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ベルゴッド・ヘルハウンド  作者: 橘 禅
第1章 ベルゴッド・ヘルハウンド
6/13

第6話 『ちゃん』はまだとれない

麻生地の訓練着の腹部が少し凹んでいた。


「っっっっっ!……スー……ッ…カハッ!」


熱気を孕む吐息は、地面に赤い斑点模様を描いた。


「視線に誘導されすぎだよ。」


夏の肌にまとわりつく、空気が鬱陶しかった。男は息一つ乱さず、打ち込んだ拳を引きながらネクタイを緩めた。


「コーデリアちゃんの技は威力も足りないし、直線的で素直すぎる。もっと工夫しないと。」


言ってることは理解出来た。

でも、それは戦うことを仕事にしてきた人間が、同職の人間に言うべき言であって、未だ学校で学ぶ年頃の少女に注文するのは酷ではないかと思う。


(考えるだけ無駄…ですよね。)


目の前の男は、本当に自分と同じレベル、最低でも打ち合える程度を求めているのだ。この程度で優しくして貰えるとは思えなかった。


気づかれないように溜息をつきつつ、息を整える。

左手を引いて腰を落とす。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



(全く、いい目をするようになった)


とりあえず。1人でも生きていく為の術として格闘訓練を付け始めた。最初は、拳を振り回すだけの少女だった。だが気がつけば、策を練り、フェイントを混ぜ、一撃を通すことに工夫を凝らすことの出来るところまで来た。


(分かってはいても、出来ない奴は多い。この子は天賦とは言わずとも、ある程度の才はあるかもしれないな…)


打ち合った限り、まだまだ軽いし狙いも甘い。実戦は程遠いだろう。だが数手に1回、こちらの防御を掻い潜って拳を打ち込んでくる時がある。訓練を始めた頃は、手をぶんぶん回すだけの可愛い子供だったが、間違いなく戦士へと姿を変えようとしていた。


(先生の技を教えたのが正解だったかな)


僕教えている技術はほとんどがロベルトから受けたものだった。型にとらわれる「武道」などではなく、殺すこと、無力化し捕縛するとこを前提とした実践的格闘術。


(殺人術を教えこまれてるとは知らないんだろうな。)


暗い笑みが心の底で沸き立つのを感じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



私の目を一瞥すると、ベルゴッドは手招きしてきた。

右直線( ストレート)水月(ストマック )脚払い( ボトム)


一つ一つの技は流れる水のように。たとえ違う概念を元に編み出された技でも、操るのが己の体ならそれはひとつに繋げられる。


「フッ……ハッ……スーッ!」


守るのではなく、躱す。受けるのではなく、流す。


正面から受けたのでは、体の出来上がっていない自分が不利。躱して、躱して、躱して、打つ。これを繰り返す。


「フンッ!」


気の緩みはなかった。

だが懐に向かってくる拳圧に体が怯んでしまった。

重心が後ろに傾いた瞬間に、みぞおちに打ち込まれた掌打。激痛ではあったが、私が意識を失っていないことから、声ほどに力を入れずに打ったことが分かる。


「とはいえ、だいぶ動きが良くなってきたね。明日からは、次に行こうか。」


襟を治しながら、息を静かに吐きつつ、私の事を抱き抱えた。裏口から少し軋む床をゆっくり歩いてカフェに入り、1箇所だけライトが着けたままになっている1番手前の椅子に私を下ろす。

ベルゴッドはそのまま踵を返して裏口の戸を閉めると、カウンターから水を持ってきた。


「飲んだら体拭いて寝ようか。」


ふらついて真っ直ぐ歩けない私をまたしてもベルゴッドが抱き抱え2階へと上がった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



この1年の間、ベルゴッドが何をしていたのか私は知らない。というか、ベルゴッドが何者なのかもアンナとロベルトから聞いていた情報程度しか知らないし、体力的に考える余裕などなかった。

毎日泥のように眠り、起きたらトレーニング。最初の頃は喉を通らなかった朝食も、エネルギー消費の激しさのせいで、自然と食べられるようになった。カフェの手伝いも慣れ、


「コーデリアちゃんは彼氏とかいないの〜?」


「居ないです。」


朝から何故か酔っ払っているエドガーさんとも会話(?)できるようになった。


ケナッシュから教わる高等修学舎の勉強は思ったより難しくて、授業時間だけじゃ理解できない。だから、自分の仕事を早く終わらせ隙間時間に勉強する必要があり、益々家事を手早くこなせるようになった。


ベルゴッドの体力トレーニングと、格闘訓練は相変わらず血反吐を吐くようだった(実際昨日吐いた)。


お陰で、食欲は以前と比べ物にならないほど大きくなり、それに伴ってベルゴッドと出会った頃が思い出せないほど体つきがしっかりして、身長も1年で5cmも伸びた。女心としては少し微妙な気持ちだったが、()(?)の教育方針なので致し方ない…かもしれない。


「遅れてごめんねー。」


夕食後裏庭に行くと、雲ひとつない満天の星空が広がっていた。

ふと「私なんでこんなことしてんだろ」と、考えてはいけない類の疑問が湧き上がってきそうになる。

大きく頭を左右に振って、疑問を思考の隅に追いやると、背後から手をヒラヒラ振りながらベルゴッドがやってきた。


「今日からは格闘訓練とは別に聖祈術と血闘技を教えよう。」


聖祈術。


セイクリッドとも呼ばれるそれは、体内を巡る生気を聖気へと変化させ具象化する闘術の一つである。教会に属する人間ならば少なからず使えるもので、ハルデンブルク王国では、修学舎のカリキュラムに護身術として組み込まれる程度にはポピュラーなものである。


聖祈術はこの国よりも歴史が長いが、一般に広まったのは、教会が国の保護を受け入れたここ100年程度の話らしい。


「うん。まぁ、だいたいそんな所。体系化や大衆化として『祈り』の概念を提唱し始めたのは教会だからね。僕らはこれが使えるかどうかが配属に大きく関係するから、昔はみんなこぞって鍛えていたよ。」


それに対して血闘術とは、ブラッドとも呼ばれる、使い手が少ない希少な闘術で、自身の血を媒介として発動させる。聖祈術が祈りに依るのに対し、自身の血に依る血闘術は精神不安などに左右されづらい反面、血液量による限界が存在する。


「だから、血闘術を使う人間は常日頃から自身の体をベストに保たなきゃ行けない。もっとも戦闘者なら体調管理は当然のことだけどね。」


さて、と軽く柏手を打つと「軽くストレッチしようか。」といって側頭部めがけて回し蹴りを放ってきた。


「は?!」


いや、今完全に説明の流れだったじゃないですか!っと思ったのは1年前にもあった気がする。


(結局この流れ!)


軽くでもなければ、ストレッチでもない格闘訓練が10分ほど続いた頃だった。

ベルゴッドが徐に距離をとって地面に両手をついた。触れたところが光ると同時に、地面から光の柱が3本せり上がってきた。


「………っ!」


すんでの所で回避したが、瞬き1回程の差もなかったと思う。


『有利な間合いで戦うことに注力しなさい。』


最初の頃に教わった教えを思い返しつつ、先程立っていた所から左に回避しつつ、地面から小石を手ににぎりしめる。ベルゴッドは体勢を変えずにこちらを見つめるのみ。


回避して体勢を崩した私が着地する瞬間ではなく、反撃に出ようと前に意識がいく瞬間。


(ここでもう一度くる!)


着地と離陸を攻撃のタイミングを読んで同時に行う。

ベルゴッドの懐に直線で突撃する。

ここで曲がって近づくのは、地面からせり上がってくる攻撃に対して無意味だと考えたからだ。


左手に持つ石を一振で3回に分けて投げる。

ベルゴッドの足元の地面が光ると、今度は5本の光の柱が石を弾いた。


(ここだっ!)


防御に意識が回った瞬間、ベルゴッドに向かって走り出した。

前方に2歩程の距離の地面が強く光り始めた。


(これはフェイク。)


無駄を好まないベルゴッドなら、接近を妨げつつ攻撃となる光を見せにくる( ・・・・・)

本命は私のこの体勢ならば左。


(と見せかけて右?…だめ、読よあいでは勝てない……でも、どっちにしても正面はフェイクで間違いない!)


回避せず、全力で走る。そして同時に右手に持った石をベルゴッドの肘に向かって投げる。


フェイクを見抜いた私に驚いたのか、少し目を見開きつつ、後方に飛んだ。


(手が離れた!!)


「フンッ!」


前に踏み込む力と体の捻りを、急所に打ち込む。


確信とともに放たれた拳は、ベルゴッドの股間を撃ち抜く前に空中で沈黙する。


「動きは悪くなかったね。左手で拾った石を右手に回したタイミングは僕にも見えなかったし、フェイクを見抜く目も中々だ。威力を推進力と急所を狙うことで補おうとしたのもいい考えだね。ただし、地面に触れていなければ技が使えない、という思い込みはいただけないね。」


私の体は光の鎖に雁字搦めにされていた。ベルゴッドは着地すると、ニヤリと笑いながら動けない私の頭を撫でてきた。


「まだまだ、『ちゃん』は取れそうにないね。コーデリアちゃん(・・・ )。」

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