恋愛成就と、二人の幸せ
「輝け、恋する気持ち!」
妖精エニュルはキメ台詞を叫びながら、妖精の矢――カップリングアローを放った。
――ミシュルさんが君を好き!
そんな乙女の願いを込めた恋の矢が、パン屋の玄関から出てきたばかりの少年、ロムニーの胸に命中。
ハートマークの輝きが弾けた。
「わかりやすいエフェクトね……」
弓を呆れたように眺める。
パン屋の少年、ロムニーが足を止めた。背負った大きな籠には、配達用のロングタイプのバケットが詰まっている。
「あ……れ?」
まるで忘れていたことを思い出した、とでもいうように瞳を大きくし、瞬かせる。
幼さを残しつつも整った顔立ちに、癖の無い銀色の髪。なるほど、将来イケメンに成長しそうな美少年だ。
そんなロムニーに目を付けたミシュルは、姉と弟以上の年の差はありそうだが、恋に年齢差は問題ではない。
「……ミシュルさん」
ロムニーが呟く。
視線が不思議な力に導かれるように、人混みの向こう側へと向けられる。
噴水の周りにベンチがあり、その周囲に樹木が生い茂っていた。
そこには先ほど妖精エニュルのいた場所だった。そして「恋愛の成就」を願った依頼主、母のミシュルがいる。
少年ロムニーは、自らの熱い想いに突き動かされたかのように駆け出した。
「おや、ロムニーどこへいくんだい? 配達先はそっちじゃないよ!」
パン屋の店主が彼の背中に声をかける。妻もその様子を見ていた。
「そういう年頃なのかもねぇ」
早くに両親を失い、孤児となっていたロムニー少年を町の人たちは温かく見守っていた。
少年ロムニーは子鹿のように、広場を横切って遠ざかってゆく。
「おぉ? 熱いじゃん、少年!」
これが矢の効果なのかしら?
妖精エニュルは高みの見物だ。フワフワと舞いながら、少年ロムニーの後を追う。
彼が目指しているのは、間違いなくミシュルのいる場所だった。
ミシュルも駆け寄ってくる少年の姿に気がついた。
「ママ! ロムニーお兄ちゃんだよ!」
娘のミムルが指差すと、ミシュルは驚き、息を飲んだ様子だった。
「まぁまぁ……!? そんな……まさか本当に!」
そのまさかですよ、奥さん。
妖精エニュルはほくそ笑みつつ、成り行きを見守ることにした。
「はぁ、はぁっ……!」
少年がミシュルと娘のミムルの前で停止、息を整える。
「妖精さんが連れてきてくれたんだよ!」
「ロ、ロムニー?」
娘の声にも上の空。
戸惑いと期待と、嬉しさと。複雑な表情を浮かべるミシュル。
対して、少年ロムニーはパンの詰まった籠を背負い直しつつ、背筋を伸ばした。
思い詰めたような真剣な顔になり、真っ直ぐミシュルを見つめる。そして、
「好きです、ミシュルさん!」
渾身の告白だった。
「ロムニー!? まぁ、そんな……あたしを? 本当に?」
「はいっ! ずっと好きでした。素敵で、優しそうで。僕のママになってほしいって……ずっと考えていました」
「ま……?」
「ママ?」
ミシュルさんとミムルの目が点になった。
「なっ……!?」
なにィイイイ!?
妖精エニュルは青ざめた。
ママになれ? は? どゆこと!?
互いに「好き」であることは間違いない。
想いながらも告白できない。そんな二人の気持ちを橋渡し。恋愛を成就させるのが妖精キューピットの役目なのだ。
しかし好意の形は様々で、どういう「好き」かを確認していなかった。
これは……しくじった、か?
冷や汗が流れる。
いきなり恋愛成就失敗で、獣に……。
ざわざわと肌が泡立つ。
「お店にいつも来てくださり、素敵な笑顔、綺麗なお姿、優しい声をとても好きになりました。いえ……。僕は、ひとめ見たときからミシュルさんに恋をしていたんです!」
「ま、まぁ……!」
嬉しさ爆発。戸惑いを隠せないミシュルさんに、ロムニーが熱意を込めて畳み掛ける。
ママになって欲しいと口走った時は焦ったが、気持ちは本物だ。真剣さが伝わってくる。
「貴女に憧れていました。優しい表情でミムルちゃんを見守る眼差しも好きです。だから……思ってしまったんです。いけないことだとは思いつつ、僕も……同じように愛されたいって。いえ、ママとしてあなたを愛したい……! この気持ち、抑えられないんです。好きです。大好きです!」
好きは好きでも少し歪んでいた。ロムニーは母親の愛に飢えた少年だった。しかし気持ちは本物で真剣で、彼女を想っている。
通行人たちが何事かと足を止めはじめた。
若者や若い女性、紳士たちが、人垣となってゆく。何となく男女の色恋沙汰と事情を察しヒソヒソと囁きあう。
「わたしも好きよロムニー。貴方が好き!」
ミシュルは彼の気持ちを受け入れた。
自らの気持ちを正直に伝える。
「嬉しい! 大好きですミシュルさん!」
「あぁロムニー!」
両腕を広げたミシュルの胸に、ロムニーが飛び込んだ。
「ミシュルさんっ!」
大きな胸に顔を埋める。傍目には母と思春期の少年みたいな感じだが、カップルはカップルか。
「こ、これでいいのかな?」
うまく話がまとまりそうな気もしてきた。
「ママ! やったね!」
抱擁する二人の横で、ミムルも嬉しそうに飛び跳ねた。
「今日から、僕のママになってくれるんですね」
「えぇ。当面は」
にっこり。と優しく微笑むミシュル。
当面。
ミシュルの顔つきが変わった。少年ロムニーの頭を優しく撫でながら、歪んだ笑みを滲ませる。
「ずっと、ではないのですか?」
ロムニーは胸から顔をあげ、自分より背の高いミシュルを見上げた。懇願するような捨てられた仔犬のような表情が、たまらなく庇護欲をそそる。
「あぁ心配しないでロムニー。貴方が成長し、立派に……性的に成熟したとき、本当に私たちは結ばれる。それまで、んふふ……んふふ……」
含み笑いをこらえきれない。母性という名の性的感情、女として欲の境界線は引いているのだろう。
「ミシュル……さん?」
「それまでは『ママ』でいいわ、ロムニー」
「あぁ、ママ!」
ふたたび抱きつくロムニー。
あぁ、愛しい子……!
ミシュルもロムニーと互いに抱あった。
「ロムニー愛してるわ」
「幸せだよママ……んっ」
ミシュルが我慢ならない、とばかりにロムニーの唇を激しく奪った。
ミシュルはすっかりメスの表情だ。しかし
「よかったねママ!」と祝福する娘のミムルを抱き締めることも忘れなかった。
「しばらくはお兄ちゃんで、そのうちにパパになってもらうからねミムル」
「? よくわからないけど、嬉しいな」
「よろしくね、ミムル」
この瞬間、三人は本当の家族となった。
「いいぞー!」
「お幸せにね!」
「良いものを見せてもらったよ……」
野次馬たちも口笛と拍手で祝福する。
「ふぅ……やれやれ」
相思相愛の素晴らしいカップルが誕生した。
面は義母と息子のような絵面だとしても、あの様子では一線を越える日も遠くないだろう。
「一件落着ね!」
一瞬焦ったが恋愛は成就した。
互いの想いは間違いない。
ちょっと歪んでいても愛は愛。二人はこれからより強く結ばれてゆくことでしょう。
良いことをするって気持ちが良い!
妖精エニュルはふんっ、と伸びをした。
空が青くどこまでも広がっている。
「末永くお幸せに」
妖精は光の粉を散らしながら二人を祝福する。
「ありがとう、妖精さーん!」
頭上の妖精に、ミムルが屈託の無い笑顔で手を振った。エニュルも小さく手を振り返した。
愛の囁きが、やがて清浄な光へと変わる。光の粒子は空へと舞い上がると凝縮、宝石のような不思議な結晶へと変化した。
「わ……?」
七色に光る結晶が星のようにきらめく。
その輝きは妖精エニュルの胸へと吸い込まれた。
まるで熱を帯びたヒヨコ、 暖かい日溜まりのような感覚になる。
感じる。
「これが、ハートジュエル」
心と心の共鳴、想いの結晶だということが。
――妖精レベルが上がりました♪
不意に頭のなかにファンファーレが鳴った。