ラストエピソード
俺の友達、天野明はモテる
理由は正直よく分からない
思わせぶりな行動はするが、だからって少しも好きじゃないヤツならなんとも思わないはずだ
なのに何故か天野明はモテる
独特な雰囲気のせいだろうか
俺と明が一緒のクラスになったのは3年になったとき
それまでの2年間は噂で聞いたことがあったけど、興味がなくてあまり知らない
そんなんでも概要くらいは知ってるんだから、余程の有名人というわけだ
本人にはその自覚が微塵もないけどな
年を越す準備をし始める12月、美人転校生が現れた
その転校生、輿水南はまるで決められた行動をするかのように明に近づいた
明もまた、決められた行動をするかのように輿水南を全く気にしなかった
だが、これまた決められた行動をするかのように明は輿水南に優しくした
1列に6人いて、それが6列で合計36人
それが俺たちのクラスの人数
隣人のいない輿水南に教科書を貸して、自分は隣人に見せてもらう
そして、教科書を返しに来た輿水南に問いかける
「校内の案内はもうしてもらった?」
「まだよ。だか…」
「それなら霧崎さんに頼むと良いよ。同性とも仲良くした方が良い」
…これは気付いてやったな
でも後半は賛成だな
美人過ぎて敵視されないかもしれないが、友達も出来ないかもしれない
もう修学旅行には行ったが、友達もいない学校生活が最後の思い出なんて悲しいだろ
「…どの子かしら?」
「廊下側の席で読書をしている黒くて長い髪の子だよ」
「そう、下の名前はなんていうのかしら?」
他人に興味がないことを見抜いたか
でも輿水南、お前も微塵も興味持たれてないからな
「明美さん、霧崎明美さんだよ」
…霧崎の名前を呼ぶのは聞いたことがある
だけど、流石に下の名前まで覚えているとは思わなかった
「ありがとう。話しかけてみるわ」
輿水南の背中を見送ると顔を寄せて小さな声で話しかける
「明がフルネームで人の名前覚えてるなんて珍しい。なんかあったのか?」
「あった」
理由も聞かず素直に認めるのも珍しい
「例え霧崎さんを忘れてしまうような出来事があったとしても、霧崎さんが言ってくれたことを、僕は絶対に忘れないと思う」
「ああ、バレンタインの子が霧崎さんなのか。意外だな」
なにを言われたのかは又聞きだと正確なところは分からない
興味がなかったから真面目に聞いてなかったし
でもチョコを受け取らない主義の明が受け取ったと話題になったことは知っている
クイズを出して正解したら貰うと言ったらしい
受け取ったということは正解したのだろう
でもだったらなにを言うことがあったのだろうと考える
分かんないんだけどな
「そうなんだ」
明は自分が噂になるなんてことを微塵も考えてない
だからこの返答は俺の意外という発言に対してだろう
「んー…いや、そうでもないか」
「どっちなの」
「霧崎さんとはろくに話したことないからイメージだけど、人と最低限の付き合いしかしないと思ってたから」
だから明と普通に話してたときは驚いた
「バレンタインにチョコを渡すっていう発想に驚いた」
告白なんていつでも出来るのに、なんでバレンタインデーを選んだのか分からない
委員会で一緒だったから知ってるだけだけど、1年のとき霧崎は1組だった
南校舎にあるクラスだ、いくら周囲にあまり関心のない霧崎でも知っているのは概要程度ではないだろう
告白に不向きな日であるという認識はあったはずだ
「だけど相手が明なのは、なんとなく納得出来る」
説明は出来ないけどな
「そうなの?」
「霧崎さんがどう思って渡したのかは分かんないけどさ、明はみんなが思ってるより自己中で、自分が思ってるより優しい。そんで、俺から見れば面白い」
見てて飽きない
「……時々難しいことを言うよね」
難しい顔をしたあとに言われた言葉に、思わず笑った
「そうか」
「人には役割があるよね」
「うん?ああ、そうだな」
仕返しになにかしようとしてるな
半年以上一緒にいれば、それくらい分かる
「この教室にいる全員は各々から見て「クラスメイト」なわけだ」
最後まで聞いてやって、返り討ちだな
「じゃあ――」
なんだ、その得意気な顔は
予定変更だ
「ああ、分かった。だから明は名前を呼ばないのか」
「え?」
「役割がほしいし、与えてたいんだろ」
ムッとした表情を少し見せる
でもすぐに切り替えると真剣な表情になる
「僕が友人、きみを名前で呼ぶようになっても僕はずっと友人でありたいと思っているよ」
――なんだよ、それ
「望むならいつまでも」
***
「起きて。入学式終わったよ?」
「自由参加なんだし、寝るなら来なきゃ良いのに」
「霧崎…お前は明が横で女引っかけてんの見たいのか」
「馬鹿だね。でもありがとう」
「サークル勧誘のこと?」
一番の馬鹿は明に変わりはないな
「そうそう。明と霧崎は大体決めてんの?」
「見てから決めようかなって」
「取り合いになるだろうから方向性だけは決めておけ」
「うん?まぁ運動はあまり得意じゃないし、文化系だけにしようとは思っているよ」
本当に全然分かってねぇな
「そうか」
「その生暖かい目はなに?」
面白くて馬鹿で見てて飽きないな、と思ってるだけだ
「折角同じ大学なんだし、サークルは同じところにしない?」
「そうだね、学部が違うと会う機会もあまりないだろうし。どうかな?」
カップルと一緒にお茶をする趣味はない
けどこの2人がそうなるのはまだ先か
「良いんじゃないか」
「決まりだね。どこから行こうか」
いつになく楽しそうだな
夏のお祭りとか行かないのか?
「キミ!演劇部に入らない?」
「テニスサークルなんてどうかな?」
「そんな飲みサーよりマーチングバンド部にしなよ」
案の定明の周りに女の先輩がわらわら集まる
「友達と話し合ってある程度決めてから見学に行かせてもらいます」
「珍しく誰のことも引っかけてないな」
「だね」
「2人とも見てないで助けてよ」
「面倒だから引くまでそこの木陰で待っている」
「冷たいな。でも俺も」
「霧崎さん!翼くん!」
霧崎がニタニタした顔で見る
「名前」
「分かってる。仕方ねぇな」
こんなことでウキウキして、馬鹿かよ俺
「明、行くぞ」
大群に割って入って明の手を取る
「うん、翼くん」
耳がそわそわした
そんな俺を他所に、明は楽しそうだ
あーもー、どけどけ!
女を無自覚に引っかける天才、天野明が通る!
引っかかって振られたくなけりゃ道を開けろ!
物語としては、これで終わりになります。最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。




