不可解です①
今日は「あの日」か…
去年大変だったから億劫だなぁ
あんなことがあったのに、よく僕なんかに渡そうと思うよ
当日だから北校舎の人は知らなかったのもあるかもしれない
でもそれは同じクラスじゃないってこと
現在2年生である僕らの去年には去年がない
よく知りもしない人に告白か…
僕には考えられない
まぁ僕に告白ってこと自体僕には全く理解出来ないけどね
それに、よく知りもしない人物から手作りのチョコレートを一方的に渡されるなんて、普通に怖い
市販のものなら良いのか、とかそういう問題じゃない
よく知りもしない人物からの贈答品を喜んで受け取れる輩がどうかしている
バレンタインというイベントが浸透しているのだから、僕の方が異質なのだろうか
ただ、そもそもの話しになる
バレンタインというイベント自体が僕は嫌いだ
2月14日は兵士の結婚が許されていなかったローマ時代、密かに結婚式を行っていた人物が処刑された日だ
キリスト教徒にとって恋人たちの日となったのは分からなくはない
互いを大切に思う気持ちを表現するためにプレゼントを贈り合ったのかもしれない
だけど日本のバレンタインデーは一体なんの祭りなんだ
ハロウィンの進化というか退化というか、一先ず変化としておこう
それにも驚くけれど、バレンタインは商法だ
まぁだからこそ必死になって宣伝をしているわけなんだろうけど
「天野さん、おはようございます」
「おはよう」
教室に入るといつも一番に声をかけてくるのは…確かヨシノさん
ドアの近くの席だし、普通のこと
僕だったらクラスメイト全員に挨拶なんて絶対にしないけど
まぁ自分だったら、なんて仮定はなんの意味も持たない
考えるだけ無駄だ
たらればだからっていうのもあるけれど、歩んで来た道が違えば知っていることや感性が違う
そのときの場面のことだけを自分に置き換えて考えてもなんの意味もないことなんだ
「あの…これ、貰って下さい」
ヨシノさんはこういうことをしないと思っていたのに
いや、それは僕の勝手な理想だ
理想を勝手に押し付けて失望するのは失礼だ
「あ、ち、違います。これは義理です。いつもお世話になっているので…」
なにが違うんだろう
僕はなんの言葉も発していないのに
それにお世話をした覚えはない
「例え義理でも受け取らないことにしているんだ。気持ちだけもらっておくよ、ありがとう」
心にもないことを言って微笑む
「そうですか…。理由を聞いても良いですか?」
面倒だから
あとその問いも面倒
「中学の頃同じ日に色々あったんだ。それ以上は聞かないでほしいな」
面倒だっただけで、大したことはなにもなかったけどね
ああ、でも誰のが一番美味しいかその場で食べさせられたときは、ここが地獄か、と思った
「そうでしたか、すみません」
呼びかけようと思ったけど、言葉を止める
この子…なんて名前だっけ
まぁ良いや、名前を呼ばなくても会話は出来る
というか、いつもそうしている
「気にしないで。それより暗い気分にさせてごめんね」
「いいえ、気にしないで下さい」
教室に入った途端これだ
席に座るために椅子を引くと、なにかが落ちた
椅子の上に乗っていたチョコレート
明らかに手作り
流石に気付かないフリも出来ず拾う
僕が受け取らないことを知っていたのか、袋の中にメッセージカードが入っている
開けなければ贈った相手は分からない
だけど開ければ食べなくてはいけない
面倒だ
でも答えはすぐに分かった
「これ、返すよ」
「え?」
「キミかキミの友達だよね。僕が教室に入ったとき、特に席に向かうときから席の辺りを気にしていた」
「それは私も渡そうと思ってたから。それのことは本当に知らない」
嘘は吐いていなさそうだ
「そう、ありがとう」
「あのさ、私からのも受け取ってくれない?」
チョコレートを抱える手が震えている
こういうシチュエーションは苦手だ
「…失礼なことを言ったお詫びにこれから出すクイズに制限時間10秒以内かつ一発で正解したらもらおうか」
教室内がざわつく
こんなことを言うヤツを僕は絶対にどんな意味でも好きにならないと思う
少しは嫌われたい
理由も分からず好かれるのは、怖い
「僕が一番好きなチョコレートはなに?」
「え…?」
誰からどんな物を渡されても受け取らないんだから分かるはずないって思っている
だけど、それが答えなんだよ
「えっと…が、ガナッシュ」
「なるほど、自分が持っている物が好きな物だからなにか理由をつけてもらおうとしているのでは、ということだね」
「そう。どんな理由であれ、貰ってくれるなら嬉しい。全然分かんないけど無回答なんてつまらないことしたくないから」
「回答の理由は好みだけど、不正解」
ポケットから安物の四角いチョコレートを出して口へ放り込む
「正解は自分で買った市販品だよ」
怒るかな
それを無視して読書
きっと嫌われるだろう
「なにそれっ」
予想外にも、笑った
腹を抱えて大笑い
「天野くんって物だけじゃなくて感情も受け取らないもんね。市販品なら誰が買ったって同じなのに。でも…」
笑うのを止めてじっと僕の目を見る
「天野くんは与える」
僕が、一体なにを
「よく言うでしょ?信頼してもらうにはまず自分が信頼しなくてはいけないって」
話しの展開が読めない
僕が誰になにを与えたって言うんだ
「…そうだね」
「天野くん、与えたなら受け取らないと」