天界、パワハラ会議
……ここは、どこだ?
淡いブルーの空には綿雲が浮かんでいる。地面も無く、代わりにピンク色のもやで覆われている。
思い出した。自分、片結縁は……死んだのだ。不幸にも陥没事故で生き埋めになって。
死んだってことは、天国か?
どうりで身体がフワフワするはずだ。実際、身体が浮かんでいた。
「お……?」
見回すと、空中にいくつもの光が浮遊している。シャボン玉のような大小の輝きが。暑くも寒くもなく、天国感に満ちている。
手足もあるし、痛いところもない。
……って? なんだか様子がちがう。
腕も脚も妙に色白で細くて、指先もすらりと長い。まるで女の子みたいだ。
身体を恐る恐るさわって確認し、顔に触れて思わず、
「んなっ!?」
声も少女に変わっていた。髪はピンク色でストレート。腰までの長さがあった。
自分からいい匂いがする……!
身体にフィットした、ヒラヒラのバレェダンサーみたいな半透明の服を着ていた。華奢でスレンダー、発育途上のボディラインが強調され恥ずかしいったらありゃしない。
それに、背中だ。妙な違和感があると思ったら、羽が生えていやがる。見た目はトンボの羽に近い。てことは「翅」と呼ぶべきか。まぁどっちでもいいけど。
つまり……。
「よ、妖精になってるー!?」
ファンタジーではお馴染みの妖精、フェアリーってやつになっていた。
てことは、ここは異世界!?
VRMMORPGなんてプレイしてないのに、異世界に転生しちまった……ってのか?
縁は混乱しつつも状況を整理する。
「――見事な状況分析だ、気に入った」
凛とした、女性の声が響いた。
厳しい女上司を思い起こす声が。
はっとして声の聞こえた方を振りかえる。
身体が空中でくるりと反転。自在に、考える方向に動けるらしい。
「あ……!」
女性が上空数メートル先に浮かんでいた。
金髪に碧眼、ローマ人みたいな布を全身に巻き付けた女性。背中には鳩みたいな二枚の「翼」が生えている。
「天使!?」
「良い判断だ。冷静で、頭も良い」
――し、思考が読めるのか!?
「当然だ。上級天使なのだから。……しかし貴様ら、下級天使はひれ伏すものだ」
「きゃっ!?」
とっさに出た声まで可愛い。
俺は落下し、地面――フワフワのピンク雲に落ちた。バウンドして正座する。
天使の言葉には、魔法でもあったのだろうか。
地面もないので痛くはないが、相手との「力の差」をいきなり見せつけられた格好だ。
上級天使、と名乗った。
下級天使、と呼ばれた。
つまりそういうことなのか。
「今回はこれだけか。下級天使として転生できたことを幸運に思うがいい。天上を統べる女神、ラーズムルド様の慈愛に感謝することを忘れるな」
「は……はぁ」
そこで、他にも同類がいたことに気がついた。
同じような姿かたちの妖精たちだ。空中のあちこちに浮かんでいた無数の輝きは、すべて俺と同じ「妖精」だったらしい。背中の翅はみな同じ四枚で半透明だ。
「ひぇええ!?」
「説明しろコノヤロー!」
「わんわん……!? きゅぅん?」
近くに落下した妖精はそれぞれ個性が違っていた。赤毛や黄色、緑の髪でキャラクターが違う。
「口を慎め、下級天使ども。地上どころか、地下へ堕とすことさえ出来るのだぞ」
目の前にヴィジョンが浮かぶ。
妖精が雲を突き抜け落下してゆく映像、イメージだろうか。脳内に直接流れ込んでくる。
翅が脱落し、地面に落ちた妖精はみるみるうちに、毛のはえた小動物へと姿を変えた。ちゅっ!? と悲しげに鳴くと、草むらのなかへと駆け込んでいった。
「……!」
しん、と周囲が静まり返った。
ごくりと生唾をのみこむ。
「我が名は、上級天使ウリュエラ。貴様ら下級天使のお目付け役だと思えばいい」
どこまでも不遜で傲慢な物言い。
会社のムカつく上司を思い出した。
「上級天使様が、私たちに何をさせようというのですか?」
あれ?
縁は思わず口を押さえた。俺……ではなく私、と自然に発する一人称まで変わっていた。
「貴様らの頭に必要な情報はプリセット済みだ。貴様らの責務……仕事についてのな」
「仕事……?」
「下級天使、貴様ら妖精族には『縁結び』を行ってもらう」
ざわ、と空気が揺れた。
「死して迷える魂、無念のうちに死した魂を、女神様は救済された。そのご恩に報いるため、貴様らは身を粉にして働くのだ」
どうやら不慮の事故や何かの理由で死んだ魂が集められ、妖精の肉体を与えられた……と考えるのが妥当か。それも慈善事業ではない。
なにか目的があるらしい。
「あの……。ぐ、具体的には何を……?」
別の妖精がおずおずと手をあげた。
「妖精ハムリース。地上に降り、恋に迷える人間達を救うのだ」
「恋に……迷う?」
「『縁結び』といっただろう。人間同士の恋愛を成就させ、天への感謝を示させよ」
「は、はいっ」
なるほど。
妖精として恋の手引き、縁結びをさせようって魂胆か。その感謝の祈りが、天上で暮らす女神や上級天使には都合がいい、と。
「……ご明察だ、妖精エニュル」
上級天使がギロリと縁――今の名は妖精エニュルというらしい、を睨んだ。
「は……はは?」
笑って誤魔化したがすさまじい威圧感。おそらくレベルが違う存在なのだ。不満に思ったところで、上級天使と戦うことはおろか、逃げることさえ出来ないだろう。一瞬で消されるか、地上で獣になるよりほかはない。
つまり、選択肢なんて無いのか。
「……そう、賢明だエニュル。従順に働けば見返りも得られよう」
「見返り?」
「レベルアップ、上級天使への道だ」
おぉ……と安堵の歓声があがる。
アメとムチの使い方もわかっているのだ。
「必要なことはすべて頭の中にある。地上に降りたらステータス・オープンと言え。チュートリアルを見よ」
出たな、お約束。
「そして努々忘れるな。縁結び、カップリングに失敗すれば、貴様らの加護、神性は失われる。条件を満たさねば、たちどころに地上の獣として転生することになる」
上級天使は妖精達を見下しながら、口許に笑みをうかべた。
くそ、とんだブラック企業、いやそれ以上にヤベェじゃねぇか。
「さぁ、ゆけ。地に降りよ」
視界はそこでふたたび暗転した。
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