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勇気?②

南校舎にある教室からはほぼ例外なく校門が見える

僕が属するクラス、1年2組は南校舎にある

教室に入った瞬間すし詰めになって質問される覚悟が必要だ

確かあの先輩は人気者だったはずだから


階段を昇る足取りは重い

さっき自覚した罪悪感のせいもあるだろう

そして未来を想像してしまったせいでもある

あの光景を見た人の話しは噂になること間違いない

連日同じ話しを聞かれるかもしれない


それだけならまだ良い

最悪嫌がらせのようなものが起きないとも限らない

余興になったなんて、間違いだった


あの友人は絶対に僕を庇ったりしない

そして、僕もそれを望んではいない

冴島琴子が異議を唱えて落ち着く可能性はあるけれど、女性は女性の味方になりやすい

いくら好きな相手だからってこんなヤツの味方をするなんて

そんなリスキーなことをするだろうか


冴島琴子が父親になにを言ったのかは知らない

だけどあの変なキャラクターのグッズが少なくとも母さんが勤務する主張所で買い戻されたのは事実だ

ただ感情論で話したわけではないことくらい想像出来る

冴島琴子には人情と常識がある

けれど同時に理論的に動く


人気者の先輩を泣かせてチョコレートを受け取らず、慰めもせず教室へやって来た僕を良くは思わないだろう

ただの事実として受け止めるなら、僕は非道なヤツだ

どんな末路が待っているのだろう


教室のドアを開けると予想外にも友人が微笑んだだけだった


「あ、明くんおはよう」


「おはよう。見ていた?」


「うん、ばっちり。2人とも全く予想通りの行動をしてくれたからね、最初から最後まで見ていたよ」


あの先輩が来ることが分かっていたなら教えてくれれば良かったのに

早く登校するとか、裏門から入るとか、いくらでも手はある


「今日さっきの先輩は校門で明くんを待ってると思った。明くんは、今日だけは絶対に時間ギリギリに登校してくると思った」


出来るだけ学校にいる時間を短くしたいからね

理由まで分かっていそうで嫌だよ

でも不思議なんだよね


「バレンタインデー関連の話しはしたことがないと思うけど」


「なんとなく分かるよ~」


「そう。じゃあ僕が聞きたいこと分かる?」


たまにする、悪戯っぽい笑顔

でもいつもと違う

それは口が大きく歪んでいること


「あの人誰?」


「ほぼ正解」


残念ながら少し外れ


「あれ?覚えてたの?」


それも違う


「正確には出会ったときのことを話している間に思い出した。それ以外はさっぱり。一緒にお昼を食べたことがあるらしいけど、本当?」


「うん、何度か一緒に連れて行かれたから本当だよ」


「そう」


目線を落とした理由は分からない

さっき自覚してしまった罪悪感のせいだろうか


「悪いことしたって思ってる?」


「別に」


僕が罪悪感を抱いたのはあくまでも過去いたかもしれない子に今更罪悪感を抱いたことであって、決してその子自身にでもない


「そう?ならなんでそんなに疲れてるの?」


落としていた視線を上げて、目の前の友人の目を見る


「きみとは来年も再来年も同じクラスになりたくない」


「役不足だった?」


やっぱりこんなときでも笑顔なんだ


「違うよ」


きみの友人であることに不満はない

でもきみの友人であり続けることはしたくない


「僕が人の名前を呼ばないのは覚えられない以外にも明確な理由がある」


「聞かせてよ」


「嫌だ。きみはこの先もずっと、高校1年のときの友人だ」


「天野明」


ずっと近くで聞いていた冴島琴子が机に勢い良くチョコレートを置いた

パッと見で分かるのは既製品であることと、高級でない物であること

これを僕へ渡したいのだろうか


「どうしたの、冴島琴子さん」


じっと僕の目を見る


「覚えていない先輩からの物は受け取れなくても、覚えているクラスメイトからのなら受け取れるんじゃないかしら」


「誰からも受け取らないことにしているんだ、ごめん」


「そんな気もしたわ。気にしなくて良いわよ、それも加味して既製品なんだから」


梱包を乱暴に破るとひとつ頬張る

それは意地なのか、僕のためのパフォーマンスなのか


「自分で作った物を受け取ってもらえずに自分で食べるなんて悲しいにも程があるわ」


そうでしょ?

そう聞こえそうな微笑みを見せて、もうひとつ口に入れようとする手を止めた

どちらでもあって、どちらでもないと思ったから


「ありがとう」


「…なにがよ」


分かっていても黙って受け取ってはくれないんだ

でもチョコレートを受け取りはしないし、これくれらいは口にするべきだ


「あんなものを見たあとでも渡そうと思ってくれて、ありがとう」


「会話を聞いたわけじゃないもの。表情だって見えてたとは言い難い」


「それでもあの先輩の泣き崩れる姿を見ればなんとなく分かるはずだよ、僕が酷いフリ方をしたってこと」


「残念だけどアタシ想像力が豊かじゃないのよ。それに、想像は妄想とほとんど同じだわ」


僕の小さな笑い声が教室内に妙に大きく響いた


「後半は同意見だよ」


元々そういう考えではあった

だけど教室に入ったときのことなんて杞憂で、現実と離れ過ぎていて、想像ではなく妄想だった


「それより妙に疲れてるわね、糖分が足りないんじゃないのかしら」


「どうなんだろうね」


無理にチョコを口に押し込まれる


「なにすっ…!」


「美味しいかしら?」


僕の返事を聞かずに背を向けた

泣きそうなんだと、なんとなく悟った

理由なんてない

だからまた妄想かもしれない

でも、なんとなくそう思ったんだ


「今日は正確にはバレンタインイヴよ。明日本命に渡す練習用だったの。台詞も天野好みにはしたけど、練習よ。既製品と見間違える梱包、完璧でしょう?」


「うん」


「美味しかったかしら?」


「食べたことのある味がした」


「既製品に負けないってことね。じゃあ完璧だわ」


なにを言えば良いのか考えた

でも僕に言えることはただひとつしかないことに、すぐ気付いた


「明日以降の幸運を祈っているよ」


明日「以降」だよ

本当は明日の本番なんてないことくらい分かっている

だから明日「以降」


「見せつけてあげるわよ。それまではアタシのこと、忘れるんじゃないわよ」


「死ぬまでには見せてね」


「―――っ!」


伝わったかな

僕はきっと、いや、限りなく絶対に近い可能性で、冴島琴子を忘れない


「早死にするんじゃないわよ」


「努力するよ」


勢い良く振り返ったその顔をしっかりと見て言った

自分が微笑んでいると気付いたのは、そのあとのことだった

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