8
思い出す。
お姉ちゃんは、周囲に誉め称えられている。
「中里穂波さん、おめでとう」
「おめでとう、穂波ちゃん!」
「穂波ちゃん、すごい!」
お姉ちゃんを囲む、祝福の声。至るところで私にも届く、お姉ちゃんにだけ送られる賛辞の言葉。
全国から募集する写真コンクール。その小学生部門で、お姉ちゃんは入賞した。今日の全校集会では、みんなの前に立って校長先生から賞状をもらっていた。遠く離れたところから見たお姉ちゃんの笑顔は、ちょっぴり緊張で固かった。
お姉ちゃんが賞を穫ったことは、私も嬉しい。だけど同時に、寂しい気持ちにも襲われた。いつも一緒であんなに身近にいたお姉ちゃんが、遠くへ行ってしまう。そうやって考え出したら、自分の今立っている足下がひどく頼りないように感じた。
お姉ちゃんは受賞の関係で帰りが遅くなるらしい。だから私はその日、か弱い足取りのまま一人きりで家に帰った。ランドセルを置いて、その足で私は再び外に出る。向かうのは、いつもの公園。独りぼっちから逃げるように、駆け足で公園の一番高いところへ。
毎日一緒に帰って、その後には公園で遊んだお姉ちゃん。今日は、私の隣にいない。それだけのことで、世界は表情を変えた。
「こんなに……広かったかな?」
見下ろす街並み。空の色。夕焼け。一人で眺めるには、あまりにも広すぎる景色。
私の足は竦んでしまった。芝生の上に、へたり込む。地上が迫る。空に潰される。独りぼっちの私は、どこに行っても独りぼっちだ。
私の居場所は、どこ?
「ちーちゃん!」
声がする。後ろから。
ランドセルを背負ったまま、肩で息をしながら丘の上に上ってきた、お姉ちゃんの姿があった。
「お姉ちゃん!」
「はぁっ……ごめんね、遅くなっちゃった」
再び私は自分の足で立ち上がる。そして、私はお姉ちゃんに抱きついて――
「うわーっ!?」
「きゃーっ!?」
私達は、揃って芝生の上を転がった。腕や背中に、芝がちくちくと刺さった。心地よい、くすぐったさ。
「私、怖かった。すごい怖かった」
お姉ちゃんの体温を、たぐり寄せる。きつく抱きしめる。
「お姉ちゃん、私から離れてどっか行っちゃいそうで。私の手の届かないところまで、行っちゃいそうで」
寂しさの許容範囲を越えて、涙が溢れ出す。
「泣かないで、ちーちゃん」
「でもっ、でもっ……!」
「大丈夫、今はここにいるから」
それから私は、随分と泣いた。完全に日が地平線の向こうに沈みきるまで、泣き続けた。お姉ちゃんは私が泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。芝生の上で転がったまま、ありったけの優しさで包み込んでくれた。
そして、私が平静を取り戻したところで、お姉ちゃんは言った。
「ちーちゃん、落ち着いて聞いてね」
「……うん」
「きっとお姉ちゃんはね、ずっとちーちゃんの近くにはいられないの」
「……どうして?」
「天才ってそういうものなのよ」
「そんなの、わからないよ」
「でも、ちーちゃんは大丈夫だから! ちーちゃんは1人になっても元気でいられる! それに、私がどこに行っても心はいつだって、ちーちゃんの近くにあるから!」
お姉ちゃんの瞳が、真っ直ぐ私を捕らえる。透き通った、汚れないカメラのレンズみたいに。
「本当に? 本当に私は大丈夫?」
「当たり前じゃない!」
そして、お姉ちゃんの表情がふわっと綻んだ。
「だってちーちゃんは、天才な私の妹なんだから」
今振り返っても、私にとってこの時ほど励まされた言葉はなかった。
もしかしたら、お姉ちゃんは自分の命が長くないことを、無意識に悟っていたのかもしれない。だからこそ私に伝えてくれた、最高の励ましだったんだと思う。
「それじゃ、帰ろっか」
「……うん!」
帰りは二人一緒に手をつないで、家路を辿っていく。
それは、お姉ちゃんが本当にいなくなってしまう、1ヶ月前のこと。