恋のお悩み、承りました!
「姿を見せて、妖精さーん」
女の子が呼んでいる。
年の頃は6歳かそこらだろうか。
可愛い黄色のチュニックを着た栗毛の女の子だ。
傍らには手をつないだ母親がいる。同じような色合いの髪を結わえている。とても若く、二十代前半だろう。紙袋に入ったフランスパンのようなパン抱えていた。
「ご迷惑よ、お忙しいのよ」
「そんなことないよ! 妖精さんは願いを叶えてくれるんだもん!」
なんだかとても期待されている。
妖精として、どういう登場の仕方がいいのだろう?
妖精エニュルは木の枝から舞い降りながら考え、そして。
「はーい、妖精です♪」
それっぽいポーズをとりながら一回転。幹を背に、ふわふわと浮かびながら女の子の目線で静止してみた。
女の子は目を輝かせ、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
「わぁ! 素敵! 本物の妖精さんだよママ!」
「あらあら本当だわ、可愛いのねぇ」
元気な女の子とおっとりママだ。
二人の後ろを、剣を腰に下げた戦士が「お、妖精か!」みたいな反応で通り過ぎてゆく。
妖精の存在は珍しく、出逢えたら
ラッキーぐらいなのだろう。
「私は妖精のエニュル、何か御用かしら?」
優雅かつ気品あふれる仕草で髪を振り払う。早口にならぬよう口調も丁寧さを心がける。
はじめてにしては上出来でしょう。
「妖精さんは恋の悩みを解決してくれるんだよね!?」
女の子のキラキラとした期待に満ちた眼差しが向けられている。
おっ、きたきた!
「恋のお手伝いならおまかせあれ」
右目の前で横向きのVサイン。
ぴんと伸ばした両脚と、背中の羽があざと可愛い。
「すごい! やっぱり妖精さんの噂は本当なんだね」
「まぁまぁミムルったら」
女の子はミムルというらしい。
母親に視線を向けるとターゲットマーカには分類A、つまり『好きな人がいても告白できない』と表示されている。
「あのね! ママに好きな人がいるの」
「パパかな……?」
「違うの、パン屋のお兄さん」
屈託なく女の子が答えた。
「……はい?」
いきなり衝撃告白。
人妻なのに好きな人が出来た、と?
パン屋のお兄さん。だからパンを買ってきたのかしら。
いやいや……まてまて!
不倫!?
ダメでしょ、倫理的に。
恋の成就をすることで家庭崩壊……なんてシャレにならんない。寝覚めが悪くなること間違いない。
「あのね、うちにはパパがいないの。だから……新しいパパが欲しいって、ミムルは思うの」
「きゃ!? もうこの娘ったら。もう……っ」
ママは顔を真っ赤にして、娘を抱き抱えた。
照れくさそうに娘の体で顔を隠す。
「あ……あぁ!? ああ、なるほどね」
未亡人か、あるいは離婚したのか。
母親は現在フリーらしい。
プライベートな理由はさておき、母親に旦那様が居ないなら問題ない。
眼前でチュートリアルを開き確認する。
予備知識として「プリセット」されていたルードリア公国の法律を調べる。
どうやら『婚姻』制度はゆるく曖昧で、結婚・離婚に届け出は必要ない。
本人たちの同意、同棲、あるいは事実婚(妊娠)にて成立するとある。一般的には教会で女神様に報告し、神父に祝福をもらうのがらしい。
つまり、互いに「結婚(同棲)しよう」と意識した時点で成立である。
「妖精さん、願いを叶えてくれる? ママって恥ずかしがり屋さんで。デートにも誘えないんだよー!」
「ママにはミムルがいる。それだけで幸せよ」
「でも、あたしは新しいパパが欲しい!」
「そんなこと言わないで。ほら、妖精さんも困っているわ」
母親は若く男性にモテそう。
けれど「子持ちの女なんて」という恥じらいと、娘がいれば幸せ、という気持ちがせめぎ合っている。
「わかったわ。私にまかせて!」
彼女の恋を成就させる。これが妖精として最初の役目というわけね。
気持ちを踏み出させるのは簡単だ。『妖精の矢』カップリングアローを使えばいい。
チュートリアルによると『誰々が君を好き』と祈り、矢を放つだけ。
相手が気持ちに気が付き、勇気が湧いて告白するらしい。
なるほど楽勝じゃないの。
そも、相手の男性はどういう男だろう?
「パン屋さんの素敵なひとは何ていうの?」
「えっとね、ロムニーお兄さんって呼ばれてて、その角のパン屋さんで働いているの」
ミムルが指差す。街角にパン屋の看板が見えた。
「きゃあっ! もうミムルったら!」
正直な娘ちゃん。
よほど新しいパパになってほしいのだろう。
「ママさんのお名前は?」
「ミ……ミシュルと申します」
ここまでくるとママも期待しつつあると見た。
顔を赤らめつつ、ちょっと嬉し恥ずかし。女の表情がチラっと垣間見えた。
フフフ、楽しみにしてなさい。
「ここから先はまかせておいて!」
妖精エニュルは親指を立ててから一回転。
ギュンッ! と上空へと飛んだ。
おっと、大事なことを忘れていた。
「えっとミシュルさん! ロムニーさんにお気持ちを伝えます! もし、あとでロムニーさんが声をかけてきたら……必ず『YES』と答えてくださいね!」
「は……はい」
「必ずですよ!」
恋が成就するよう念押しする。ミシュルさんは頷いた。
「お願いね! 妖精さん!」
「まっかせなさい!」
ミムルちゃんが両手を振る。
契約成立。これから仕事に取り掛かる。
パン屋までひとっ飛び。
店の名前は『こんがり亭』。窓から中を覗き、パン屋の中を確認する。
店からは焼き立てパンのいい香りがした。
「さて、ロムニーさんは……?」
窯の前で、職人さんらしいオジさんと恰幅のいいおばさんが働いていた。
どう見ても夫婦でオジさんではないでしょう。
となるとロムニーさんは?
「ロムニー! 掃除が終わったら配達に行っておくれ」
厨房の奥へオジさんが声をかけた。
「はーい!」
すたた、と白いパン屋帽をかぶった青年が出てきた。
いや……まだ少年といったほうがいいだろうか。
綺麗な顔立ちの少年だった。
「……若い」
「いつもの宿屋、二軒にね」
「まかせて」
声が幼い。
年の頃は十五歳か、もうすこし下……かもしれない。
どうみても未成年だ。
――この子にママ、ミシュルさんはぞっこんなの!?
いや。
いや……いまさら、遅い。何を悩む。
背に腹は代えられない。
獣に転生なんてしたくない。
恋を成就させればみんなハッピーなのだから。
「えぇい、ままよ!」
妖精エニュルは『妖精の矢』カップリングアローを構えた。
店を出たところを狙い撃ちするのだ。
「いってきまーす!」
愛こそがすべて。
愛こそが正義!
――ミシュルさんが君を好き!
願いを込めた恋の矢が放たれた。