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ベルゴッド・ヘルハウンド  作者: 橘 禅
第1章 ベルゴッド・ヘルハウンド
3/13

第3話 コーデリア・フィルムクロイ

南北に異なる特色を持つウェーカー市は市内全てが石畳の道であった。近年、自動二輪や四輪、バスなどが生まれ始めたが未だに交通手段主流は馬だった。


南で仕入れた調度品や香辛料を北で売買する。その為南北を繋ぐ道の舗装は急ピッチで進められた。今日も一日中カタカタとならせて人の往来を教えていた。


中央の道の舗装に伴い、ならば市内全てを石畳にしようという前市長の方針によって大量の資本が投入され、ハンデンブルク第2の都市であるウェーカー市全域に石畳の道が走ることとなった。


未だに土を固めただけの道が多い中、石畳にしたことで、車両の通行はもちろんのこと、国内外に対して先進的な地域という強いインパクトを与える結果となった。


ベルゴッドは右手に温かいキャラメルマキアートを持ちながら、市内北西部に建つレストラン・アンサズの道に向かう店外の席で数十枚に渡る紙束を捲っていた。


コーデリア・フィルムクロイ。

女性。8月10日生まれ。身長はおよそ130cm。

軽くウェーブのかかったブロンドに、スカイブルーの瞳。ウェーカー市北部の市立病院で産まれる。父の勧めに従い6歳から修学舎に通う。その為、ある程度の教養があり言葉も堪能である。識字能力も問題なし。運動神経、学力共に平均を大きく上回る。


(性格は愚直で頑固。恐らくこの成績は天才と言うよりも、ロベルト同様、努力の鬼と言ったことろだろうな)


父・ハスト・フィルムクロイ。金髪。瞳の色はグリーン。享年38歳。国定自然管理局副局長。時期局長を木されていた人物。経歴には一点のの曇もなく、まさにサラブレッドと言うべき男。性格は穏やかで、争いは回避するタイプ。


母・アネッサ・フィルムクロイ。ハスト同様に金髪。瞳の色はブラウン。享年34歳。父・ロベルト・フィルムクロイと確執があった。27の頃にハストと出会い結婚。その後は主婦をしていた。


(相当なじゃじゃ馬と聞いていたが、なるほど。これはロベルトでも手を焼くわけだ。)


アネッサはウェルゴーンに住んでいた頃、所謂札付きのワルとでも言うべき存在だったようで、大事に至らなかったところを見るに、ロベルトの気苦労が知れる。


「なるほどな。」


帰る家がないというコーデリアをエルマドーラ2階に借りている部屋に連れていき、レイモンドは1人市立図書館などを回りながら、コーデリアの家系についてのプロファイルを纏めていた。


(怪しい点はない……仕事(・・)関連の線も薄い……)


一通り調べても、幼少期に謎の空白の期間や、暗殺訓練を受けた記録も痕跡もない。どうやら本当に、俺の事を保護者にすべく尋ねてきたらしい。


(問題は……俺の方か)


この国での成人は男女ともに16歳である。つまり、保護者になるということは、最低そこまでは面倒を見なければいけない。


(5年以上か)


長すぎる。正直、金だけ受け取ってどこへなりとも消えてくれれば有難いが、彼女の性格からしてそれは不可能だろう。無論、いまだ10歳の彼女から逃げることなど造作もないが、


(それは面白くない(・・・・・)。)


「面倒なことを押し付けてくれたもんだ。」

手に持ったキャラメルマキアートが冷たくなって来たので一息に飲み干し、変わらない現実に対する思考に切りかえた。


今後の予定を考えれば、彼女には文字通り死ぬ気で頑張ってもらう必要が出てくる。


(ますます面倒だな。)


別に、俺の進む道の過程で子供が一人死んだ程度さしたる問題ではない。

だが、死ぬ前提で育てるというのも癪に障る。


(あんたは本当に気が利いてるよ先生)


予定通り進めば、何度も死線をくぐる羽目になる。

今わかってる限りで、最低限に押えても彼女が生き残れる可能性など山の中から1粒の種を見つけるようなもの。


(生かすも殺すも自由、そんな権利自体が不自由なんて皮肉にもならないな。)


まったくもって面倒ここに極まれりである。


手を挙げて、ウェイター風の情報屋に金を渡すと、軽く手を挙げて再び店内に戻っていった。


(このタイミングでの登場…)


日が傾き始めた空を見つつ、手に持っていた紙束を誰も居ない自身の左側に軽く投げると、地面に着く前に紙束は音もなく消え去った。


(なら、裁定者として盤上に押し上げてみるのも手か)


漆黒のスーツを着たその男はかすかに笑みを浮かべ、エルマドーラへ足を向けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



目が覚めると、木枠に少し硬い猪の毛を詰めたマットレスに綿の掛け布団がお腹の上に掛かっていた。


(そっか、もうあの家じゃないんですね。)


途端に寂しさが込み上げてみたが、思いっきり頬を叩いた。


(毎朝泣いてたら、笑われてしまいますね。)

ふと壁にかけられた曇った時計を見ると7時を指していた。


習慣とは恐ろしいもので、ベッドが変わり、家が変わり、家族が居なくなっても、教育の賜物なのか7時丁度に目が覚めてしまう。


ちょっとおかしいな、なんて考えながらベッドから体を起こして身だしなみを整えていると、階下から開店前にも関わらず喋り声が聞こえたので階段をおりた。


「アンナちゃーん。ちょっと1週間ぐらい出てくるから、それまでコーデリアちゃんのことよろしくー。」


「はぁ!いきなり何言ってんだい!あの娘のことどうすんのさ!」


軋む階段の途中でそんな会話が聞こえた。


「おや、相変わらず早起きだねコーデリアちゃん。」


小ぶりな革のトランクケースを手に持つレイモンドは、いつものスーツにコートの出で立ちで店を出るところだった。


「父から生活習慣はしっかりしろと教えられていますので。それとちゃん付けは辞めてください。」


まだ目が覚めていないのか、一瞬仕事に出る父の姿が見えた気がした。


口をへの字に曲げて不機嫌さを示したが、ベルゴッドは気にもとめず店を出ようとした。


「待ってください。まさか逃げるつもりですか?」


コーデリアのその問いかけには左手を軽くひらひらと振るばかりで、何も答えなかった。


「はぁ。あの野郎。」


チッ舌打ちすると、アンナはカウンターに置かれた小さな麻袋から金貨数枚…恐らく10000ヴェルはあろうかと言う大金を取り出し、数えてからカウンター奥の棚にしまっていた。


「その金貨は、私を引き取る代金ですか?」


多分、この時の私の顔は不安に満ちたものだったに違いない。アンナは直ぐに不機嫌さを隠し、優しげな表情で首を横に振った。


「あいつはそんな男じゃないよ。この金で、自分がいない間の宿代と食事代、それとアンタに家事を教えてくれってさ。これはそれを纏めて貰っただけさ。」


「指導料…ですか?」


捨てられた訳ではなかった安堵感と同時に、想像していなかった言葉に対する疑問が湧き上がってきた。


「そうさ。あたしにもアイツの真意はわからないけどね。」


男なら娘の1人や2人守ってやれってんだよ、と笑いながら続けたアンナの顔は嘘をついている表情ではなかった。


「捨てられたのかと思いました。」


これは私の偽らざる本音であり、不安の核心だった。


ベルゴッドは出会って間もないほとんど他人に近い人間だったが、他の親族たちと違って、金目のものだけ取ったら煙たがるように逃げていく様な人種とは違うように感じていた。


いや、信じようとしていた。

ある程度世情を理解しているコーデリアだからこそ、変わり者のベルゴッドにそんな期待を抱いてしまったのかもしれない。


熱い雫が頬を伝うのを感じた。

葬式の時でさえ、涙をこらえ切った瞳は、もう言うことを聞かなかった。


「まったく、こんな可愛い子を泣かせるなんてアイツには帰ってきたらガツンと言わなきゃダメだね!」


アンナは静かに近寄ってくると、エプロンから取り出した白いハンカチでコーデリアの瞳に溜まった涙を拭いてくれた。アンナの優しげな表情が無き母の面影にダブって見えた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」


家族を失ってから初めて泣いた。とめどなく溢れる寂しさや悲しみの奔流が彼女の思考を塗りつぶした。アンナは優しく抱き寄せると何も言わず髪を撫でてくれた。

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