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作戦の依頼①

私が部長を務める陸上部には少し問題がある

必ず誰かをエースとして祭り上げる風習というか習性というかがある

私が1年のとき、それは私だった

それはとても落ち着かなかった

嬉しいと思ったことは一度もなかった

ただただプレッシャーだった


その日々も、2年になれば終わった

新入生が、新しいエースが入部してきて、私の周囲は落ち着いた


私が3年になってもエースは変わらずその子、及川皐月だった

及川さんはそんなにストレスを感じていないようなだから良いかもしれないけど、少しのストレスになっていないとも限らない

私がいる間に少しでもこの風習をなくしたいと考えている


さらにもうひとつ問題が浮上した

最近…かは分からないけれど、最近気付いた

及川さんの物が隠されている

すぐ近くにあってすぐ見つかる

でも、隠すという卑劣な行為に温情なんて必要ない

及川さんは誤魔化せているつもりかもしれないけど、多分部員の大多数が気付いている


犯人を捜すことは多分難しくない

叱って止めさせることも難しくないと思う

だけど犯人は納得出来ないだろう


納得という言い方は変かもしれない

ただ、犯人にだってそうしている理由があるわけだ

そういうこととか背景とかを踏まえて、説教ではなく説得をしたい

だけど打開策をすぐに思い付けるとは思わない

影で特定して考えてから話すのは多分、違う


それなら方法はひとつ

犯人を特定せずに止めさせる

それに別のリスクがあることだって分かっている

でも、他にどうすれば良いのか分からない

だからこの考えを行動に移すしかない


「呼び出してごめんね。私は手毬唯、陸上部で部長をしてる」


「いえ、どんな用件ですか」


「上級生の女子に呼び出されたのに冷静だね」


普通上級生に呼び出されたらおっかなびっくりするものだと思うけど、堂々としている


「一度も顔を合わせたことのない人に告白されると思うほど馬鹿に見えますか」


そういえばこの子モテるんだっけ

正直パッとしない印象だけど、なんでだろう

あの真美さんのお気に入りだったらしいけど…

本当になんで


「美人局かもよ?」


「あー、怖い。じゃあ逃げないとー」


そう言っても動く気配はない


「逃げないの?」


「違うことくらい分かります。茶番はこれくらいにしてもらえませんか」


「ごめんね、面白くてつい」


そんな言葉でも真面目な顔をして次の言葉を待っているのが面白くて思わず笑ってしまう

それを隠すために顔を逸らした


「戻ります」


用件も分からないのにここまで来てくれたのに失礼だった

反省


「ああ、ごめん。本題に入るから」


小さく深呼吸をして、真っ直ぐ目を見つめる


「同じクラスの及川さんのことで話しがあるの」


「なんですか。面倒事は止めて下さいよ」


本気でそう思っているなら付いてなんて来ない

多分面倒見の良い子なんだろう

顔は悪くないし、高校生にもなると中身を見だすからモテるのかな

って、それよりも及川さんのこと


「そう思うってことは及川さんがなにか悩んでいると思っているってことで良いの?」


「あまり話さないのでそこまでは。でも最近クラスで暇を持て余している印象があります」


人によって最近の定義って違うからこういう言い方は嫌だな

レシピ本とかに書いてある「塩少々」とか苦手なタイプ

これでも選手として身体には気を遣って料理をするから


「去年は同じクラスだった?どんな様子だったの?」


去年と比較してだったら、その原因は他にあるかもしれない

でも違うクラスで「最近」って言うなら、物隠しが原因の可能性が高い


「違うクラスでしたので、分かりません」


「じゃあ4月になって同じクラスになってから様子が変わったってこと?」


「そうなりますね」


そうなるって自分で見たんでしょ?

さっきから曖昧な言い方

これ以上クラスでのことは聞けそうにない

サクッと本題に入った方が良い


「実は4月になってから及川さんの私物が隠されるようになったの。1年のときは違うクラスでも陸上部員で集まって昼休みを過ごしていたみたいなんだけど、来なくなったらしいの」


「つまりその中の誰かが犯人だと思っているということですね。容疑者が絞れているのなら簡単じゃないですか」


「あの子たちはそんなことをするような子じゃない」


「部員を信じたい気持ちは分かります。ですが、物が隠されたのは事実なわけですよね」


「そうじゃない」


そうなんだけど、そうじゃない


「当時の3年生を恐れてのことであれば、3年生が引退した時点から嫌がらせは始まっているはず。だから犯人は新入部員の中にいる。そういう推理なわけですか」


問題はそこじゃないの

誰が隠したか、それだけが問題ならきっと私はなにも考えずに犯人を捜すことが出来る


「ですが、容疑者が絞れていることに変わりはないと思いますが」


ここに来る前と矛盾したことを考えているのかもしれない

だけど、実際そうなの

一番の問題は及川さん自身にある


「それも違う。そうじゃないの。及川さんは誰のことも疑ってない。誰にも物が隠されたことを言っていない」


「それならどうして知っているんですか」


「上手く隠せているつもりかもしれないけれど、隠せていないから」


これが及川さんの生き方になってほしくない


「誰のことも疑っていないのに、部員との関わりをひとつ絶った。及川さんは無意識の内に全員を疑っている。だから誰にも言わない。言えない」


思えば及川さんは部員全員と仲が良くて、特別仲の良い子がいない気がする

もう「そういう」生き方になっているのかもしれない


「なるほど、確かにそれは問題です。気付いてしまったときのダメージは大きいでしょうから」


なんだか少し変な言い方な気がする

表情や言葉から思いやりが感じられないのはそうだけど、もっと違うなにか


気付いたときのダメージ


この言葉が引っかかる

疑う、疑っていない

疑っていないはずなのに疑っていた


…そいうこと

天野くんは及川さんが自分を責めると思っている

多分だけど、そこは大丈夫


だって及川さんはずっと「そうやって」生きて来たんだろうから

…知りたくないことを知ってしまった

でも、もう引き返せない

引き返すことなんてしない


「ただ犯人を捜すだけなら僕の協力がなくても出来ます。なにか僕や男子にしか出来ないことがあるんですね」


「そう。私は犯人は誰でも良い。分からなくても良い。ただ止めさせたいだけなの。だから、及川さんに言ってほしいの。仕返しに私のシューズを隠してって」


「お断りします。物を隠すという卑劣な行為は許すべきではありません。裁くためではなく、その行動の理由の根を絶つことになら協力しますが…最低ですね」


「私だってそれが一番良い方法だと思う。だけど…」


思わずぐっと拳を握った

そして、目からは涙が零れた

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