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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生者の御遺族

作者: 鳥丸唯史

 思いついたネタを勢いで書き上げたものです。おかしな点が見つかるかもしれません。相変わらずセリフが少ないです。

<転生者の御遺族>


「おおきくなったらてんせぇしゃになりたいです」


 小学校に入学して初めての授業参観で、美世(みよ)が言った。あらかじめ先生は添削をしなかったのだろう。夢にまみれた将来設計に、先生は「すばらしい夢ですね」と無理やり笑顔を見繕った。


 次女が語った“異世界転生”というものは妻のめーちゃんが好きなジャンルだった。交際が始まって間もない頃に、彼女から小説投稿サイトを読みまくったり、ライトノベルやコミック、DVDを買いそろえたりしている事実を告げられた。


 僕を試すかのように、もし自分が好きな作品に転生したら、“悪役令嬢”だったらという妄想するのが好きなのだと秘密を明かして、僕は受け入れた。もしも自分が○○だったらとかいう現実逃避や自己陶酔は僕も当たり前のようにやってきていたことだったからだ。


 同棲を始めてからは、めーちゃんは私物を売ったり実家に送ったりして整理した。僕に恋してからというもの、異世界への興味がちょっとした息抜き程度にまで薄れたからだという。

 さすがに王子様や騎士様や、あるいは賢者様だとかにはなれないが、めーちゃんとの幸せのために生きることを誓った。ふたりの娘、美守(みもり)と美世が生まれて、僕の中で慈しみの心が育まれた。


「あたしの本を読んじゃったのかも」とめーちゃんは苦笑いした。子どもができてからますます異世界への関心が薄れた彼女は出産までに断捨離を進めていた。かつては壁一面にまでぎちぎちに収められていたものが本棚の一段分まで厳選し、空いたスペースには料理本や子ども服を作るための本、子ども向けの作品、家族のためのものが置かれていた。


 その本棚は夫婦の部屋にあった。子ども部屋にはあの子たちの本棚があって、各自好きな作品があったのだが、美世が好んでいたのは変身する少女系で、誕生日でも変身するためのコンパクトをリクエストしていた。後日に夫婦の部屋に入って影響を受けたのだろう。


 興味を持ったということで、めーちゃんは実家に保管していた分を少し戻して美世に与えた。古くなった作品でもかなり喜んでくれたので、「プレゼント代が浮いた」と冗談交じりにめーちゃんは僕に言った。


 月日が経って、美世はまだまだ転生者に憧れていた。“知識チート”というものをやりたいのだと、小学生でありながら貪欲に勉強をし始めた。理由はともかく勉強はいいことなので、夜遅くまでやらせない以外には特に止めていなかった。

 料理も意欲的にやるようになり、美世が作る曜日ができた。家事の負担が減ったおかげで、めーちゃんに子ども服を作る時間が増えた。インターネットで売れたらスイーツを買って食後に出して僕たちを喜ばせた。何だかんだで幸せな家族だったのだ。


 しかし美世は中学生になっても転生者になることを諦めていなかった。僕は冗談だと思っていたが、めーちゃんは小さな責任を感じ始めていた。


 僕は本当にその頃は冗談だと思っていた。なぜなら、転生者になるには死ぬしかないからだ。


「美世、あのね。転生者になったらお父さんたちと離ればなれになるってことだよ? お父さん、美世とお別れしたくないな」

「ママもミヨちゃんとはなれたくないなぁ」


 僕たちはそうやって優しく諭して理解させたつもりだった。結局、“転移者”になりたいと夢がすげ替えられただけだった。


 転移は基本的には片道か往復か選ぶことはできない。基本的な情報は僕も知っていた。

 異世界の危機を救うための一方的な召喚はだいたい帰還を想定されていない。片道切符で今生の別れなのだ。


 魔法使いになりたいとかスーパーヒーローになりたいとか、イチゴになりたいでもいい。小学校低学年の夢ならば園児の延長線で理解できるのだが、中学生になってもそれだと事態は深刻になってくる。

 もしや環境に不満を感じているのかもしれない。僕たちは愛情たっぷり注いでいるつもりが、美世はそう思っていないのかもしれない。


 それとも、学校でいじめにあっているのかもしれない。それでさりげなく学校生活を聞き出してもみたが、特に変わった様子は見つけられなかった。あの授業参観の日からまったく。

 美守にお願いして日記でも書いてないか探ってもらうも、醤油の作り方だとか石鹸の作り方だとか手書きのレシピばかりだったらしい。


 だから、美世の中にあるのは自殺願望なのかわからなかった。夢と現実との区別がついていないだけなのかもはっきりしなかった。それでも僕たちは美世の動向を気にかけ続けた。“非現実的”な夢に執着している理由を解明する努力をしなければ、娘と向き合っていない気がしたからだ。


 美守も妹がおかしいことに前々から気がついていた。美守がリビングで唸り声を上げながら頭をかきむしっていたので話を聞くと。


「あのさ。アレおかしいよ絶対。あたし心配して色々聞いたの。それでつい……怒っちゃって……言い過ぎたとは思うよ。でもアレずっと黙ってうつむいてんの。それで話聞いてんのかって無理やり顔を上げたらさ、ニヤニヤしてんだよ? キモいよアレ」


 今思うと、“意地悪な姉”だったからだろう。前世は不遇な人生だったという設定が美世の中で組み込まれてつい歓喜したのだろう。


 姉妹の仲が悪くなっていくのを危惧して、外食に出かけたり、遊園地や映画館に連れて行ったりして家族間の修復を図った。めーちゃんが率先してアイドルのチケットを手に入れたりしていて、あわよくば次女の趣味が変わることを祈っていた。

 美世は従順に娯楽を楽しんで、ふとした瞬間にニヤニヤしていた。無理やり家族に連れられ笑顔を強制されている自分に酔いしれていたのだろう。


 高校生になって、美世はついにやらかした。わざと車道に飛び出したのだと美守は泣き叫んだ。いずれ妹が周囲に迷惑をかけると予感していた長女は、友だちに協力をあおいで可能な限り目を光らせていた。

 ところが登校中にいきなり車道に飛び出したもんだから慌てて手を伸ばし……身代わりとなってトラックに接触してしまった。不幸中の幸い、美守は一ヶ月の入院で済み後遺症もない。美世は膝と手のひらを擦りむいただけだった。


 美世の言い分はこうだ。ずっと姉たちにつきまとわれプライバシーの侵害にあっていた。自由の時間がなくて逃げたかった。そうしたら追いかけられて、こうなったら車道に逃げるしかなかった。それでも姉が追いかけてきて、結果として姉の自業自得である。


 当然だがこの出来事が決定的となって、姉妹の関係が修復できないところまで悪化した。姉に無視されて、美世はニヤニヤした。美守は大学に進学するのと同時に自立を宣言し、「ちゃんと現実を見ろ」と言い残して家から出ていった。


 この頃には僕たちは精神科を受診させていて、美世も説得に応じてはいたものの、娘を化け物扱いしている酷い親だと担当医に涙を流しながらしゃべっていたことがわかった。知っためーちゃんは落胆して、励んでいた服作りの手が止まり、頭を抱える姿を見るようになった。


 そしてある日、めーちゃんは泣きはらした目で呆然としていた。無言で僕に差し出したのは、DNA鑑定の結果だった。


「あの子はあたしたちの子でした」


 めーちゃんは赤ん坊の取り違えの可能性を信じ、打ち砕かれていたのだ。


「でもほんとうに、あたしたちの子なの……?」


 異世界転生の定番の一つに、本当は異世界の住人なのに神の手違いか何らかの理由でこちらの世界に生まれ落ちたというものがある。この場合は異世界回帰というべきか。

 では血のつながりはあっても托卵というべきなのか。命をかけて出産したのに。これは代理出産なのか。これが真実ならどれだけ気が滅入っていたのだろうか。いつしかめーちゃんは美世の前では笑顔を見せなくなった。


 美世は高校を卒業すると就職。実家から職場に通っていた。いつも夜遅くに帰ってきて、そうかと思ったらシャワー浴びてすぐ仕事に戻るのがしょっちゅう。休日は丸々寝て過ごすのが当たり前。ブラック企業ではないかと転職を勧めたが大丈夫の一点張りだった。


 しばらくして、またしてもめーちゃんは無言で僕に何かを差し出してきた。今度は興信所の調査結果で、美世は悪い男に引っかかって金を貢いでいたことがわかった。

 神に托卵されたと悪い方向へ考えるようになっていためーちゃんだが、母親として男の家に突撃しようと意気込んだ。


 美世が仕事に行っているはずの日。万が一のことを考えて、近所の交番に声をかけてからふたりで男の家に乗り込んだ。そこには殴られて鼻血を出している娘と、馬乗りになっている男だった。部屋は散乱していて、注射器まで転がっていた。あとは怒声と罵声が飛び交って終始てんてこ舞いだ。


 めーちゃんは泣きながら美世を抱きしめた。ところが、娘のセリフで僕たちは凍りついた。


「なんで邪魔すんの!? イイ感じだったのにッ!」


 会社がブラック。彼氏に酷い扱いを受ける。過労死しようが暴行され死のうが、娘にとってはどっちでもよかった。若くして最悪な結末でこの世を終わらせることが娘の計画だったのだと理解させられた。


 めーちゃんにとってこれが決定的な出来事だった。


「そんなに異世界に行きたいんだったら今すぐ行かせてやるッ!!!!」

「めーちゃん!?」


 正気じゃなかった。男の家の台所に放置してあった包丁をつかみ突進した。美世は目を輝かせた。とっさのことだった。娘の思い通りにさせる訳にはいかないとでも、僕は思っていたのか。


「じんちゃんッ!? じんちゃんッ!? ああッ! アアアッ!!!!」


 めーちゃんは半狂乱になって血を止めようとした。現場は混沌と化した。美世は呆然となっていた。


 事態を聴かされた美守は戻ってくるなり美世を激しくビンタした。


「逃げたあたしも悪いけどッ!! 何やってんだよッ!!!!」


 ずっと呆然としている妹に見切りをつけ放置し、恋人と共にすべてに対応してくれた。本当はちゃんとした段取りで婚約したことを報告するつもりだったらしい。婚約者はしっかり者で美守に寄り添っていた。だから僕は結婚を認めている。


 ふたりは対応を終えると必要なものだけ実家から持ち出し、妹と縁を切った。美世はまだ(ほう)けていた。


 めーちゃんは当然、その場で捕まった。今では警察病院にお世話になっていて、日に日に弱っていくのを僕は黙って見ていることしかできなかった。


「じんちゃん……?」


 久しぶりに僕と目が合った。僕に気づいためーちゃんは、体内の残り少ない水分を絞り出すかのように涙を流した。


「ごめんなさい……じんちゃん……」

「いいんだよ。僕はぜんぜん怒ってないよ」

「痛かったでしょ……?」

「ちょっとだけね。でもだいじょうぶだよ」

「じんちゃん……」

「美守、結婚するんだって。相手いい人そうだったよ」

「ほんと……? じんちゃんみたいな感じ……?」

「そう。僕みたいな感じ」

「会いたかった……」

「めーちゃん、ゆっくりでいいから元気になってね」


 めーちゃんがすっかり細くなってしまった腕を伸ばす。


「じんちゃん……泣いてるの……?」

「うん。僕たちにもうすぐ孫ができるから、だからうれしくて泣いてるんだよ。元気になったら会いに行こうね」


 涙まで届かずに落ちそうになった手を僕は、つかんだ。


 胸の奥底から力が湧き上がってくるのを感じる。あふれんばかりの力に、僕は勢いに任せてめーちゃんを引っ張りあげる。彼女の頬が僕の涙を弾く。とたんに僕たちは暖かな光に包まれて――



<了>

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