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惨めだわ②

ドキドキする

こんな気持ちは久しぶり

ううん、初めてかもしれないわ


初めて自分で作ったから少し自信はないけど、きっと天野くんなら笑顔で受け取ってくれるわ

これまでのアプローチ、割と上手くいってると思うのよね

かわされることもあったけど、全然意識してないって感じでもなかったし


自由登校期間で来ないと思ってるだろうから、きっと驚くわ

その顔を、その顔を見ることを想像するだけでワクワク?ドキドキ?しちゃうなんて、アタシ自分で思ってるよりも天野くんのこと好きなのね


いつ来るか分からないから早めに来たけど、遅めの登校なのね

ホームルームが始まるまで残り10分

もしかして風邪かなにかで休みかしら

心配ね

家を知っていたらお見舞いにも行けるのに…


――あ、見えて来たわ


「天野明くん」


「おはようございます」


あれ?全然驚いてない

あ、アタシが来ること期待してたのね

ちゃんと来たわよ?


「アタシと天野くんが同じ学校にいられるのって、最初で最後よね。だから張り切っちゃったわ」


湯煎して型に流し込んで固めたたけだけのチョコだけど、初挑戦なんてそんなものよ

…ねぇ、差し出したチョコを受け取ってくれる気配がないのはどうして?


「そうなんですね、ありがとうございます。でも誰からも受け取らないことにしているので、すみません」


決めてたみたいな言葉の羅列

なんの思いも感じないわ


ううん、きっと照れてるだけよ

恥ずかしいからここでは受け取らない、みたいな

でも連絡先も知らないし、ここで受け取ってほしいわ


「ツレないこと言わないでよ。アタシと天野くんの仲じゃない」


なんでなにも言わないのよ

仕方ないわね

脅すみたいで嫌だけど、天野くんの嫌いな言葉を言おうかしら


「受け取らないと目立ったままよ?」


少しは嫌な顔をされるとは思ったけど、予想以上にすごい顔

眉を寄せるどころじゃなくて眉間に皺が出来ているわ

そんなに嫌だったのね

こっそり別の日に出直そうかしら


「3年生は自由登校で実質校舎内に入れないはずです」


「生徒なんだから大丈夫よ。それに、先生の分も一応あるのよ?」


ため息を吐くその顔に、見覚えがあった

昼休みに一緒にお昼ご飯を食べる約束をして、食べ終わって行ってしまうのを引き留めたときの顔と同じ

そのとき天野くんは「僕は昼食を終えました。約束は果たしたので戻ります」って言ったわ

照れているだけだと思ったけど、違うのね

だって今は照れる場面じゃないもの


「ねぇ、もしかしてだけど、アタシのこと忘れちゃった?」


じっと瞳を見つめる

目ではなく、瞳

分かってるのよ

そうしたら天野くんは大抵のことは許容してくれるし、嘘を吐かない


「そもそも覚えていないと思います」


…は?

今なんて?

ちょっと脳の処理が…


「えぇー?!嘘っ、冗談だよね?」


「嘘は矛盾が生じたときに面倒なので出来るだけ吐かないようにしています。そしてこんな場面で冗談を言えるほど僕はユーモアに溢れていません」


そんなこと聞かなくても分かってるわよ

驚いたときに口をついて出る言葉

ただそれだけ

それにそんなに真面目に返さないでよ


「入学式の日に教室の手前まで案内したりとかお昼ご飯一緒に食べたりとか、色々あったじゃないのよ」


さ、流石にエピソードを言えば思い出すわ

こうなったら意地よ

好意なんて、もうどうでも良い

受け取らせるわ


「入学式の日のことしか覚えていませんが、その後どうですか。王子様は見つかりそうですか」


……………っざけんな!

人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!


「見つかってたらこんなことしてないわよ!」


「分かり切ったことを言いました、すみません。王子様を見つけられることを願っていますよ」


その笑顔は、いつも見せていた笑顔と変わらなかった

…泣いちゃ駄目

負けを認めるなんてあり得ないから


「アタシのこと全く覚えてないって言うなら、天野くんがアタシと過ごした時間、天野くんはなんだったの」


覚えてないなら早くそう言ってくれれば良かったのよ

自分を騙しながらアタシと一緒にいてなんの意味があるって言うのよ


「僕はいつだって僕です。他のなにかになることなんて絶対に出来ませんよ」


「そんなこと分かってるわよ」


聞きたいのはそこじゃないわ

でもきっと、その答えが返って来たってことは、どこまでいってもその答えは変わらないのね

天野くんは自分を騙してなんていなかったんだもの

そうやって生きて来た

これからもそうやって生きていくんだわ


「あのときもアタシのこと覚えてるフリして適当に話し合わせてたってだけなの?」


変わらなければ、誰かに刺されるわよ


アドバイスなんてしてあげないわよ

でもヒントはあげる

だって、例え返って来る答えが予想通りだったとしても、アタシは天野くんが好きなんだから


「そのときのことを覚えていないのでなんとも言えませんが、その可能性は高いですね。ということでさようなら」


アタシの言葉も聞かずに背を向けて歩き出す

グラウンドから風に流された砂が天野くんが一定のリズムで歩いて行くことを知らせる


本当の本当に、全部アタシの勘違いだったのね

目を見られるのが苦手だっただけ

スキンシップになにも感じなかっただけ

ただそれだけだったのね


慰めの言葉もないなんて…

アタシの一年間って、一体なんだったのかしら


身体から力が抜けて、涙が溢れた

人目も気にせず、わんわん大きな声で泣いた

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