不可解です②
今日はバレンタインデーです
去年までは嫌だと思っていたイルミネーションが、少しは受け入れられるようになりました
このイベントに参加すると決めたからでしょうか
私の好きな人は誰からも受け取らないという噂があります
でも、所詮噂は噂です
確かめないことには分かりません
当時は興味がなかったのであまり知りませんが、去年当時3年生だった先輩をこっぴどく振ったらしいです
仲が良さそうに見えていたけれど、覚えていなかったとかなんとか…
その話しも噂より「ほんの少し確かそうななにか」でしかありませんでした
確かでないものを確定要素と考えるなんて馬鹿のすることです
受け取らないという噂がたったのは、手作りが嫌だから、という理由かもしれません
大抵こういうイベント事は気合を入れて手作りをする子が多いですから
その先輩が持っていた物も手作りだったようですし、その可能性は高いと考えました
だから市販のものに見えるようにラッピングをしました
準備は完璧です
最初は特になにも言わず、ただ渡すだけにします
渋ったら義理だと言うのです
それでも受け取らなければ噂は本当ということになります
諦める他ないでしょう
あ、来ました
「天野さん、おはようございます」
「おはよう」
教室に入って来た当人に挨拶
これはいつものこと
毎日一番最初に声をかけるのは、私です
それにしても、今日もかっこいいです
顔は少し整っている程度ですが、それだけではないかっこよさがあります
雰囲気、オーラなどといった類のものです
一言で言えば「不思議」なのですが、その言葉では収まらないなにかを感じます
「あの…これ、貰って下さい」
この表情はなんでしょう
嫌そうな顔だけではなく、なにかもうひとつ考えていそうな…
いいえ、考えるのは後です
それより作戦通りに行動しましょう
「あ、ち、違います。これは義理です。いつもお世話になっているので…」
どうして訝し気な目で見るんですか
こうして毎日言葉を交わす仲じゃないですか
天野さんは名前を呼ぶことすら珍しくて、下の名前で呼ぶのは、このクラスでは私だけです
他のクラスでは及川さんと、何故かフルネームで冴島さんを呼ぶようです
自信を持って良いと思ったのですが…
「例え義理でも受け取らないことにしているんだ。気持ちだけもらっておくよ、ありがとう」
その微笑みを、私は知っています
全く心にも思っていないことを言うときの顔です
つまり渡そうとすることすら迷惑だと
確かに受け取らないと決めているのであれば断るのが面倒でしょう
しかし、それだけ嫌がるのはどうしてなのでしょう
「そうですか…。理由を聞いても良いですか?」
うっ、明らかに面倒そうな顔をしました
こういうのはまず用意してある回答を聞いて、後に本当のことを聞くことで仲が増すというイベントなんです!
決して考えなしの行動ではありません
「中学の頃同じ日に色々あったんだ。それ以上は聞かないでほしいな」
ぜっっったいに嘘です
でもここは信じたフリをしましょう
未来のためです
「そうでしたか、すみません」
なにかを言いかけて、止める
それは滅多にないことです
なにを言おうとしたのでしょうか
急かさず言葉を待った方が良いですね
「気にしないで。それより暗い気分にさせてごめんね」
「いいえ、気にしないで下さい」
天野さんが席に座るために椅子を引くと、なにかが落ちました
恐らく椅子の上に乗っていたチョコです
少し遠くなのでよく分かりませんが、袋の中にメッセージカードが入っているようです
考えましたね
どうするのでしょう
小さくため息を吐くと迷うことなく霧崎さんの方へ向かいます
そして、チョコを差し出しました
どういうことでしょう?
霧崎さんはまだ鞄の中に持っているはずですが…
「これ、返すよ」
「え?」
「キミかキミの友達だよね。僕が教室に入ったとき、特に席に向かうときから席の辺りを気にしていた」
「それは私も渡そうと思ってたから。それのことは本当に知らない」
「そう、ありがとう」
嘘を吐いていないと判断したのでしょう
あっさりと背を向けて席へ戻ろうとします
「あのさ」
意外にも霧崎さんは引き留めました
私が渡そうとしていたところを見ていたはずですから、受け取らないことは分かっているはずです
どうするつもりなのでしょうか
「私からのも受け取ってくれない?」
手作りらしい包みを抱える霧崎さんの手は震えています
天野さんは少し嫌そうな顔をしましたが、向き直って正面に立ちます
普通なら半身を向けたまま断りそうです
まさか受け取るのでしょうか
「…失礼なことを言ったお詫びにこれから出すクイズに制限時間10秒以内かつ一発で正解したらもらおうか」
答えられるような問題を出すとは思えません
ただ断るだけでは駄目だったのでしょうか
意図が全く分かりません
「僕が一番好きなチョコレートはなに?」
「え…?」
それが分かれば苦労しませんよ
もし好きなチョコだったら受け取ってもらえるかもしれないのですから
「えっと…が、ガナッシュ」
「なるほど、自分が持っている物が好きな物だからなにか理由をつけてもらおうとしているのでは、ということだね」
「そう。どんな理由であれ、貰ってくれるなら嬉しい。全然分かんないけど無回答なんてつまらないことしたくないから」
「回答の理由は好みだけど、不正解」
珍しい、嬉しそうな声色です
「正解は自分で買った市販品だよ」
「なにそれっ」
どうして笑えるんですか
私だったら怒ってしまうと思います
「天野くんって物だけじゃなくて感情も受け取らないもんね。市販品なら誰が買ったって同じなのに。でも…」
笑うのを止めてじっと天野さんの目を見る霧崎さんに、天野さんは応えようとしません
「天野くんは与える。よく言うでしょ?信頼してもらうにはまず自分が信頼しなくてはいけないって」
「…そうだね」
「天野くん、与えたなら受け取らないと」