優しさでないのなら②
教室に入った瞬間、目を奪われた
特別美形とは言えない、ありふれた顔
ぱっとしない表情
だけど、なんとも言えないオーラがあった
美しいこの私に相応しい相手かどうか見極めないと
久々にそう思う相手だったわ
けれど、その人物は私の自己紹介なんて微塵も聞いていなかった
いつもなら周囲の視線を釘付けにする私のことを少しも見なかった
何事もなかったかのように、どころではない
その人物にとっては、本当になにもなかった
そんな態度だった
「なぁなぁ!転校生、無茶苦茶美人だな」
そんな人物のこのクラスでの一番の友人は馬鹿っぽい
どうしてこんな人と友達なんてやっているのかしら
不思議だわ
「転校生?」
聞いていなかっただけではなく認識すらされていない…!
朝のHRの時間を使ってわざわざ紹介されたのに?
一体どういう神経をしているのかしら
会話に入って存在を認識させるところからね
「今今、朝のHRで紹介されたばっかだろ」
「そんなに影が薄いかしら」
私のことをちらりと見るとぱっとしない表情のまますぐに視線を逸らす
「ごめん、居眠りして聞いてなかった」
息を吸うように嘘を吐いたわ!
ずっと見てたんだから知ってるわよ!
アナタ起きてたじゃない!
「目を開けたまま寝るのね」
小さくため息を吐く
ため息を吐きたいのは私よ
「見ていたんだ」
「一目見て気になったから」
私からアプローチなんて、もしかして初めてかしら
「それはどういう意味で?」
「良い意味よ」
にっこりと微笑んでみせる
私の笑顔に見惚れない人なんてそうそういないのよ
「そう、ありがとう」
それだけ?
不満だわ
なに余所見なんてしているのよ
視線を追う
多分見たのは、窓際の一番後ろだった
そこには私のために用意された真新しい机がある
「教科書はあるの」
「ないわ」
「あそこじゃ誰かと一緒に見られないでしょ。僕のを貸すよ。僕は隣の人に見せてもらうから」
「私の存在を認識していなかったのに親切なのね」
皮肉くらい言わせてちょうだい
「困っている人を助けるのは当然だよ。あ、もしかして困ってはいなかったかな。だったら出過ぎた真似をしたね」
「困ってはいたわ。借りても良いかしら」
「どうぞ。…そうだ、名前」
そうよね、聞いてなかったものね
「南よ。東西南北の南」
ここは苗字っぽい名前を利用させてもらうわ
どうせこの子クラスの半分も名前覚えてないわよ
そんな中私だけ下の名前で呼ばれる
これは他者へ向けて良い効果になるはずよ
私と会話しているのを気にしている女子は多い
この子モテるんだわ
「僕は天野明。天の川の天に野原の野、明るいって書いて「めい」って読むんだ」
「そう、よろしく。天野くん」
明くんって呼びたいところだけど、下の名前を聞かれると面倒だわ
ここは苗字呼びで我慢よ
「よろしく、南さん」
昼休みになると廊下が騒がしくなった
いつものことね
明くんはどう思うかしら
「天野くん、教科書ありがとう」
「ううん、校内の案内はもうしてもらった?」
「まだよ。だか…」
「それなら霧崎さんに頼むと良いよ。同性とも仲良くした方が良い」
明くんに頼もうと思ったのに、いらない気遣いね
お友達も笑ってんじゃないわよ
というか、笑っているということは分かっているのよね
お友達らしくサポートしなさいよ
「…どの子かしら?」
お友達がなにも言わないから仕方なく会話を続ける
「廊下側の席で読書をしている黒くて長い髪の子だよ」
「そう、下の名前はなんていうのかしら?」
どうせ覚えてないんでしょ
「明美さん、霧崎明美さんだよ」
覚えてたわ!
一体どういう関係なのよ~~
「ありがとう。話しかけてみるわ」
霧崎さんへと向かいながらも2人の会話に耳を傾ける
「霧崎さん」
「名前…」
「学校の案内を霧崎さんに頼んだらってアドバイスを明くんにもらったの。良かったら案内してくれないかしら?」
「嫌。面倒だし関わって良いことがなさそう」
下手に出てりゃ良い気になりやがって…!
「って言われたって言って天野くんに案内してもらえば」
「例え霧崎さんを忘れてしまうような出来事があったとしても、霧崎さんが言ってくれたことを、僕は絶対に忘れないと思う」
明くんの声が妙に鮮明に聞こえた
今の…どういうこと?
「言っておくけど、答える義務はないから」
「ああ、バレンタインの子が霧崎さんなのか。意外だな」
「そうなんだ」
「んー…いや、そうでもないか」
「どっちなの」
「霧崎さんとはろくに話したことないからイメージだけど、人と最低限の付き合いしかしないと思ってたからバレンタインにチョコを渡すっていう発想に驚いた」
確かにこんなことを言う子が商法に踊らされるとは思えないわね
「だけど相手が明なのは、なんとなく納得出来る」
「そうなの?」
「霧崎さんがどう思って渡したのかは分かんないけどさ、明はみんなが思ってるより自己中で、自分が思ってるより優しい。そんで、俺から見れば面白い」
明くんは自分を優しいと認識していないのね
つまり教科書を貸してくれたのも優しさではない
じゃあなんなのかしら
「……時々難しいことを言うよね」
「そうか」
楽しそうに笑う友人に不満そうな顔を向ける
あのお友達にしか見せない表情なんだろうと直感してしまったわ
「出直した方が良いんじゃない?」
冷たい声が、私の鼓膜を揺らした
「ちなみに天野くんの友達のアレ、テストの点数で学年5位をキープしてるから。それにサッカー部のブレーン」
想像通り冷たい表情をしていたけれど、どこか寂しそうにも思えた
「役割がほしいし、与えてたいんだろ」
「僕が友人、きみを名前で呼ぶようになっても僕はずっと友人でありたいと思っているよ」
「望むならいつまでも」
寂しそうに思えたのは、霧崎さんもこれに気付いていたからかしら
「読書の邪魔」
悪態をつく気にもなれず、そのまま席に着いた




