表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

恋愛成就と、二人の幸せ

「輝け、恋する気持ち!」

 妖精エニュルはキメ台詞を叫びながら、妖精の矢――カップリングアローを放った。

 ――ミシュルさんが君を好き!

 そんな乙女の願いを込めた恋の矢が、パン屋の玄関から出てきたばかりの少年、ロムニーの胸に命中。

 ハートマークの輝きが弾けた。


「わかりやすいエフェクトね……」

 弓を呆れたように眺める。


 パン屋の少年、ロムニーが足を止めた。背負った大きな籠には、配達用のロングタイプのバケットが詰まっている。

「あ……れ?」

 まるで忘れていたことを思い出した、とでもいうように瞳を大きくし、瞬かせる。

 幼さを残しつつも整った顔立ちに、癖の無い銀色の髪。なるほど、将来イケメンに成長しそうな美少年だ。

 そんなロムニーに目を付けたミシュルは、姉と弟以上の年の差はありそうだが、恋に年齢差は問題ではない。


「……ミシュルさん」

 ロムニーが呟く。

 視線が不思議な力に導かれるように、人混みの向こう側へと向けられる。

 噴水の周りにベンチがあり、その周囲に樹木が生い茂っていた。

 そこには先ほど妖精エニュルのいた場所だった。そして「恋愛の成就」を願った依頼主、母のミシュルがいる。

 少年ロムニーは、自らの熱い想いに突き動かされたかのように駆け出した。


「おや、ロムニーどこへいくんだい? 配達先はそっちじゃないよ!」

 パン屋の店主が彼の背中に声をかける。妻もその様子を見ていた。

「そういう年頃なのかもねぇ」

 早くに両親を失い、孤児となっていたロムニー少年を町の人たちは温かく見守っていた。

 少年ロムニーは子鹿のように、広場を横切って遠ざかってゆく。


「おぉ? 熱いじゃん、少年!」

 これが矢の効果なのかしら?

 妖精エニュルは高みの見物だ。フワフワと舞いながら、少年ロムニーの後を追う。


 彼が目指しているのは、間違いなくミシュルのいる場所だった。

 ミシュルも駆け寄ってくる少年の姿に気がついた。


「ママ! ロムニーお兄ちゃんだよ!」

 娘のミムルが指差すと、ミシュルは驚き、息を飲んだ様子だった。


「まぁまぁ……!? そんな……まさか本当に!」


 そのまさかですよ、奥さん。

 妖精エニュルはほくそ笑みつつ、成り行きを見守ることにした。


「はぁ、はぁっ……!」

 少年がミシュルと娘のミムルの前で停止、息を整える。


「妖精さんが連れてきてくれたんだよ!」

「ロ、ロムニー?」

 娘の声にも上の空。

 戸惑いと期待と、嬉しさと。複雑な表情を浮かべるミシュル。

 対して、少年ロムニーはパンの詰まった籠を背負い直しつつ、背筋を伸ばした。

 思い詰めたような真剣な顔になり、真っ直ぐミシュルを見つめる。そして、


「好きです、ミシュルさん!」

 渾身の告白だった。

「ロムニー!? まぁ、そんな……あたしを? 本当に?」


「はいっ! ずっと好きでした。素敵で、優しそうで。僕のママになってほしいって……ずっと考えていました」


「ま……?」

「ママ?」

 ミシュルさんとミムルの目が点になった。


「なっ……!?」

 なにィイイイ!?

 妖精エニュルは青ざめた。

 ママになれ? は? どゆこと!?


 互いに「好き」であることは間違いない。

 想いながらも告白できない。そんな二人の気持ちを橋渡し。恋愛を成就させるのが妖精キューピットの役目なのだ。

 しかし好意の形は様々で、どういう「好き」かを確認していなかった。


 これは……しくじった、か?

 冷や汗が流れる。

 いきなり恋愛成就失敗で、獣に……。

 ざわざわと肌が泡立つ。


「お店にいつも来てくださり、素敵な笑顔、綺麗なお姿、優しい声をとても好きになりました。いえ……。僕は、ひとめ見たときからミシュルさんに恋をしていたんです!」

「ま、まぁ……!」

 嬉しさ爆発。戸惑いを隠せないミシュルさんに、ロムニーが熱意を込めて畳み掛ける。

 ママになって欲しいと口走った時は焦ったが、気持ちは本物だ。真剣さが伝わってくる。


「貴女に憧れていました。優しい表情でミムルちゃんを見守る眼差しも好きです。だから……思ってしまったんです。いけないことだとは思いつつ、僕も……同じように愛されたいって。いえ、ママとしてあなたを愛したい……! この気持ち、抑えられないんです。好きです。大好きです!」

 好きは好きでも少し歪んでいた。ロムニーは母親の愛に飢えた少年だった。しかし気持ちは本物で真剣で、彼女を想っている。

 

 通行人たちが何事かと足を止めはじめた。

 若者や若い女性、紳士たちが、人垣となってゆく。何となく男女の色恋沙汰と事情を察しヒソヒソと囁きあう。


「わたしも好きよロムニー。貴方が好き!」

 ミシュルは彼の気持ちを受け入れた。

 自らの気持ちを正直に伝える。

「嬉しい! 大好きですミシュルさん!」


「あぁロムニー!」

 両腕を広げたミシュルの胸に、ロムニーが飛び込んだ。

「ミシュルさんっ!」

 大きな胸に顔を埋める。傍目には母と思春期の少年みたいな感じだが、カップルはカップルか。


「こ、これでいいのかな?」

 うまく話がまとまりそうな気もしてきた。


「ママ! やったね!」

 抱擁する二人の横で、ミムルも嬉しそうに飛び跳ねた。


「今日から、僕のママになってくれるんですね」

「えぇ。当面は」

 にっこり。と優しく微笑むミシュル。

 当面。

 ミシュルの顔つきが変わった。少年ロムニーの頭を優しく撫でながら、歪んだ笑みを滲ませる。

「ずっと、ではないのですか?」

 ロムニーは胸から顔をあげ、自分より背の高いミシュルを見上げた。懇願するような捨てられた仔犬のような表情が、たまらなく庇護欲をそそる。

「あぁ心配しないでロムニー。貴方が成長し、立派に……性的に成熟したとき、本当に私たちは結ばれる。それまで、んふふ……んふふ……」

 含み笑いをこらえきれない。母性という名の性的感情、女として欲の境界線は引いているのだろう。

「ミシュル……さん?」

「それまでは『ママ』でいいわ、ロムニー」

「あぁ、ママ!」

 ふたたび抱きつくロムニー。

 あぁ、愛しい子……!

 ミシュルもロムニーと互いに抱あった。


「ロムニー愛してるわ」

「幸せだよママ……んっ」

 ミシュルが我慢ならない、とばかりにロムニーの唇を激しく奪った。

 ミシュルはすっかりメスの表情(かお)だ。しかし

「よかったねママ!」と祝福する娘のミムルを抱き締めることも忘れなかった。


「しばらくはお兄ちゃんで、そのうちにパパになってもらうからねミムル」

「? よくわからないけど、嬉しいな」

「よろしくね、ミムル」

 この瞬間、三人は本当の家族となった。


「いいぞー!」

「お幸せにね!」

「良いものを見せてもらったよ……」

 野次馬たちも口笛と拍手で祝福する。


「ふぅ……やれやれ」

 相思相愛の素晴らしいカップルが誕生した。

 面は義母(ママ)と息子のような絵面だとしても、あの様子では一線を越える日も遠くないだろう。


「一件落着ね!」

 一瞬焦ったが恋愛は成就した。

 互いの想いは間違いない。

 ちょっと歪んでいても愛は愛。二人はこれからより強く結ばれてゆくことでしょう。


 良いことをするって気持ちが良い!

 妖精エニュルはふんっ、と伸びをした。

 空が青くどこまでも広がっている。


「末永くお幸せに」

 妖精は光の粉を散らしながら二人を祝福する。


「ありがとう、妖精さーん!」

 頭上の妖精に、ミムルが屈託の無い笑顔で手を振った。エニュルも小さく手を振り返した。


 愛の囁きが、やがて清浄な光へと変わる。光の粒子は空へと舞い上がると凝縮、宝石のような不思議な結晶へと変化した。

「わ……?」

 七色に光る結晶が星のようにきらめく。

 その輝きは妖精エニュルの胸へと吸い込まれた。


 まるで熱を帯びたヒヨコ、 暖かい日溜まりのような感覚になる。

 感じる。


「これが、ハートジュエル」

 心と心の共鳴、想いの結晶だということが。


 ――妖精レベルが上がりました♪


 不意に頭のなかにファンファーレが鳴った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんと! ショタでしたか! うーん。そのうち 「ママが優しく教えてあ・げ・る♡」 ってことになるんでしょうかねぇ…… ま、異世界ですし無問題(笑)
[良い点] 若干、歪んでいても恋は恋。 という事なのか……。(汗) 年若い少年のロムニーは母性に飢えた年頃で、ミシュルはショタ好きのバツイチお姉さん。 この恋が成就するまで一波乱ありそうですが、無事に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ