依頼の答え合わせ⑧
「紗矢、アンタは唯に言うことがあるはずだよ。唯がやろうとしていることを知って乗っ取ったことくらいは分かる」
あー、嫌な言い方しちゃったな
本当のことだし、良いや
「えぇー、なんでー?」
「シューズがなくなる理由なんて確かに隠された以外には考えにくい。でも紗矢は言い切って、顧問に言うようにまで言った。だから」
「分かってて作戦に乗ってくれたんだー」
「アタシは及川のこと全然気付いてなかったからなにが起きるかは分からなかった」
今から言うことは絶対に嘘じゃない
でも本当のことだけじゃない
だから嫌いになっても良い
アタシにそれを止める権利なんてないから
だけど許されるなら、卒業までだけは今のままでいたい
「でも出来るだけ誰も傷付かないように唯が一生懸命考えて、紗矢が多分仕込みまでしたその計画の歯車を演じなきゃと思って」
分からないから、台無しにしたくなくて演じようって決めただけ
ただそれだけなの
「伊月…」
「じゃあ今日はその話しを3人でしてもらうってことで、僕は帰りますね」
「そういうわけにはいかない。約束は約束だから」
そこは「当事者なんだから説明して」だと思う
あとこの子、こんな状況でも多分ブレてないんだよね
一体どういう神経なのか…
「唯ちゃーん、天野くんのそれ、多分ってゆーより絶対嘘だと思うよー?」
「そうなの?」
顔を逸らす
やっぱりアタシたちを鉢合わせさせるためだったか
協力して、こんなことまでしてくれたんだから、ご褒美が必要かな
唯と紗矢にはそんな余裕ないだろうし、アタシが代わりにあげる
でもそれは話しが終わったあとのこと
「天野?」
「先輩は自己紹介がまだでしたね、2年の天野明です」
「アンタが天野明?ふーん…、聞いてると思うけど一応。アタシは畑伊月。他に聞きたいこともあるし、付き合って。アンタだって当事者なんだから」
渋々といった様子で頷く
こういうときって普通気になってなんのことかだけでも聞こうとするものじゃないの?
聞いてくれない方がこっちとしては良いんだけど…
「…分かりました」
立ち話も疲れるし、ということでドリンクバーのあるお店に入った
居座る気満々のお店の選択に、天野くんはげんなりした様子を見せた
紗矢からの話しを聞いた唯は怒りを通り越して呆れて、そして申し訳なさそうにした
アタシも若干呆れた
唯が申し訳なさそうにするのも分かるけど、紗矢と天野くんが勝手にやったことだし気にしなくても良いと思う
「お礼はアタシがする。良いでしょ?唯、天野くん」
長いようで短い沈黙を破る
「嘘なんだもんね」
少し考えた唯が出した結論
これについてはもう話さない
少し意外な気もしたけど、唯が良いなら良い
「怒らないで下さい。近い未来に予定がないだけで、何十年か後に役立つかもしれません」
「あっそ」
天野くんは困惑顔
多分なんで怒ってるのか分かってないんだろうな
「唯ちゃんは、わたしとデートしよー?」
「嫌。あの変なお店に連れて行く気でしょ」
「変じゃないよー!」
「それってその髪飾りのお店ですか?」
「そーだよー。天野クン知ってるのー?」
嬉しそうな顔
本当のこんな表情、久しぶりに見たかも
今までなんで見てなかったのか
そんなことも分からないアタシじゃない
唯が悩んでたから
ただそれだけ
されどそれだけ
「知りません」
「じゃーなんでー?」
「満月の別名は望月ですから」
「へっ?」
「大人なんてだーいっ嫌い!みたいな顔して、顧問の先生もそうですけど、随分信頼しているんだなと」
天野くんがクスクス笑う
意外…
「あ、ひとりですみません」
「いや…部長さんって呼ばれていたから名前を覚えていないものとばかり思っていたから少し意外で」
アタシもそう思ってた
「そうですか?「自分の世界は自分の手の届く範囲」ですから」
「え?なに?」
なんでアタシに聞くの
紗矢の方が絶対に分かるでしょ
「分かんない」
「えへへー、今のはわたしとの秘密の会話だよー。ね?天野クン?」
「まぁそうです」
ってことは聞いても答えないってことね
それを分かってアタシに聞いたってこと?
なにがなんだか…
「色々気付いたご褒美です」
色々、ねぇ…
「この袋…!やーっぱり知ってるんじゃんかー」
「え?ああ、このお店でしたか」
「へぇー?」
疑わしそうな視線を向けたあと、そっと袋へ視線を落とす
「開けて良い?」
「どうぞ」
「へっ」
驚いた顔
赤い顔
一体なにをプレゼントしたのか…
勘違いさせちゃう子だから、告白や恋人関連のなにかかな
あとで聞こう
「えっと…グランドは土埃が舞いますし、流石にアクセサリを贈る仲ではないのでこれにしたんですが…」
…分かったかも
なにこの子、馬鹿なの?
「わ、分かってるよー!ばーかっ!」
袋を覗いた唯も呆れてる
正解かな
「えぇ…」
「まー、ありがと…」
「はい」
天野くんが笑顔で返事をすると勢い良く立ち上がる
紗矢がキラースマイルにやられたとは思わないけど、あのプレゼントの後じゃ少しは動揺するか…
「今日はあのお店行かないから、デートしよーよ」
「遊ぶのは構わないけど…」
唯がちらりと天野くんを見ると、軽く手を振った
多分早くアタシの話し聞いて早く帰りたいんだろうな
本当は話しなんてなかったはずなのに、話すことが出来てしまったのは自分のせいだから
唯は心配そうな顔をしながらも紗矢に連れられてお店を出て行く
「まず答え合わせをしよう」
「なんのですか?」
「ああ、こっちの話し」
咳払いをして、なんとなく姿勢を正す
「紗矢にプレゼントしたのってリップ?」
「そうです。よく分かりましたね。でもどうしてそんなことを聞くんですか?」
「正確にはなんなのか知らないけど、唇に塗る系のコスメを贈る意味知ってる?」
一言断るとスマホを出す
横にいるから画面が見える
検索は『唇 コスメ プレゼント 意味』
「えっと…ど、どうしたら良いんでしょうか」
「勘違いはしてないと思うからなにもしなくて良い。ただ、これからは気を付けた方が良いよ。それだけだから」
伝票を持って立ち上がる
「なにか話しがあったんじゃないんですか?」
「あのままだと帰れないでしょ。本当ならなにも話すことなんてなかったのに、紗矢に変なものプレゼントするから」
「気を付けます…」
その苦い顔から察するに、過去にもプレゼントしたことがありそう
「アンタの人生がどうなっても興味ない。でもアタシはどんな理由があったとしても、殺された人の死をほんの少しでも悼まないほど冷たい人間じゃないの」
「勝手に殺さないで下さいよ」
「出会ったばかりの人にそう思われる行動がいくつもあったと自覚するべきなの」
黙って俯いてしまう
強く言い過ぎたかな
「じゃあ教えて下さい」
「は?」
「デートの練習です。お礼は先輩がしてくれるんでしょう?」
コイツ絶対殺される




