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境界線はファインダーの向こう  作者: 染島ユースケ
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 思い出す。


 お姉ちゃんは、周囲に誉め称えられている。


「中里穂波さん、おめでとう」

「おめでとう、穂波ちゃん!」

「穂波ちゃん、すごい!」


 お姉ちゃんを囲む、祝福の声。至るところで私にも届く、お姉ちゃんにだけ送られる賛辞の言葉。


 全国から募集する写真コンクール。その小学生部門で、お姉ちゃんは入賞した。今日の全校集会では、みんなの前に立って校長先生から賞状をもらっていた。遠く離れたところから見たお姉ちゃんの笑顔は、ちょっぴり緊張で固かった。


 お姉ちゃんが賞を穫ったことは、私も嬉しい。だけど同時に、寂しい気持ちにも襲われた。いつも一緒であんなに身近にいたお姉ちゃんが、遠くへ行ってしまう。そうやって考え出したら、自分の今立っている足下がひどく頼りないように感じた。


 お姉ちゃんは受賞の関係で帰りが遅くなるらしい。だから私はその日、か弱い足取りのまま一人きりで家に帰った。ランドセルを置いて、その足で私は再び外に出る。向かうのは、いつもの公園。独りぼっちから逃げるように、駆け足で公園の一番高いところへ。


 毎日一緒に帰って、その後には公園で遊んだお姉ちゃん。今日は、私の隣にいない。それだけのことで、世界は表情を変えた。


「こんなに……広かったかな?」


 見下ろす街並み。空の色。夕焼け。一人で眺めるには、あまりにも広すぎる景色。


 私の足は竦んでしまった。芝生の上に、へたり込む。地上が迫る。空に潰される。独りぼっちの私は、どこに行っても独りぼっちだ。


 私の居場所は、どこ?


「ちーちゃん!」


 声がする。後ろから。


 ランドセルを背負ったまま、肩で息をしながら丘の上に上ってきた、お姉ちゃんの姿があった。


「お姉ちゃん!」

「はぁっ……ごめんね、遅くなっちゃった」


 再び私は自分の足で立ち上がる。そして、私はお姉ちゃんに抱きついて――


「うわーっ!?」

「きゃーっ!?」


 私達は、揃って芝生の上を転がった。腕や背中に、芝がちくちくと刺さった。心地よい、くすぐったさ。


「私、怖かった。すごい怖かった」


 お姉ちゃんの体温を、たぐり寄せる。きつく抱きしめる。 


「お姉ちゃん、私から離れてどっか行っちゃいそうで。私の手の届かないところまで、行っちゃいそうで」


 寂しさの許容範囲を越えて、涙が溢れ出す。


「泣かないで、ちーちゃん」

「でもっ、でもっ……!」

「大丈夫、今はここにいるから」


 それから私は、随分と泣いた。完全に日が地平線の向こうに沈みきるまで、泣き続けた。お姉ちゃんは私が泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。芝生の上で転がったまま、ありったけの優しさで包み込んでくれた。


 そして、私が平静を取り戻したところで、お姉ちゃんは言った。


「ちーちゃん、落ち着いて聞いてね」

「……うん」

「きっとお姉ちゃんはね、ずっとちーちゃんの近くにはいられないの」

「……どうして?」

「天才ってそういうものなのよ」

「そんなの、わからないよ」

「でも、ちーちゃんは大丈夫だから! ちーちゃんは1人になっても元気でいられる! それに、私がどこに行っても心はいつだって、ちーちゃんの近くにあるから!」


 お姉ちゃんの瞳が、真っ直ぐ私を捕らえる。透き通った、汚れないカメラのレンズみたいに。


「本当に? 本当に私は大丈夫?」

「当たり前じゃない!」


 そして、お姉ちゃんの表情がふわっと綻んだ。


「だってちーちゃんは、天才な私の妹なんだから」


 今振り返っても、私にとってこの時ほど励まされた言葉はなかった。


 もしかしたら、お姉ちゃんは自分の命が長くないことを、無意識に悟っていたのかもしれない。だからこそ私に伝えてくれた、最高の励ましだったんだと思う。


「それじゃ、帰ろっか」

「……うん!」


 帰りは二人一緒に手をつないで、家路を辿っていく。


 それは、お姉ちゃんが本当にいなくなってしまう、1ヶ月前のこと。


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