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ベルゴッド・ヘルハウンド  作者: 橘 禅
第1章 ベルゴッド・ヘルハウンド
8/13

第8話 いい線いってたよ

降りしきる雪は街に静寂を呼び込むようだった。


街中を歩く人は、いつも以上に少なく、3方を囲む民家のうち2つは既に灯りを消し、街は眠りにつこうとしていた。


月明かりが雲間に見え隠れする中、雪を被る街並みはどことなく物悲しい雰囲気を放っている。


静寂の中にあって、拳をぶつけ合う2人は燃え上がる炎のような熱気を纏って雪を踏みしめていた。


「ハァァッ!」


両の手のひらから放たれる、強烈な掌打。


放った少女はこの1年間変わらない、綿生地の白シャツに、黒いタイトスカート。


顔の前で手をクロスして、威力を殺す男は、相変わらず黒スーツにグレーのシャツ。


「ハッ…!フンッ……!」


少女の声と共に立て続けに放たれる掌底。

一手一手が臓腑を抉る一撃。


相対する中年の男は右手でいなしつつ、左からの中段突き。風を切る音が、少女の耳を撫でる。


(やはり、速い!)


少女は、身長の不利を利用して、身を引きながら右手で頭を守りつつ、左手で同様の中段突きを返す。


「いい動きだ。」


ベルゴッドの顔には僅かに汗が滲んでいた。2年半の格闘訓練の中で見せた初めての汗だった。


コーデリアの懐から放たれた中段突きをいなさずに躱すと同時に、元いた場所から輝くオオカミが4匹コーデリアに襲いかかった。


「ハッ!」


コーデリアは全力で地面を踏み抜くと、まるで地割れでも起こしたかのように、亀裂が入る。

もはや震脚と言って過言ではないレベルの衝撃波を起こしていた。放たれる肘打ちの連打でオオカミは霧散した。


(このレベルを軽くいなすか)


踏み込みの反動で得たエネルギーで、一気に距離を詰める。


吐息がかかろうかという距離で、コーデリアは固めた拳を放った。

コーデリアの拳が光を放つ。


瞬きの刹那。

懐で固められていた拳が鳩尾に迫っていた。


(これは…!)


圧倒的拳速もさることながら、目前に迫る8発の拳(・・・・)

7発の拳擬き(・・・)すらも真偽を見極めさせない、並々ならぬ殺気を感じ取させた。


「ハァッ!」


致命傷を受けかねない破壊の拳。

その拳圧は、大気を揺らした。


「威力も乗ってる。いいね。」


ベルゴッドは、背後に飛んで距離をとる。


コーデリアも追撃をかけずに、背後に跳躍した。


(……!)


頬から滴る一筋の血。ベルゴッドは、目を見開いた。


教会を去ってから1度も自分に傷をつけられる相手と戦っていなかった。

決して、戦闘がなかった訳では無い。命の取り合いも数回あった。それでも、彼を傷つけられる者は現れなかった。


「こんなもんじゃないだろう?」


自然と笑みが浮かんだ。


それは目の前の少女の成長を喜ぶものでは無い。


セーブしているとはいえ、自分を傷つけられるだけの力量をもつ相手への感動、即ち戦闘者としての喜びだった。


「スーッ………………」


ベルゴッドが喜びを覚える一方、コーデリアは焦りを感じ始めていた。


(ここで笑うとか、流石に『狂戦士』の称号は伊達じゃないですね…)


これだけ攻めて尚、頬にかすり傷を与えるのが精一杯。

必殺を確信して放った攻撃がほとんど意味をなさなかった。


(このままじゃ、体力がもたない……)


額を伝う汗が土の色を変えた。


肩で息をしながら、状況を把握する。


必殺が必殺としての意味を成せないことなど想定済み。故に執着してはならない。


目の前の男が自分より格上なのは、この2年半嫌という程理解させられてきた。


(どちらにしても、このままでは勝機がない。次で決める!)


息を吐く。

乱れた息を整え、左足を引く。

右手の掌を正面にかざす。


「…ッ!」


彼我の距離は10m強。


コーデリアは実の所、基礎的な聖祈術と、自身の体を強化するオリジナルの闘術しか使えない。さっきの「八闘拳」以上の手札を持っていなかった。


だが、弱者たる人間が、自然界において強者たる所以は、その思考力。それ以上の手札がないなら、手札を作るしかない。


(ベルゴッドに搦手は効かない………なら、正攻法で決める!)


この思考は正しい。

変に力を抜いて、搦手に走ろうものなら、数分と持たずに地に伏せる羽目になるだろう。


そんな弱気を否定するように、足を踏みしめた。

強烈な踏み込みは、地震が起きたのかと錯覚させる。

彼我の距離を一気に詰める。


「ハッ!ハッ!」


左右から放たれる攻撃は先程より尚早く、尚鋭い。ひとつとして同じ軌道を描くことなく、ベルゴッドを襲う。


「工夫も悪くない。でもそれじゃぁ届かないよ!」


益々ベルゴッドの笑みが深くなっていく。それは心から楽しんでいるようだった。


(安い挑発…)


格闘訓練を2年半続けてわかった事だが、ベルゴッドは常に本気を出していない。

恐らく半分もだしていない、気がする。


この場面にしても、敢えて私との打ち合いに応じず、逃げながらベルゴッドの得意とする遠距離からの聖祈術や血闘術で攻撃していれば話は済むのだ。


だが、それをしない。意図自体は読めるが、私はそれを譲歩とは受け取らない。誰の土俵で戦おうと勝負は勝負。勝ちをもぎ取って、


(今日でちゃん付けは終わり!)


足払い。回避した所を蹴り上げ。バックステップは間に合わない間合いと速さ。


(とすればベルゴッドはジャンプによる回避。)


ここまでの崩し(・・・)は完璧。


あとはこの拳をその心窩に打ち込むだけ。

残る力全てを込めて、五臓六腑を粉砕するつもりで打ち込む。


「……ハァ「《黒雛》」

コーデリアは一瞬で拳を引いた。


(まずっ…)


この攻撃打てば終わる、そんな予感がした。


(いい判断…だが少し遅い。)


ベルゴッドは目を見開いて、笑みを浮かべた。それは空中での一瞬の出来事。だが、空気が変わった。ベルゴッドの背から、黒い炎のような霧のようなものが膨れ上がった。


(なにそれ…!)


それは膨れ上がると、ベルゴッドの三方に発動させようとしていた、光の拳全てを飲み込んで、こちらに迫ってきた。


(はやっ……)


黒いモヤに触れた瞬間、急速に意識が遠のいた。最後に見たのは、襟を治すベルゴッドの姿で、表情までは見えなかった。


雲間から月明かりが覗いて、仰向けに倒れる少女の顔を照らす。真冬の渓流のように透明感を持つ肌には傷一つなく、先程までの体捌きに対して、年相応のあどけなさが見えた。


まさか、教会で◼◼◼に席を置いていた自分相手に傷をつけられるほどに成長するとは、2年半前の自分は予想だにしていなかっただろう。


「まぁ、いい線はいってたよ。ちゃんが取れる日はそう遠く無さそうだね。」


倒れた少女の顔にかかった髪を横に流した、自分の手を月にかざす。


久しぶりに触れた深淵( ・・)の感触をかみ締めつつ、少女を抱き抱えて、エルマドーラの中へ戻った。

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