依頼の答え合わせ①
お礼なんて面倒だなぁ
僕がしたことなんて大したことじゃない
強いて言えば早起きしたせいでその日の授業がいつもに増して退屈だっただけだ
もう名前も忘れた陸上部のクラスメイトに絡まれるし、災難な日だった
まぁお礼がしたいってことは上手くいったんだろうし、それは良かったと思う
その報告だけで良い
というか、その報告すら特段必要としていない
僕は僕の役割を全うした
解決、解消したかは正直なところどうでも良い
友人が言うには、陸上部でのいじめは昔からあったらしい
部長さんが気付いていなかっただけで辞めて行った人の中にはいじめられたことが原因だった人も少なくないとか
気付けなかった理由はひとつ
自分のことで手一杯だったから
エースだと祭り上げられてその期待に応えようと重荷を背負わなければ全体像が見えていた
だからクラスメイトの些細な変化に気付いた
辞めさせてしまうほどのいじめをしていたのは僕たちが中学3年のとき高3年の先輩だったらしい
つまり今の部長さんが入学した年に3年だった学年だ
その人物たちは卒業しても練習を見に来てやったという建前で監視しに来ていたそうだ
暇人もいるものだ
そうして半ば伝統と化したいじめを止められない圧力のようなものがあって、小さな嫌がらせ行為だけが続いていたらしい
部長さんが2年のときに気付けなかった理由は、その嫌がらせのターゲットがもうひとり話しに来た先輩だったから
近いほど見えないとかそういうことではない
あの先輩があれほど大切にしている友達に気付かせるはずがない
正義感から止めようとするに決まっているからだ
だが、今となってはその考えが正しいかは分からない
部長さんは今回の件で中途半端な正義を振り回すことをためらった
気付かないフリはしなかっただろうが、あの先輩が思っていた展開にはならなかったと思う
まぁ所詮僕の大嫌いなたらればだけど
それより問題は今から起こることなんだよなぁ
「お待たせ」
「いいえ、今着いたところです」
「そう、それなら良かった」
シンプルなTシャツに少しレースのあしらってあるパーカー
ショートパンツにニーハイソックス、ハイカットのお洒落なスニーカー
案外可愛らしい恰好をするんだなぁ
「私服だと雰囲気が違いますね。似合ってますよ」
「そう?ありがとう。行こう」
「はい」
すたすたと歩いて行ってしまう
陸上部だからなのか、歩くのが速い
手を掴んで止める
「なに?」
「お礼、なんだか忘れていませんか?」
「デートの練習でしょう?」
デートをする予定なんてない
あったとしても練習をする必要なんてない
だけどこのお礼にした理由は3つ
まぁその内2つはひとつに集約されてしまうんだけど
一日で終わって形が残らないから
至極簡単な理由
一緒にショッピングモールで買い物
それだと疑問を持たれると思った
無理矢理手伝わされたよく知りもしない人と買い物なんて好んで行くとは思えない
けれど、デートの練習という名目であればそれも納得出来る
もうひとつはただの世話焼き
必要となんてされていないかもしれない
けれどやる
それが世話焼きというものだ
「デートって言ったら」
手を持ち変える
「こうですよ」
「なっ…!」
「今日は練習なので普通の繋ぎ方にしますけど」
「それでも十分恥ずかしい…」
付き合った経験なさそうだもんね
僕もないけど
「恥ずかしくても、今日はこれです。大丈夫ですよ、誰も僕たちのことなんて気にしていません」
そう、人間は自意識過剰な生き物だ
自分のいる方向を指して会話している人を見れば、自分がなにか変な行動をしてしまっているのかと思う
学校内なら悪口を言われているのでは、と思う
だけど実際は歩く方向の確認をしていたり、自分の奥や横、近くにある物を指しているだけだったりする
他人は自らが思っているより他人に興味がない
「それに、これなら歩くスピードも合わせられますし。部長さん、歩くのはやっ…!」
話しているのに歩き始める人があるか
しかもさっきより明らかに速い
舌を噛むかと思った
機会はないだろうけれど、乗馬するときは絶対に話さない
柱に隠れたかと思うと、顔を覗かせる
「一体どうし」
「静かにっ」
陸上部員でもいたんだろう
この反応ならすぐ近くにいそうだ
移動させないために帰る提案をしよう
きっと部長さんなら約束は約束だって言って帰らないだろう
だからここで鉢合う
「部長さん、誰か見られたくない人がいるな…」
「ゆーいちゃん」
「わっ!」
案外早かった
本当にすぐ近くにいたんだ
「ぐ、偶然だね…。紗矢、伊月」
繋いだままの手をちらりと見られる
部長さんもそれに気付いて慌てて離された
「もしかして、デートかなー?いつの間に彼氏なんて出来たのー?なんで教えてくれなかったのー?」
特徴的な髪飾りをした先輩が部長さんに詰め寄る
あなたは知っているでしょうよ
確かに知っていたら話しがおかしくなるけど
「これはデートの練習に付き合ってあげているだけだから!」
「なにそれー」
「紗矢、それくらいにしてあげなよ」
「でも、わたしの唯ちゃんがー」
「この間のお礼。違う?」
その一言に一瞬で空気が変わる
「アタシは顧問に「明日ハプニングがある。それだけを予告しておく。乗り越えなさい」って言われただけだったから、なにがどうなってああなったのか、詳しくは知らない」
僕をじっと見る
「手間かけさせたね」
「少し早起きしたくらいです」
肩をすくめて小さく笑われる
「…聞かないの」
「聞かない。なにも言わないってことは秘密にしたいんでしょ?」
作戦には巻き込みたくなかっただろうけど、終わったんだからもう良いんじゃないのかな
隠し事は仲を崩壊させる原因にもなる
それまでだと言えばそうなのかもしれない
だけど、相手を思いやった結果がそれなんて、報われない
世の中に悪意は沢山ある
だけど、悪意で満ち満ちているわけじゃない
後輩を救おうとした部長さんのように、優しい人だっている
優しい人で溢れていれば、悪意がないとも限らない
だって今回の建前での作戦のように、悪意なき悪意は確かにあるから
だけど僕は、部長さんが優しさで満ち満ちていると思う
だから僕は、こんなことをしたんだ




