飲む人が幸せな気分になりますように。美味しいと思ってくれますように。楽しい気分になってくれますように、と思いながら、作るのですよ」

「それで美味しくなるのか?」

「なりますわ。心からそう思って作れば、なるのです」

 クローディアがお菓子を作る時、毎回、そう、心掛けている。

 そして、クローディアが作ったものを、笑顔で食べてくれるのを見ると、クローディアも幸せな気分になるのである。

「わかった。やってみる」

 エルネストは素直にうなずくと、またヘタを取る作業に戻った。

 変わらず、眉間に皺は寄っているが、心の中は、きっとさっき言ったように、思ってくれているに違いない。

 その証拠か先程よりも、手つきが丁寧になったように思う。

 ヘタ取りが終わり、今度は外に出て、アチルの実とキクリスの実を天日干しする。

 幸い今日は晴天である。一刻もすれば、完全に水気が飛ぶだろう。

「さあ、エルネスト様、昼食を食べてしまいましょう」

 2人は休憩と共に、少し早目の昼食をとった。

 とにかく時間がないので、効率よく進めなければいけない。

 昼食を取り終わったところで、干していた木の実を回収する。

 下準備も終わり、いよいよ果実酒作りだ。

 材料はシンプルである。木の実、氷砂糖、酒だ。

 それを昨日熱湯で洗って干して置いた壺に、順番に入れていくのだ。

 まずは壺の底に一つ一つ木の実を入れて敷き詰める。その上に氷砂糖を入れ、また木の実を入れる、それから氷砂糖を入れてやる。壺の半分ぐらいが埋まったところで、度数の高い酒を入れて密閉すれば、完成である。

 今回は、より深みのある味に仕上がるということで、茶色いお酒を用意してくれた。

 おそらく普通の蒸留酒よりも値段が高そうだが、せっかくなのでありがたく使わせてもらう。

 クローディアはアチルの実で、エルネストはキクリスの実で一瓶ずつ作った。

 冬になる頃には、飲みごろになる筈である。また更に熟成させてもよいだろう。寝かせる期間は、本人次第である。

 大人が大変おいしそうに飲んでいるお酒。成人が待ち遠しいクローディアである。

 完成品を目の前にして、クローディアは手を胸の前で組んで、最後のお祈りをする。

「どうか、美味しくなりますように。飲んだ人が幸せな気分になれますように」

 祈り終わり、横を見るとエルネストも同じように祈っていた。先程のクローディアの言がきいているのかもしれない。

 子供だからか、その祈る姿は真剣で純粋。

 厨房であるはずなのに、まるで厳かな教会での祈りのようで。

 メイドや料理人たちが眩しそうに、目を細めている。

 その気持ちはクローディアにもわかる。エルネストが美形なだけに宗教画のようなのだ。

 美形は、何をしても様になるものなのだ。眼福である。

「さ、これでお酒の準備できましたわ。次はお菓子を作りましょう!」

 その厳かな雰囲気をさくっと切る。時間は金である。

「あ、エルネスト様、お疲れではありませんか? 少しお休み致しますか?」

「大丈夫だ、クローディアは?」

「私は大丈夫です」

 何せ、毎日畑仕事をしているのだ。普通の令嬢よりは体力がある。

「では、早速始めましょうか」

 今回はエルネストがいる為、難しいものには挑戦しない。初心者向けのクッキーである。

 クッキーは作り慣れているので、他家の厨房で使い勝手が分からず、少し戸惑ったものの、手際よく作業を進める。

 エルネストとクローディアの前にボールがそれぞれ一つ。そこにそれぞれ分量を量りつつ、クローディアはバター、砂糖、卵、小麦粉を入れて混ぜ合わせていく。

 エルネストもクローディアに習い、ぎこちないながらもついてくる。

「なんか、混ぜるの楽しい」

「ふふ。その気持ちも大切ですわ。楽しんで、食べる人の笑顔を祈って、作る。エルネスト様、料理の才能がおありなのかもしれませんね」

 頬に粉をつけたエルネストを見て、クローディアは微笑んだ。

 生地を寝かせている間に、お茶で一休み。

 それからクッキーの形を作っていく。

 家であれば、クローディア専用の型抜きがあり、色々な形のクッキーをつくれるだが、あいにくない。今日は形は素朴な円形のみでいく。

「よいですか。掌くらいの大きさの平たい丸い形を作ってください。そして真ん中をほんのすこしくぼませるんです」

「こうか?」

「エルネスト様、上手ですわ」

 やはりエルネストは、ハイスペックなのか。

 初めてやったとは思えないくらいに手際がいい。

 高位貴族の人たちは皆、そうなのだろうか。

 そうか。そうでないと、国は回らないのかもしれない。

 羨ましくなんか、ない。

 エルネストは楽しそうに、次々と生地を丸い形に仕上げていく。

 クローディアも負けじと頑張った。

 いよいよ、焼く段階になる。

 流石にオーブンは危険と、料理人に任せる。

 クローディアはクッキーの入ったオーブンの前で、胸の前で手を組み合わせた。

 エルネストも、先ほどと同じように横に習う。

「美味しく焼けますように。喜んでもらえますように」

 ほどなく、クッキーの焼き上がった香ばしい香りが、厨房を包んだ。

 願いが通じたのか、最初に焼き上がったクッキーを、メイドや料理人に振る舞ったところ、美味しく食べてもらえた。エルネストも自ら作ったクッキーを食べて、満足げに頷いた。

 それから2人は時間が許す限りクッキーを焼いた。

 そして最後にラッピングまでしたところで、今日のミッションは終了である。

 ちなみに、夕食の最後に、エルネストが焼いたクッキーをパースフィールド侯爵に出したところ、複雑な顔をされながらも、エルネストを褒め、頭を撫でていた。

 これで明日に向けての用意は、準備万端整ったのである。

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