優しさでないのなら①
「なぁなぁ!転校生、無茶苦茶美人だな」
前の席に座る友人が突然振り向く
それはいつものとこだけど、いつもに増して意味の分からないことを言っている
「転校生?」
高校3年生として年を越そうとしているこの時期に?
「今今、朝のHRで紹介されたばっかだろ」
そうだっけ?
基本必要のない情報はすぐに忘れるからなぁ
「そんなに影が薄いかしら」
…この人かな
確かに顔のパーツそれぞれが美しく、全体のバランスも取れている
可愛いは主観だけど、綺麗は科学的に証明出来る
そう、なにかの本に書いてあった
物語系で、うんちくを話そうとする登場人物を止めて本題に入ってしまうという流れだった
だからどう証明するのかは知らない
興味がなかったから調べなかった
「ごめん、居眠りして聞いてなかった」
嘘だけど
「目を開けたまま寝るのね」
嘘だとは直接言わないけれど、嘘だと指摘する
そういうのは嫌だなぁ
だから僕は愛想笑いを返した
「見ていたんだ」
「一目見て気になったから」
「それはどういう意味で?」
興味ないので早く去って下さい
「良い意味よ」
はいはい、良い笑顔ですねー
「そう、ありがとう」
そういえば、このクラスは36人だったよね
視線を窓際の一番後ろへやる
そこには真新しい机があった
窓に面していない方に席はない
横に6列席が並んでいるんだから当然だ
「教科書はあるの」
「ないわ」
「あそこじゃ誰かと一緒に見られないでしょ。僕のを貸すよ。僕は隣の人に見せてもらうから」
「私の存在を認識していなかったのに親切なのね」
嫌味なの
さーせん
「困っている人を助けるのは当然だよ。あ、もしかして困ってはいなかったかな。だったら出過ぎた真似をしたね」
「困ってはいたわ。借りても良いかしら」
「どうぞ。…そうだ、名前」
流石に今さっきの自分の言動くらい覚えている
僕に自己紹介をした記憶がないということは、この転校生はクラスメイトの名前を知らないということだ
自己紹介をするべきだろう
「南よ。東西南北の南」
自分から名乗るんだ
わざわざ紹介されたのを聞いていなかった僕に自分から…
変な人
「僕は天野明。天の川の天に野原の野、明るいって書いて「めい」って読むんだ」
「そう、よろしく。天野くん」
会話のきっかけだろうけど、女子っぽい名前って言われることが多い
それをスルー
まぁ名前の由来なんて知らないから、よく言われる、としか言えなくて結局会話は続かないんだけどね
知っていても言うかどうかは分からないけど
「よろしく、南さん」
昼休みになると廊下が騒がしかった
どうやら南さんの姿を一目見に来たらしい
学年中が騒ぎになるほどの美人らしいと、そのとき初めて認識した
そして、東京でもそんなことがあるんだなぁとぼんやり考えていた
「天野くん、教科書ありがとう」
「ううん、校内の案内はもうしてもらった?」
「まだよ。だか…」
「それなら霧崎さんに頼むと良いよ。同性とも仲良くした方が良い」
霧崎さんとは去年のバレンタインデー以降少し仲が良い
ガナッシュも美味しかった
言葉の意味は正直まだ分からないけれど、なんとなく将来必要になる言葉だと思った
そう思える言葉を言ってくれた人は書物でしか対面したことがない偉人を含めても片手で数えることが出来る
「…どの子かしら?」
「廊下側の席で読書をしている黒くて長い髪の子だよ」
「そう、下の名前はなんていうのかしら?」
「明美さん、霧崎明美さんだよ」
「ありがとう。話しかけてみるわ」
霧崎さんに声をかける南さんを見ながら友人が顔を寄せて小さな声で言った
「明がフルネームで人の名前覚えてるなんて珍しい。なんかあったのか?」
「あった。例え霧崎さんを忘れてしまうような出来事があったとしても、霧崎さんが言ってくれたことを、僕は絶対に忘れないと思う」
分からなくても、ずっと考え続けるだろう
「ああ、バレンタインの子が霧崎さんなのか。意外だな」
「そうなんだ」
「んー…いや、そうでもないか」
「どっちなの」
「霧崎さんとはろくに話したことないからイメージだけど、人と最低限の付き合いしかしないと思ってたからバレンタインにチョコを渡すっていう発想に驚いた」
確かに
最低限の付き合いなのかは分からないけれど、付き合う人を限定しているとは思う
菓子メーカーに踊らされるようなイベントに参加することが意外だというのは分かる
当時は霧崎さんを認識していなかったから気付かなかった
だけど認識した今なら分かる
何故霧崎さんはバレンタインデーというイベントに参加したのだろう
また謎が増えた
「だけど相手が明なのは、なんとなく納得出来る」
「そうなの?」
「霧崎さんがどう思って渡したのかは分かんないけどさ、明はみんなが思ってるより自己中で、自分が思ってるより優しい。そんで、俺から見れば面白い」
「……時々難しいことを言うよね」
友人は愉快そうに笑って一言言っただけだった
「そうか」
なんだか見透かされているみたいで嫌だったから仕返しに難しいことを言ってやろう
「人には役割があるよね」
「うん?ああ、そうだな」
「この教室にいる全員は各々から見て「クラスメイト」なわけだ」
話しの先が読めないからなのか、ただ頷く
「じゃあ――」
「ああ、分かった。だから明は名前を呼ばないのか」
「え?」
「役割がほしいし、与えてたいんだろ」
ムッとするしか選択肢がないのが不服
それなら照れた顔でもさせてやろう
「僕が友人、きみを名前で呼ぶようになっても僕はずっと友人でありたいと思っているよ」
目をぱちくりさせたあと、友人はニカッと笑った
「望むならいつまでも」




