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1. 対有事24首相輪番制度

さくっと数話に収めて完結したいと思っています。

どうぞお付き合いください。

 午後10時の時報代わりに、午後の11番目の首相が首相官邸の高窓から放り出される。

 月明かりの明るい夜空に、真っ白なシャツを着た初老の男が浮かび、目を見開いて重力に抗い、でも逆らえず、物理の公式通りの加速度で落ちていく。

 西側だか中東だか、どこかの国の放送局のカメラがそれを望遠レンズとクローズアップの両方で捉える。

 国際衛星放送生中継。

 世界中がフレームの下へ見切れていく、記録的に短い時間、権力の座にいた人間の最期を目撃する。

 私は第8防衛拠点の小さな年代物のテレビでそれを見届けると、いよいよ逃げ場がないことを再確認して、意識がすり潰されそうな、重く鈍い頭痛にうめき声を上げた。


「4分33秒でしたね。

就任声明が放送されて、それから5分も持たずにこれですか。」


 隣でコーヒーを煎れながら画面を見ていた私設秘書官が言う。


「本当に、声明を発表するんですか?

今度は3分も持たないかもしれませんよ?」

「私がここにいるのは、革命軍の連中は把握していないんじゃないかな?」

「希望的観測ですね。

連中が優秀だと言っていたのはあなたですよ。

私達の現在地はとっくにバレていて、ただ泳がされていると考える方が賢明です。

今ならそのまま、国外まで泳ぎきれるかもしれませんよ?」


 私設秘書官は、口癖の「かもしれませんよ?」を連発し、私に翻意を促す。


「『かもしれない』で責任から逃れられるなら、それこそとっくの昔にそうしている。

君こそ、声明の発表の前に、早くここから離れた方がいい。」


 私設秘書官は肩を竦めた。

 その肩の下では、合衆国は東海岸の栄養豊富な食事のおかげでしっかり育った一対の膨らみが揺れた。

 こんなくだらない、革命という名のから騒ぎで失われるには惜しい形のそれは、固い印象を与える黒のジャケットと白の襟付きのシャツでは隠せないほどに激しく主張していた。

 だが、この国とって本当に失われるべきでないのは彼女の頭脳の方だった。

 先代の私設秘書官である彼女の父親が不幸にも亡くなってしまった際に、カリフォルニアで起業してIPO直前まで育てた自分の会社を放り出してまで帰国してきた彼女に自分を私設秘書官として雇えと言われた時、どうしてもっと強くはっきりと拒絶しておかなかったのかと、私は後悔した。

 私は第8防衛拠点の最上階にある執務室のカーテンをそっと開け、窓の外を見る。

 つい先ほどの生中継にも映っていた満月が光っていて、首都を囲む熱帯雨林を青白く照らしている。

 距離としては大して離れているわけでもないのだが、首都の革命騒ぎの喧騒はここまでは届いていない。

 だがそれも時間の問題で、私の首相就任声明が報道されれば、あっという間にここが特定されて、革命軍の歩兵中隊に取り囲まれるかもしれなかった。


「あんな誇大妄想気味のアホに言われたからと言って、律儀に最後の首相役なんて務めなくていいんですよ?」


 いいにおいのするコーヒーの入ったマグカップを私に手渡しながら、私設秘書官は言った。


「誇大妄想気味とは、なかなか言うね。

ちょっと前までなら裁判なしの銃殺刑ものだ。」

「まともな権力者なら、陰口叩かれたくらいで大事な国民を処刑したりしませんよ。

死ぬまで働かせて税金を搾り取るのが筋ってもんです。」

「その筋を通せないから、ああいう独裁者が生まれたんだけどね。」


 独裁者の現在地は公邸ということになっていたが、とうの昔にそこからいなくなっていることは両陣営にとって周知の事実だ。

 おそらくは地下のトンネルを抜けて首都から脱出し、どこかに隠してある自家用機で国外への脱出を試みているのだろう。

 私設秘書官は、一番困難な時に全てを投げ出して逃げ出した人間の尻拭いを命がけで律儀にしてやる義理はないと言いたいのだろう。


「まあ、でもとにかく、決まってることだから。」


 そう言って、私は自分のスマートフォンを操作し、首相官邸のスタッフに就任声明を出してほしい旨を伝えた。

 その間、私設秘書官はスマートフォンを操作する私の手元をじっと見ていたが、私が電話を手放して、代わりにマグカップを持ってコーヒーを啜り出したら、諦めたのか、小さくため息をついた。


「こんなことになる前に、どこかで歯止めをかけられれば良かったんだけどね。」

「あなたが軍部に渡りを付けてクーデターを起こせば今頃はこんなことにはなっていなかったかもしれません。」

「そうだったとしたら、今頃は私が別の誰かを身代わりにして、西側のどこかの国の大使館にでも駆け込んでただろう。」

「今からでもそうしてみてはいかがですか?」

「そんな度胸と行動力はないよ。」

「あなたにはなくても、あなたの部下にはありますよ。」


 今度は私が肩を竦める番だった。

 私を非難めいた目で見つめる私設秘書官の肩越し、点けっぱなしにしていたテレビの画面がチカチカしているのが目に入る。

 画面の下部に映るテロップは一斉に私の名前を報じている。

 今日24人目のXX国首相への就任を発表。

 誰にも祝ってもらえないのが残念だと私は思いながら、もう一度コーヒーに口を付けた。


--------------------------------


 どうしてこんなことになってしまったのかを説明するのには、何から話せばいいのだろうか。

 政治的主張の対立に端を発する50年続いた内戦にしろ、熱帯雨林の中の水源を確保するべく国際会議での個人的な中傷を口実に宣戦布告もそこそこに攻め込んできた隣国にしろ、今の状況の遠因だと言えば、確かにそうだろう。

 先進国の資源メジャーが掘り当てた原油と鉱物資源のせいでもあると言えばある。

 だが、私が、今にも革命軍に制圧されそうなこの国の政府の首相に就任した直接の原因は、有事の際に独裁者を逃がすために、24人の代替用首相が選ばれたためだ。

 数年前、資金も豊富で影響力も強い地方の有力者たちの陰に外国の諜報機関の存在がちらつき始めた段階で、独裁者は非常事態対応計画を策定した。

 名前だけはまだ存続している議会の議員たちに諮ることなく突然公布されたその計画の最後には、『国体の存亡にかかわる事案が発生した時は、事前に指定された複数の臨時国家主席兼内閣総理大臣が協力して事態に対処する。』、という条項があった。

 この記述に基づいて、独裁者とのつきあいが最も長い側近から4人、独裁者が権力を奪取してからお近づきになった取り巻きの連中から8人。

 そして、独裁者のかつての政敵のうち、あまりにも力がなさ過ぎて逮捕も暗殺もされずに飼い殺しにされていた12人の議員や政府機関の役職者が代理の首相候補として指名された。

 これは、側近にとっては後継者候補に目されたに等しく、権力闘争を劇化させることになった。

 取り巻き連中にとっては利権に食い込むチャンスととらえられ、賄賂が激しく飛び交った。

 そして、私を含む12人の政敵にとっては実質的な死刑宣告だった。

 何カ月かに一度、12人のうちの誰かが失踪し、また別の、権力者にとって取るに足らない政敵が補充されるので、この数年で既に7人が入れ替わっていた。

 いつの頃からか、『対有事24首相輪番制度』と呼ばれるようになったその制度は、私にとって自分の命でババ抜きをやられているのと変わらなかった。

 次は自分の番かもしれないと思いながら、世襲議員としての終わりのない任期を、潜在的な国家の敵として独裁者に睨まれながら過ごす日々を想像してみてほしい。

 まだ父が議員の地位にあった昔から、二世代に渡って支えてくれた以前の私設秘書官がいなかったら、私は既に発狂していただろう。

IF戦記的な説明記述って、書くの難しい一方で読んでもらえるのか不安になりますね…


明日18時に続きを更新します。

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