依頼の答え合わせ②
「この間のお礼。違う?」
その一言に一瞬で空気が変わる
「アタシは顧問に「明日ハプニングがある。それだけを予告しておく。乗り越えなさい」って言われただけだったから、なにがどうなってああなったのか、詳しくは知らない」
僕をじっと見る
「手間かけさせたね」
「少し早起きしたくらいです」
肩をすくめて小さく笑われる
「…聞かないの」
「聞かない。なにも言わないってことは秘密にしたいんでしょ?」
作戦には巻き込みたくなかっただろうけど、終わったんだからもう良いんじゃないのかな
隠し事は仲を崩壊させる原因にもなる
それまでだと言えばそうなのかもしれない
だけど、相手を思いやった結果がそれなんて、報われない
世の中に悪意は沢山ある
だけど、悪意で満ち満ちているわけじゃない
後輩を救おうとした部長さんのように、優しい人だっている
優しい人で溢れていれば、悪意がないとも限らない
だって今回の建前での作戦のように、悪意なき悪意は確かにあるから
だけど僕は、部長さんが優しさで満ち満ちていると思う
なのに、そんなのは駄目だ
僕が優しいと言われながらも特記すべき仲の良い友人がいないのは、それを僕が望んでいるから
でも部長さんはそうじゃない
他の2人だってそうなはずなんだ
これは僕の押し付けで、事実ではないかもしれないし、真実でもないかもしれない
誰かひとりの本心すらないかもしれない
でも、後輩を思いやった結果がこんなことが結末であって良いはずがない
例えこの友情が嘘でも欺瞞でも、卒業するまではそれにしがみついていたい
それが一般的な心理のはずだ
だから僕は、こんなことをしたんだ
「ぶちょ…」
「1年のときからずっと仲良し3人組でやってきたけど、アタシは3人の中に隠し事なし!なんて気持ちの悪いことを言うつもりはない」
………なるほど
この先輩がシューズを隠す相手に選ばれた理由が分かる気がする
「伊月ちゃん、やっぱり大好き!」
「分かったから抱き付かない。だけど紗矢」
髪飾りの先輩をはがして真剣な目で見る
「アンタは唯に言うことがあるはずだよ。唯がやろうとしていることを知って乗っ取ったことくらいは分かる」
「えぇー、なんでー?」
「シューズがなくなる理由なんて確かに隠された以外には考えにくい。でも紗矢は言い切って、顧問に言うようにまで言った。だから」
「分かってて作戦に乗ってくれたんだー」
「アタシは及川のこと全然気付いてなかったからなにが起きるかは分からなかった」
周りが見えるように見えて、興味のない人のことは全然見ていない
そういうことかな
「でも出来るだけ誰も傷付かないように唯が一生懸命考えて、紗矢が多分仕込みまでしたその計画の歯車を演じなきゃと思って」
「伊月…」
「じゃあ今日はその話しを3人でしてもらうってことで、僕は帰りますね」
「そういうわけにはいかない。約束は約束だから」
それはもう言ってもらわなくて良いんです
「唯ちゃーん、天野くんのそれ、多分ってゆーより絶対嘘だと思うよー?」
「そうなの?」
分かっていても言わないでよ
「天野?」
「先輩は自己紹介がまだでしたね、2年の天野明です」
適当に切り上げて帰ろう
「アンタが天野明?ふーん…、聞いてると思うけど一応。アタシは畑伊月。他に聞きたいこともあるし、付き合って。アンタだって当事者なんだから」
他に聞きたいことってなんだろう
怖いなぁ
「…分かりました」
話しが終わったら帰れるだろうし、デートごっこするよりは良いか
立ち話もなんだし、とドリンクバーのあるお店に入った
事実を知った部長さんは怒っていたけれど、それよりも呆れていて、それよりももっと、申し訳なさそうにしていた
「お礼はアタシがする。良いでしょ?唯、天野くん」
「嘘なんだもんね」
「怒らないで下さい。近い未来に予定がないだけで、何十年か後に役立つかもしれません」
「あっそ」
なんで怒っているのか分からない…
「唯ちゃんは、わたしとデートしよー?」
「嫌。あの変なお店に連れて行く気でしょ」
「変じゃないよー!」
「それってその髪飾りのお店ですか?」
「そーだよー。天野クン知ってるのー?」
嬉しそうな顔
この先輩、案外可愛いかもね
「知りません」
「じゃーなんでー?」
「満月の別名は望月ですから」
「へっ?」
「大人なんてだーいっ嫌い!みたいな顔して、顧問の先生もそうですけど、随分信頼しているんだなと」
クスクス笑う僕を3人の先輩が呆けた顔で見ている
「あ、ひとりですみません」
「いや…部長さんって呼ばれていたから名前を覚えていないものとばかり思っていたから少し意外で」
部長さんの名前を憶えていないことは黙っておこう
この先輩の名前を覚えていたのには、理由がある
変わった髪飾りをしていたことを覚えていたことと、その髪飾りが名前と関連があったから
「そうですか?「自分の世界は自分の手の届く範囲」ですから」
「え?なに?」
「分かんない」
「えへへー、今のはわたしとの秘密の会話だよー。ね?天野クン?」
「まぁそうです」
やっぱり気付くんだ
まぁ甲斐があったってことだ
「色々気付いたご褒美です」
今日ここに僕と来ることを部長さんは言わなかっただろう
でもこの先輩はもうひとりの先輩を連れてここへ来た
「この袋…!やーっぱり知ってるんじゃんかー」
「え?ああ、このお店でしたか」
確かに変なお店だった…
いや、正確に言えばお店というより店員が変だった
総合してお店が変という評価になる
どちらの意見も正しいようで間違っているとうわけだ
「へぇー?」
じろじろと僕を見ていたけれど、そのうち視線を袋へ落とす
「開けて良い?」
「どうぞ」
「へっ」
驚いた顔を赤くしている
どうしたんだろう?
あ、気に入らなかったのかな
同じブランドでも色々なデザインがあるし…
「えっと…グランドは土埃が舞いますし、流石にアクセサリを贈る仲ではないのでこれにしたんですが…」
「わ、分かってるよー!ばーかっ!」
「えぇ…」
「まー、ありがと…」
「はい」
笑顔で返事をすると勢い良く立ち上がる
「今日はあのお店行かないから、デートしよーよ」
「遊ぶのは構わないけど…」
部長さんがちらりと見たので、軽く手を振る
早く行ってくれないと隣の先輩が本題に入れなくて帰れない
予定通りなら少なくともここで帰れるはずだったんだけど…
帰りたい




