作戦の決行①
天野のアドバイス通り3番目に威張った顔をしてる先輩、畑伊月のシューズを隠した
場所は分かりやすいけど、あまり探さないところ
私自身のロッカーの中
「あれ?アタシのシューズ知らない?」
私はもう着替えを終えている
ロッカーを開ける必要はない
出来れば私が出て行ったあとに騒いでほしかったけど、仕方がない
先輩たちだって単体で見れば真剣に取り組んでることに変わりはないのだから
「知らなーい」
誰か出て行くのと一緒に出て行きたいのに、誰も出て行かない
「及川さん」
「なんですか?」
「なんか知ってるでしょ」
「どうしてですか?」
「……別に」
プイっと顔を背けて着替えを始める
金魚のフンのシューズには全く興味がないのかな
でもそれなら私になにか言うはずない
「ヤバい、もう先生来る時間なのにシューズがない」
「とりあえず着替えだけして、隠されたこと言えば良いんじゃなーい?」
「うん」
隠されたのは確定なんだ
普通元エースで今も威張れるだけの実力のある人物の側近のシューズなんて誰も隠さないよ
本人だってそこそこ実力ある選手なんだし
…そっか、だからアタシなのか
隠すメリットや必要があるのが私しかいないんだ
今トイレに行くのは流石に不自然過ぎる
でもトイレに行かなくても天野の作戦って実行出来るよね
「整列!礼!」
「よろしくお願いいたします!」
「…畑、シューズはどうした」
「誰かに隠されました」
「そうか。その靴でいつも通りのメニューをこなしては痛めてしまうかもしれない。今日はストレッチや軽い走り込みだけにしなさい」
「はい」
え?それだけ?
困る困る
「待って下さい。あの…実は私も隠されたことがあるんです。今解決しておかないとこれから大事な時期ですし、大変なことになってしまう可能性もあるんじゃないでしょうか」
「では犯人を捜したら良い」
今回の犯人はアタシ
不味い
「先生はなんとも思わないんですか」
「この中に戦う前から負けを認めている者がいるという事実は非常に悲しい。他者を落としても自らの価値は上がらない。及川、シューズを出しなさい」
気付いて…!
「どうして私が持っていると思うんですか」
「わたしに異論を唱えたからだ」
なんて不確かな理由なんだろう
でも、これ以上ない確かな理由にも思える
それに今誤魔化してもなんの意味もない
「確かに今回シューズを隠したのは私です。でも、私がこれまで様々な物を隠されたり、練習の妨害をされたことは間違いありません。止めてほしくてやりました。悪いことだと思っているので謝罪はします」
畑伊月の前に立つと頭を下げる
「すみません。でもこれで気持ちが分かってもらえたんじゃないでしょうか」
「反省してるのが分かったし、及川ならシューズ自体にはなにもしてないと思うから許す」
先生が見てるにしても、随分とあっさり
「でもひとつ確認させて。物を隠されたり練習を妨害されたりって、どういうこと?」
「しらばっくれるつもりですか」
「本当に心当たりがない。練習の妨害ってのは受け取り手によるし、知らない間にやってしまったのかもしれない。だけど、物を隠したことなんてない」
その表情は本当に困惑しかなかった
「私からもひとつ質問、良いかな」
元エースで部長、手毬唯
一体なにを言うつもり
「はい」
「物を隠されたのと練習の妨害をされたと感じたのは、どっちが先?」
「……!」
「そう、隠したのが私たちだと思っていれば、私たちからの些細なお願いが練習妨害に思える。普通だったら運が悪かった、で済むことがそうは思えなくなる」
「その反応を見るに物を隠されるのが先だったみたいだね。及川がなんの根拠もなく特定の誰かを疑うとは思えない。どうしてアタシらだと思ったの」
「その質問に答える前に私からもひとつ良いですか」
2人が同時に頷く
「私のことを随分信頼してくれてるみたいですけど、どうしてですか。どんな理由があってもシューズを隠したのは私です」
「そういうところ」
畑伊月がため息を吐いて微笑む
「これだって、どーせ誰かにそそのかされたんでしょー」
ひょっこりと横から顔を出した望月紗矢は幼い子供に「めっ」とでも言うような顔をしている
「……まさか」
このことにアドバイスをくれたのは天野
そそのかされたって…天野になんのメリットがあって
「練習の後に話しましょう。及川さんも言った通り、今は大切な時期だからね」
「そーそー、強化選手なんだから!」
「それは関係なく、部員全員大事な時期でしょ」
「そーだね、伊月ちゃん」
そこにあったのは、3人の先輩の見慣れたはずの優しい笑顔
いつから見えなくなってしまっていたんだろう
「ごめんなさい…」
泣き崩れるアタシを、優しく抱きしめてくれた