8. ナイーブさ、政治的野心、または良心
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なるべく目立たないものをということで、移動に使うのはフルスモーク仕様のシボレー・エクスプレスを選んだ。
第8防衛拠点に停めていた車の中では、一番無難な見た目で、気休め程度ではあるものの、防弾のための改造も施されている。
ここ一年、革命騒ぎが本格的に治安の悪化に繋がってから、出番が増えた車で、日が暮れてからの時間にどうしてもボスを移動させなければならない時は、いつもこの車を使っていた。
運転手役のスタッフが乗り込もうとすると、ボスはそれを制して、自分で運転すると言った。
「きな臭いところに行くことになるから、あまりたくさんの人を連れていく気になれないんだ。」
そう言いながらボスは私の方を見たが、私は気が付かないフリをして、運転手役のスタッフの手の中から鍵をもぎ取り、ボスより先に運転席に乗り込んだ。
ボスは何かぼそぼそと言っていたけれど、やがて諦めたのか、防弾仕様のために尋常じゃなく重くなっているドアをひいひい言いながら開けて、後部座席に乗り込んだ。
運転席のドアは運転手役のスタッフが閉めてくれた。
エンジンをかけて車を動かす。
車の調子がおかしいところはない。
無駄に大きく育った私の胸を締め付けられることを除けば、調子がいいと言っていいくらいだ。
アスファルトがタイヤに擦れる音をたてながら、シボレー・エクスプレスは他の車両の間をすり抜け、第8防衛拠点の裏の道路へと続くスロープを降りていく。
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カリフォルニアへ行ったのは進学のためだったけれど、勉強よりもパーティーの方で忙しかった。
母国の出身者たちの保守的なコミュニティの中で育った私は、親元から離れて好きに暮らせるのが嬉しくてたまらなかった。
ビーチ、クラブ、ファッションショー、映画の販促用イベント。
面白そうな話を聞くと参加せずにはいられなかった。
そうしているうちにイベントのPRスタッフ兼賑やかしとして、お金をもらってパーティーに参加するようになった。
目の出ないバンドや売れてないモデルを引き連れて会場に乗り込んでは写真を撮ってSNSにアップロードする。
そんなことをやっているうちに駆け出しのインフルエンサーみたいな扱いになり、エナジードリンクや健康食品の会社と一緒に仕事をさせてもらった。
田舎からやってきた移民第一世代のティーンエイジャーにとっては、それだけでも十分過ぎる程の成功だった。
でも、その後にテック関連のスタートアップの関係者たちと名乗る胡散臭い連中が現れて、SNSで人生を楽しんでいるフリをするのが他の人よりちょっと上手いだけの私を訳の分からない領分へ連れ出した。
エンジニアと名乗る人たちの要望を聞き、マーケティング担当者と名乗る人たちのご機嫌を伺い、与えられた予算を使って、SNS上で求められるインプレッションを得て、コンバージョン・レートを上げるのに必死になった。
自分一人で対処しきれなくなると、例の胡散臭い連中がまた現れていろいろと手を回して、いつの間にか私がCEOのSNS販促専門会社が出来上がっていた。
CEOと言っても、株は半分以上胡散臭い連中に握られていた。
会社が新しい契約を取って、利益を上げれば上げるほど、誰のために何をやっているのかわからない感覚が強くなっていった。
このままじゃ遅かれ早かれ、自分がダメになると思いながらも、パーティーでから騒ぎをするという、およそ仕事とは思えない仕事を休めない状況が続いていたある日、母国から亡命したという男たちが連邦政府の関係者を伴ってやってきた。
その1年前に独裁者の手で起こされたクーデターのせいで国有化された資源メジャーの原油採掘部門を取り返したいので協力してほしいという連中の話はただの誇大妄想にしか聞こえなかったけれど、乗り気でなかった私を説得するためだったのか、胡散臭い連中の株の持ち分を瞬く間に取り返してくれた。
その時の私は21歳で、世間知らずだったから思い至らなかったけれど、多分、暴力で脅したんだと思う。
亡命した人の中には荒事の得意な人もいたらしいし、連邦政府の関係者がバックについているなら、捕まるリスクもないようなものだったんだろう。
胡散臭い株主がいなくなって自由に動かせるようになった会社の中に公共政策を担当するチームを新しく作った。
環境活動家や人権活動家のうち、SNS映えする人たちを積極的に採用して、「クリーンで持続可能な地球環境の保護」や「生まれた場所で享受できる幸せの総量が変わることのないグローバル社会」といった、正面切って反論しにくいメッセージを含んだトレンドをソーシャルメディア上で起こすように働きかけた。
でも、実際はその全てがクーデター後の母国の不利になるように、綿密に計画されたものだった。
私たちのやっていたことが、独裁者に対してどれだけプレッシャーをかけられたのかは正直よくわからない。
亡命者の男たちは、私以外にも、母国の国籍を保持している人たちに接触し、何かいろいろと暗躍しているみたいだった。
あまりにもいろんなことが起きて、私は一端落ち着いた生活をしたいと思うようになった。
株だけは手元に残したまま、経営を信用できる人に任せて、また大学に戻って勉強をやりなおすことにした。
あまりにも世の中を知らなさすぎるのに危機感を覚えたのも、その理由のうちだった。
自分のいる国で何が起きているのか、それは何故なのか、今からどんなことが起こりうるのか。
知りたいと思うことはたくさんあったし、それを授業の課題として調べられる機会があるのも有意義だった。
クラスメートと一緒に議論することで理解を深められたし、より多くの人の意見を聞くことができて視野が広がった。
でも、私は自分の興味関心に対してあまりにも正直すぎて、大学の授業はこの世界の悪意に対して備える実際的な方法を教えてくれなかった。
スタートアップ界隈の関係者と名乗る胡散臭い連中がまた現れたのだが、今度は政府の関係者と亡命者の男たちと連れだってやってきた。
今回の連中の要求は、クーデターで成立した独裁政権に対する革命が成功した暁には、母国に米国籍の企業を進出させるので、その見返りとして連邦政府が推薦する企業への法人税を優遇するよう、革命政府と事前合意を取り付けろという、前回に比べてもさらに妄想めいた趣の強いものだった。
父親の職業と、父親が仕えていた政治家のことは、クラスメートに対して割とオープンに話していた。
それを連中の耳に入れたのがクラスメートの誰なのかはわからなかったけれど、私は他の誰でもなく自分を憎んだ。
自分の脇が甘いからこんなことになったのだ。
その時までの私は、世襲議員である今のボスのことを笑えなかった。
苦労の足りない人間の性なのか、随所に甘さが見られて、一度決めたことを徹底できずに、その時々の興味や関心に流される。
私は心底自分が嫌になって、そんな自分を変えるためにも、母国で革命の行方を見届けることにした。
私を母国に戻し、革命を最後まで見届けることができるよう、連邦政府が全面的に協力するのを、連中の要求を呑むための条件に含めた。
私の帰国の直前に父が亡くなったのは完全に誤算だった。
もともとは、父の仕事を手伝いながら、革命軍幹部へ時間をかけて食い込んでいく予定だったのだ。
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防弾仕様のシボレー・エクスプレスは高速道路を革命進行中である首都に向かって走っていく。
反対側、首都から遠ざかる方の車線には車が葡萄の実のように連なっていて、長く終わりのない渋滞を構成している。
首都へ向かう車は一台もない。
仮にそんな車があるとすれば、革命軍に対しての抵抗勢力だとみなされて、RPGか何かを打ち込まれてしまってもおかしくはない。
「そろそろ、ジャーナリストと合流する地点のはずだ。
スピードを少し落としてくれないか。」
ボスの声が後部座席から指示を出す。
そう言っている傍から、ここ1年の革命騒ぎでボロボロにされたバス停が見えてくる。
そこに立っている2人は、長年の協力者のはずだ。
うちの一族にとっても、今の私にとっても。
彼らがいれば、仮にこの先に私に何かあっても、ボスを空路で脱出させてくれるだろう。
それでボスは命が助かる。
私は、ボスの私設秘書官だった立場を利用して、成立直後の革命政府に食い込める。
あるいは、私のことを怪しんだ革命軍が私の体に鉛玉を食い込ませるかもしれない。
どうなるか何とも言えない。
でも、私の政治的野心は、どちらの場合でも満たされる。
どちらの場合でも、誰かを手酷く利用しようとしていた連中のうちの誰かを多少なりとも困らせることができるだろう。
誰かにとっての正義が実現されるのであれば、未熟で不出来な私のような人間でも、命を捧げるのに十分な理由になるのではないだろうか。
次回更新は3月24日(水)18時(目標)。