惨めだわ①
今日は世界で一番憂鬱だった日
バレンタインデーだ
中学のときは色々な人から渡されていたけど、高校ではあまり女子と接点を持たないようにしているし、大丈夫だろう
誰かの物を受け取ると全員受け取らなきゃいけなくなることを中1のときに学んで以来誰の物も受け取らないことにしている
それに手作りって怖い
知っている人でも若干嫌なのに、知らない人から貰った物なんて食べられない
かと言って自分が貰った物を誰かにあげるのも、ましてや捨てるのも…と思ってしまう
だから受け取らないという選択は最良だ
今年は断る回数がぐんと減るだろうから、気が楽だ
地元にいたら今年も大変だっただろうなって想像すると背筋が凍る
受け取らないと分かったら下駄箱にぎゅうぎゅうに押し込んであったこともあったな…
それは衛生的に汚いから廃棄させてもらったけど、材料には申し訳ないことをしてしまったと今でも思っている
そんな思いをしなくても良くなったんだから、本当にお父様様だよ
「天野明くん」
「おはようございます」
早速来た
今年は大丈夫だと思ったのに…!
しかもこの人3年生だ
先輩となんて関わりないのに何故
それに名前まで把握されている
普通に怖い
朝の校門で待ち伏せって目立つしすごく嫌
「アタシと天野くんが同じ学校にいられるのって、最初で最後よね。だから張り切っちゃったわ」
意味が分からない
それが張り切る理由になることが分からない
「そうなんですね、ありがとうございます。でも誰からも受け取らないことにしているので、すみません」
「ツレないこと言わないでよ。アタシと天野くんの仲じゃない」
この感じ…多分知り合いだ
でも僕は覚えていない
誰か覚えてませんかー
この方知りませんかー
ヘルプミー
「受け取らないと目立ったままよ?」
僕が目立ちたくないと考えていることを分かっての作戦か
どうやら僕のことを調べているらしい
それか僕が覚えられていないだけで、そこそこの回数会話をしている
「3年生は自由登校で実質校舎内に入れないはずです」
「生徒なんだから大丈夫よ。それに、先生の分も一応あるのよ?」
面倒だ…
何故僕はこんな人と知り合ったんだろう
「ねぇ、もしかしてだけど、アタシのこと忘れちゃった?」
じっと瞳を見つめられる
目ではなく、瞳
嘘を吐いても仕方がない
ここは本当のことを言おう
誤魔化しても良いけれど、面倒
その一言に尽きる
「そもそも覚えていないと思います」
「えぇー?!嘘っ、冗談だよね?」
「嘘は矛盾が生じたときに面倒なので出来るだけ吐かないようにしています。そしてこんな場面で冗談を言えるほど僕はユーモアに溢れていません」
視線を落としてため息を吐かれる
諦めてくれたみたいで良かった
「入学式の日に教室の手前まで案内したりとかお昼ご飯一緒に食べたりとか、色々あったじゃないのよ」
入学式…案内…
ああ…
でもお昼を一緒に…?
考えられないな
「入学式の日のことしか覚えていませんが、その後どうですか。王子様は見つかりそうですか」
「見つかってたらこんなことしてないわよ!」
確かに
というか、これは告白ってことだよね
それならこの先輩は僕を王子様にしたいってことにならない?
そっか…
こんな台詞も言いたくなるか
でもさ、勘弁してよ
僕はひとりが好きなんだ
出来ることならひとりで生きていきたい
人との繋がりがないと生きていけないのは分かっている
だから最低限にしているんだ
元々人の顔と名前を覚えたり一致させたりするのは苦手だ
でもそれを克服する必要性を感じないからここまでずっと苦手の一言で済ませて来た
こんなことになった今でも克服しようとは思わない
王子様役は他に見つけて
何故僕はそんなことを言ったのか、もう覚えていない
言ったということだけ覚えている
しかもわざわざ呼び止めて
でもそれだけ
言われなければ忘れていた
お昼のことなんて言われても思い出せない
これは僕が薄情だからじゃない
覚える価値がない、そう判断されただけのこと
人間は忘れる生き物だ
だからなにを覚えるか、選択しなくてはいけない
「分かり切ったことを言いました、すみません。王子様を見つけられることを願っていますよ」
「アタシのこと全く覚えてないって言うなら、天野くんがアタシと過ごした時間、天野くんはなんだったの」
「僕はいつだって僕です。他のなにかになることなんて絶対に出来ませんよ」
「そんなこと分かってるわよ」
じゃあ一体なにが聞きたいのか
「あのときもアタシのこと覚えてるフリして適当に話し合わせてたってだけなの?」
「そのときのことを覚えていないのでなんとも言えませんが、その可能性は高いですね」
目立つのは嫌だけど、良い余興になった
誰もこんなヤツにチョコレートを渡そうなんて思わないだろう
例え自分が覚えられていたとしても、こんなヤツは嫌だろう
「ということでさようなら」
泣き崩れるような声を背中で聞いて思い出したことがある
中2のときに、誰かと同じやりとりをしたことがあった気がする
気のせいかもしれないし、仮にそうでなかったとしても相手のことはなにひとつ覚えていない
ただ、今になってほんの少しの罪悪感が芽生えた
そのことに罪悪感を覚えた
これだけはきっと忘れないだろう




