商法イベント参加者①
きっかけなんて、多分なかった
気が付いたら目で追っていた
目立たない子だから、競争率は低いと思っていた
それなのに話したこともない先輩からもチョコを渡されていて、驚いた
しかもその慣れた対応
顔も名前も知らない人に貰うなんて気持ち悪いだろうと持って来なかったのは失敗かと思った
でも、正解だった
天野くんは、ただのひとつも受け取らなかったから
それから天野くんだけではなく、天野くんの周囲も意識して見るようにした
スキンシップでドキドキさせたり、なんとなく思わせぶりなことを言ったり
コイツ…天然だ
そう思っても私は関わってそうなったわけじゃないから、なにも変わらなかった
2年になって同じクラスになれた
1年のときの伝説のようななにかとして校門先輩案件は語られている
私はそのとき隣のクラスで、窓際の席だったから見ていた
先輩には悪いけど、あれのおかげで2年になれば落ち着くと思っていた競争率は、どうしてか変わらなかった
謎は普通物語が進むと解き明かされるけれど、人生という物語に答え合わせをしてくれる人はいない
だから私が正解だと思えば正解
でも多分一生この謎は謎のままなんだろうな
そんな話しは置いておいて、少しずつ話すようになった
だから声をかけてみるだけなら良いかなって、ダメ元で作った
誰かの策略と天野くんの勘違いと私の意地
それが重なって、私の手作りガナッシュは天野くんの手に渡った
3年生が卒業式以外に強制登校させられる最後の日は、バレンタインデーだった
恐らく天野くんにとってこれまでにない酷い日になるだろう
そう思って私は心の中で念仏を唱えた
けれど朝、事態は一変した
教室内がクラスメイトのざわめきで満ちた
「放課後、待っていてくれない?色々で…遅くなるとは思うけど」
これは呼び出しと捉えて良いのでは?
だけど相手はあの天野くんだ、油断してはいけない
私が去年言ったことの答え合わせかもしれない
それでも期待してしまう
一応渡せるようにチョコは持って来ているから、余計にかもしれない
ガナッシュだと芸がない
でも美味しかったって言ってくれたし
だからガナッシュと生チョコ2種類ある
渡せなければお父さんとお兄ちゃんにあげれば良いだけ
「お待たせ、霧崎さん」
一体何人に告白されていたのか聞きたくなるくらい待たされた
だけど本当に聞いたりなんてしない
私には関係のないことだから
壁を作られてしまうのが怖いから
「話しを始める前に2つ確認したいことがあるんだ」
「なに?」
「あれから1年間、僕は霧崎さんに優しかったかな」
「私はそう認識してる」
「今年はくれる?」
「一応ある」
天野くんは小さく頷くと私の目をしっかりと見た
「ずっと去年霧崎さんが言ってくれたことを考えていたんだ」
「答えは分かったの」
「僕は優しくした覚えも誰かになにかを与えた覚えもないんだ。ただ、今日改めて考えて分かったことがあるんだ」
「なに?」
「捉え方が人それぞれなら、捉えたものの根源をどう考えるかも人それぞれ。それが好意であると捉えることに不自然さはない…かもしれない」
「相手は天野くんが自分のことを好きだから優しいと思ってるんじゃなかってこと?」
小さく頷く
「他の人は知らないけど、私は違う」
「じゃあどうして?そういえば霧崎さんはチョコレートを渡してはくれたけど、好きだとか付き合ってとかは言わなかったね」
「言えば断られるだけでしょ」
「チョコレートだって同じだよ」
「でも受け取った」
ゲームのようななにかに勝った…というか、勝たせてもらったというか
そういう感じだけど、受け取ったという事実は変わらない
「…市販品は安全が保障されているよね」
品質管理はされているから余程のことがない限りは安全でしょうね
まさかそういうこと?
「でも「知らない人」から貰うものは例え市販品でも細工をすることは可能。だから僕は人から貰った物は食べない。出来れば受け取らない」
潔癖症に似ている
でも生理的な問題ではなく、合理的な考え
一体私になにを伝えようとしているの
「僕が去年霧崎さんのチョコレートを受け取った理由は、答えが面白かったから、興味深かったから、本人に興味を持ったから。そして、答えを知りたかったから」
「さっきのが答えなら答え合わせはもうした。バツ、間違い」
「だと思ったから先に質問したんだ。…去年とは違うチョコレートをくれないかな」
…それは分かるんだ
なにが分かってなにが分からないか、こっちが分からない
だから少し気味が悪い
それでも私は――
「はい」
「生チョコレートだね。美味しそう」
見慣れたはずの笑顔なのに、初めて見た気がした
今までの笑顔はなんだったのか、そんな考えより前に、見惚れてしまった
「確か、学部は違うけど同じ大学だったよね」
一気に現実に引き戻される
「うん」
必死に勉強して合格したんだから
流石に同じ学部にするのは自分の将来とか考えると無理だけど、自分の学びたいことが学べるなら学校くらい良いでしょ
「霧崎さん」
ぎゅっと手を握られる
「な、なに」
どどどどどどどどういうつもり!?
そういうのがいけないの!
「人の手作りを心から美味しそうと言えたのは初めてだよ。気が変わらなければ、毎年作ってくれないかな」
わ、私は勘違いしないから!
「それは答えを知るため?」
そういえば一度受験する大学を聞かれたことがあった
天野くんにじゃなくて、天野くんの友達に
そのときは仲良くもないのに、と不思議に思うことしかなかった
天野くん以外に仲の良い子はいたし、誰かに頼まれたのかなって
だけど、もしかして天野くんだったの?
進学先ともなると余程本気で好きな人じゃないと追いかけられない
だから話題にはなったけど、そこそこの難関だったこともあってその大学を受験する人はあまりいないみたいだった
その情報を入手したのは、受験する大学を聞かれた随分後だった
…まさか、ね
「それもあるけど…ガナッシュ、本当に美味しかったから」
「私より美味しく作れる子なんて沢山いるでしょ」
「でも食べたくないから」
「私のは食べたいんだ」
その微笑みはズルいくらい可愛くて
「気が変わらなければね」
顔が赤いのを誤魔化すために背を向けて、そんな台詞を言うしかなかった




