作戦の提案①
これは決して自慢ではないのだが、僕はモテる
外見は良く見積もっても中の上
成績も運動神経も交友関係も家も人並
部活には入っていない
それなのに何故か、僕はモテる
中学の間は自分自身が見られる世間自体が狭い
だからマグロの赤身が中トロに見えるのだ、と適当に流していた
高校生になるとき、父の仕事の都合で東京に引っ越せばこんな不思議なことは起こらない
そう本気で思っていた
何故ならば、相対的な評価が変わるからだ
仮に僕の外見が絶対的に中の上だったとする
でも東京に行けばかっこいい人は沢山いる
僕の外見は相対的に見て、良くても中の下くらいになる
だから――
だが、間違いだった
東京の高校でも、僕は何故かモテた
意味が分からない
ただ、あくまで相対的に評価したときにモテる
そういう話しだから、漫画みたいに誰彼構わず好かれるわけじゃない
むしろ僕のことが嫌いな人だっているだろう
1年のとき同じクラスだった冴島琴子
彼女が良い例だ
あれは僕も悪かったけど
「天野!おはよう!」
「おはよう」
元気良く僕に声をかけたのは数か月前からクラスメイトになった…サツキさん
陸上部の朝練の途中らしく、ジャージを着ている
今日は事情があって早めに学校へ来たから誰にも会わないかとも思ったんだけど…
なにやら重そうな荷物を持っている
「重そうだね、半分持とうか」
「ホント?助かる!…でも遠くから見えてたけど、ここにずっといたよね。誰か待ってるんじゃないの?」
変なところで鋭い
こういうときは厚意に甘えれば良いのに
「待っていたんだけど約束の時間を過ぎても来ないから、もう良いんだ」
「そっか、じゃあ頼もう」
案外あっさり
それより、こういうときってなにを話せば良いんだろう
僕の待ち合わせ相手については関係ないし…
かと言って、他に話せるようなこともない
困った
「今じゃなくても良いのに先生に持ってけって先輩に言われてさ」
沈黙に耐えかねたのか、荷物について言われた
そういえばその手があった
自ら触れてはいけないような気がして、失念していた
「たまに晴れた梅雨にね…。それは一般的に言うところの、僻みによるいじめ、じゃないのかな」
「それくらい分かってる。でもアタシ今まで陸上しかしてこなかったから、どうして良いか分かんなくて」
中学ではなかったのか
人格者ばかりだったのか、向上心のある者ばかりだったのか
それとも諦めてしまっていたのか
お遊びだったのか
なんにしろ、平和な生活が2年になって一変すれば戸惑いもするか
それに、それ自体は僕に関係のないこと
けれど…
「靴とか部活中に使う物を隠されたことはある?」
「え?まぁ…ある、けど…。それがどうかしたの?」
「顧問の先生が来るタイミングで3番目に勢力のある先輩の靴を隠すんだ」
「うん」
急になんだ、とかバレたら大変だ、とか言われるのかと思った
まぁ行動に移すかは本人次第だし、理由はどうでも良いか
「当然先生にバレて騒ぎになるだろうけど、サツキさんはその場にいない」
「でも練習抜け出せるかな」
なにかを考えるような仕草を見せたのちにされた質問は全く普通の質問だった
一体なにを考えていたんだろう
「お手洗いにでも行くと言えば良い」
「なるほど!それで?」
どうして若干嬉しそうなのかは考えない方が良いのだろうか
…………止めよう
「騒ぎになっているグラウンドに戻ってこう言うんだ。「自分も隠されたことがあったので、そういう遊びが流行っているのかと思って。先輩と仲良くしたかったので」と」
この性格なら本当にそう思ってやったと思われるだろう
悪意なき悪意はこの世に腐るほど存在する
「悪いことなんだと素直に認めて謝るんだ。先輩は先生の手前適当なことを言って謝るだろうけど、笑顔で許す。そして他の悪事も具体的に言って、悪いことなのか?と質問するんだ」
クスクスと笑う
こんなことを考えられる僕を外道だと言う人もいる
だけど、そういう人には言わない
それはあの先輩だってそうだろう
だからこの反応は予想した通り
ああ、だから僕なのか
でもどうやって僕のことを知ったのか…
まぁ良い
考えても分かることではない
「うん、天野の考えることは面白い。もしまだやってもすぐに先生に相談することに誰も疑問を持たない」
「その通り。もしかしたら問題が大きくなってしまうかもしれないけれど…」
サツキさんの目をじっと見て、綺麗に結われたポニーテールに触れる
「綺麗な髪。傷のない身体。使い込まれたジャージ。見える範囲に嫌がらせが出来ない小心者なら大丈夫だよ」
「そ、そうだね…」
「あれ?顔が赤いね、もしかして熱でも――」
「いや!それは大丈夫!ほら、職員室着いたから!ありがとうね!」
僕が運んでいた分も持つと、慌てた様子で職員室へ入って行ってしまう
本当に大丈夫かな
「まぁ僕には関係ないか」
さっさと忘れてしまおう
もう僕には関係ない