妖精のトリセツ(チュートリアル)
警告音で目が覚めた。
「……う……うん?」
――地表接近警報!
――地表接近警報!
視界にポップアップで表示された赤い警告文字。
角度を示すグラフが揺れ、数値が目まぐるしく小さくなってゆく。
目の前には森と赤い瓦屋根の家々、村のような集落が近づいてくる。
「お、落ちてる……!?」
妖精エニュルは落下していた。頭から落ちているらしく、頭上から地表がぐんぐんと近づいてくる。
「ひ、いい!?」
天界からの出勤は、強制射出だった。
重力加速で脳貧血、一瞬、気を失っていたらしい。
なんの説明も無しかよあの天使!
妖精なのに墜落死なんて話があるか。
「くそ……ぉおっ!」
一気に覚醒した意識で、背中の羽を動かす。
空力的な効果により落下速度が緩んだ。
――妖精背面スラスター展開、魔法粒子散布
羽からキラキラと金色の光の粒子が放出され、揚力が生まれた。何か魔法的な効果があるのだろうか。重力の束縛から逃れたのを感じる。
「よっ」
前転しながら姿勢を反転させ、地表に足を向けると警告が止んだ。
「ほっ……」
不思議なことに風圧も感じない。スカート部分もめくれ上がらない。周囲を淡い金色の光がバリアーのように包み、空気の圧力、気圧変化から護ってくれているらしい。
――妖精標準結界展開中
――姿勢回復、対地角正常。重力遮蔽粒子保持
「なるほど、シールドってわけね」
+-----------+
妖精標準結界
:全天候耐性 レベル1
:対物理攻撃耐性 レベル1
:対魔法攻撃耐性 レベル1
:ABC耐性 レベル1※(A放射能毒、B生物毒素、C化学毒素)
+-----------+
どうやら妖精の周囲を包む淡い光は結界の一種らしい。環境変化、各種の毒や攻撃を防いでくれるのか。
「女神が言っていたチュートリアルって、これのことね」
ようやく妖精エニュルは余裕が出てきた。
フワフワと落下しながらあたりを見回す。
眼下には赤い瓦屋根の可愛い家々がみえる。町というより村といった雰囲気。
中央には教会らしい鐘つきの塔があり、広場と水場がある。
周囲は森で畑は少ない。道が四方に曲がりながら森の中へと吸い込まれてゆく。道はやがて少し離れた位置に立つ小さなお城へと続いている。
――ルードリア公国、オードブール伯爵、ルガリア村。
「へぇ、こりゃ便利ね」
必要な情報は考えると、眼前にポップアップ形式で浮かんでくる。
視界を遮らないように、半透明の四角いウィンドゥが表示され、文字列がスクロールしてゆく。
――ルードリア公国の首都と隣国カロバーン王国を結ぶ宿場町。
北の街道の中継点として発展。交易が主な産業、森林業、狩猟業も営む。
人口約三千、人口比率は人類種90%、亜人種10%
視線を合わせると大体の情報が手に入るので、調べる手間が省ける。
「ここで、仕事をすればいいのね」
ふわりと、村の広場にある街路樹の梢に舞い降りる。
広場には大勢の人々が行き交っていた。服装は中世後期のヨーロッパ風。人間がほとんどだが、たまに耳の尖ったエルフっぽい人や、背の低いドワーフみたいな人もいる。武装した衛兵、傭兵みたいな戦士もポツポツといるが誰も気にする風もない。
まさにザ・ファンタジーな雰囲気。
広場には水場があり、その横で歌を歌いながら芸を披露する大道芸人がいた。子どもたちの笑い声がひびき、どうやら平和なところらしいと妖精エニュルはホッとした。
まずは翼を休めつつ、チュートリアルを読むことにする。
「えぇと、まずは」
――妖精の仕事(縁結びジョブ)について
妖精は恋愛を成就させると『ハートジュエル』が手に入る。
これがジョブ達成の証であり、天界へ上納するものである。
「上納って……」
反社的な組織かよ。
――縁結びジョブの達成方法
A:好きな人がいても告白できない
B:理想の恋人を探しているが見つからない
C:誰でもいいから恋がしたい
D:恋に無関心(他に熱中している)
――人間の恋心は上記のパターンに分類される
AとA、AとC、AとDの順でカップリングの成功率が高い。
「あー、なるほどね」
――BとBは趣味趣向が合致すれば成功率が高い。
――CとCも次いで成功率が高い。しかし別れてしまう率も高い。
「カップリングさせりゃいんだから、付き合った後のことまで責任持てないわよ!」
――初心者におすすめはAとAの清らかな恋の応援である。
「で、何か使えるスキルはあるの?」
+-----------+
妖精スキル一覧
:カップリングアロー レベル1
:ペインニードル レベル1
:熱殺妖精球 レベル1
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――カップリングアローは対象者と対象者の心をリンク。
妖精のフィニッシュホールド、必殺スキルである。
これにより互いの想いを告白、あるいは確認することでカップル成立し『ハートジュエル』が入手できる。
「キューピットの矢みたいなものね!」
――ペインニードルは護身用のスキル。
尻から刺を出し、相手を刺すことで激痛を与える。
ちなみに一度刺すと抜け落ちる。
「ミツバチかよ! 使った後死なないわよね……?」
なんとなく危ないがイザというときの護身用らしい。
ちなみに「熱殺妖精球」って謎スキルはなに?
熱系の魔法弾でも放つの?
――「熱殺妖精球」は「熱殺蜂球」と同じ、複数の妖精で相手を包み込み、翅の放つ熱で攻撃する必殺スキルです。
注意:発動には百人以上の妖精が必要です。
「ミツバチかよ!? てか、使えないじゃん!」
チュートリアルにツッこみを入れていると、下から声がした。
「この上だよ! 妖精さんがいるの!」
「まぁまぁ、ほんとうに?」
小さな女の子と若い母親らしい女性だった。
「妖精さーん!」
可愛い。
どうやらこの世界では妖精は「あたりまえ」の存在らしい。
まぁそうでなければ縁結びなんて仕事、出来るはずもないわけで。
母と娘に視線を向けていると、ターゲットロックのようなポップアップ表示が浮かび、それぞれ頭上にマーカが表示された。
A:好きな人がいても告白できない
D:恋に無関心(幼女)
「……最初は人妻?」
妖精エニュルはふわふわと木の枝から舞い降りた。
<つづく>