作戦の決行②
…あれ?
シューズがある
どうして?
タイミング的に今日仕掛けるはず
天野くんが及川さんを説得出来なかった?
でもそれなら報告があるはず
及川さんが「自分がされたこんなこと」を躊躇するとは思えない
「あれ?アタシのシューズ知らない?」
なんで伊月のシューズが…!
「知らなーい」
大事になる前に回収しないと
「及川」
「なんですか?」
「なんか知ってるでしょ」
「どうしてですか?」
いつからか見せるようになった、貼り付けた笑顔
まさか天野くん、私が言ったように及川さんに言わなかったの?
確かに伝言は「大きな変更なし」だったけど…
「……別に」
隠した場所は分からない
証拠がない
このままじゃ大事になってしまう
「ヤバい、もう先生来る時間なのにシューズがない」
「とりあえず着替えだけして、隠されたこと言えば良いんじゃなーい?」
「うん」
先生が来る
行かないと
でも
「整列!礼!」
「よろしくお願いいたします!」
「…畑、シューズはどうした」
「誰かに隠されました」
「そうか。その靴でいつも通りのメニューをこなしては痛めてしまうかもしれない。今日はストレッチや軽い走り込みだけにしなさい」
「はい」
そうだった、焦って忘れていた
この先生は犯人なんて捜したりしない
「待って下さい。あの…実は私も隠されたことがあるんです。今解決しておかないとこれから大事な時期ですし、大変なことになってしまう可能性もあるんじゃないでしょうか」
これが天野くんのアドバイスなのか、及川さんが本当に関係なくて本心なのか、分からない
どうする
「では犯人を捜したら良い」
「先生はなんとも思わないんですか」
「この中に戦う前から負けを認めている者がいるという事実は非常に悲しい。他者を落としても自らの価値は上がらない。及川、シューズを出しなさい」
やっぱり及川さんが隠したんだ
でもどうして自白するような真似を…
分からない
「どうして私が持っていると思うんですか」
「わたしに異論を唱えたからだ」
無茶苦茶適当な理由なのに、妙に説得力がある気がする
「確かに今回シューズを隠したのは私です。でも、私がこれまで様々な物を隠されたり、練習の妨害をされたことは間違いありません。止めてほしくてやりました。悪いことだと思っているので謝罪はします」
素直に認めて伊月に頭を下げる
「すみません。でもこれで気持ちが分かってもらえたんじゃないでしょうか」
これは打ち合わせ通り
でもどんな反応をするか…
本来ならここですぐに許して、物を隠された話しになるはずだった
でも相手が違えば反応は違う
それに練習妨害って一体どういうこと
どんな展開になるか…
「反省してるのが分かったし、及川ならシューズ自体にはなにもしてないと思うから許す」
一先ず安心
「でもひとつ確認させて。物を隠されたり練習を妨害されたりって、どういうこと?」
そこに気付いて有耶無耶にしないところは流石
「しらばっくれるつもりですか」
「本当に心当たりがない。練習の妨害ってのは受け取り手によるし、知らない間にやってしまったのかもしれない。だけど、物を隠したことなんてない」
受け取り手による…か
…もしかして練習妨害って天野くんに会わせるために荷物運びをお願いしたことじゃないよね
でもあれを練習の妨害と捉えてしまうほど追い詰められているということ
しかも本人は無自覚
そろそろ助け船を出さないと話しが進まないか
「私からもひとつ質問、良いかな」
警戒の目で見られる
…ということは、天野くんのアドバイス通りに事が進んでいないのかも
だったら今どういう状況?
「はい」
一先ず話しを進めるしかないか
「物を隠されたのと練習の妨害をされたと感じたのは、どっちが先?」
「……!」
やっぱり及川さんならこれで気付くと思った
でも理解出来ていない部員のために言ってあげないとね
「そう、隠したのが私たちだと思っていれば、私たちからの些細なお願いが練習妨害に思える。普通だったら運が悪かった、で済むことがそうは思えなくなる」
「その反応を見るに物を隠されるのが先だったみたいだね。及川がなんの根拠もなく特定の誰かを疑うとは思えない。どうしてアタシらだと思ったの」
「その質問に答える前に私からもひとつ良いですか」
示し合わせたわけではなかったけれど、頷いたのは同時だった
「私のことを随分信頼してくれてるみたいですけど、どうしてですか。どんな理由があってもシューズを隠したのは私です」
これは私の役目じゃない
でも上手く答えるだろうから、心配はない
「そういうところ」
「これだって、どーせ誰かにそそのかされたんでしょー」
横からひょっこり顔を出して紗矢が付け足す
その言葉に間違いはない
「……まさか」
天野くんが「そう」だということはすぐに分かるはず
でも普通に考えてメリットがない
どう考えて、なにを言うか分からない
よし、先延ばしにしよう
問題は問題にならなければ問題ではない
つまり今問題にしなければ今は問題ではない
「練習の後に話しましょう。及川さんも言った通り、今は大切な時期だからね」
「そーそー、強化選手なんだから!」
「それは関係なく、部員全員大事な時期でしょ」
「そーだね、伊月ちゃん」
「ごめんなさい…」
泣き崩れてしまった及川さんを、2人は優しく抱きしめた
任せておけば大丈夫でしょう
「ぼさっとしてないで練習!」
これで嫌がらせがなくなると良いけど、どうなることやら
先生をちらりと見るとやたらとニコニコしている
あの狸爺…!