4
「うわぁ、大山くんのお弁当おいしそう! これ、自分で作ったの?」
「まあ自分で、って言ってもほとんど冷凍食品だけど。中里のほうこそ、かなり手が込んでておいしそうだな」
「でもこれ、お母さんが作ったやつだから。確かにお母さんの料理はおいしいけどね」
「へー、いいね。もっとそれ、自慢していいと思うよ」
「そうかな……」
自分で作ったものじゃなくても、大山くんにそうやって言われると照れくさい。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
私は最初に卵焼きを取って食べる。ふんわりと染み出てくる卵の甘味を、じっくりと味わいながら。
大山くんは、たこウインナーを一口で平らげていた。本当は、大山くんのお弁当も一口食べてみたいし、お弁当の交換とかもやってみたい。でもそれをやろうとすると大山くんは消えてしまうわけで、そこが何とももどかしい。いや、そもそも私が実行できるかどうか、というところから問題なわけだけど。
「この現象、とりあえずいくつか法則がわかってきた気がする」
2個目のたこウインナーをかじりながら、大山くんは言った。
「法則?」
「ああ、例えばどうしたらこの境界線ができて、お互いを知覚することができるのか、とか」
「それ、大山くんはわかったの?」
「まあ推測の域は出ないけど、たぶん僕の考える仮説で間違いない」
「その仮説って?」
「僕らは、この部屋で同じ時間にカメラのシャッターを切ることで出会える」
「え、でもそれって……」
ハムカツを取ろうとしていた私の箸が止まる。
確かに私がシャッターを切った瞬間、その時は全てカメラを持った大山くんが出現していた。その状況から見れば、大山くんの仮説は合っていそうな気もするし、さっきの消えてから10秒後に撮影するテストも、きっとその仮説に対する裏付けだったんだと思う。だけど。
「私達が話し合いもなしに同じ時間でシャッターを切るなんて、無理じゃない?」
そう、それなら私達はあらかじめそのシャッターを切るタイミングを把握していなければならない。それは、どう考えても至難の業だ。
「そう、だからこれも1つの仮説になるんだけど」
大山くんは、唐揚げを頬張りながら言った。
「僕らは平行世界の中で、お互いほとんど同じ行動パターンを取っているのかもしれない」
「平行、世界?」
「そう、いわゆるパラレルワールドってやつ」
どっちにしろあまり聞き慣れない言葉だったけど、一応パラレルワールドの意味は何となく知っている。自分のいる世界と瓜二つの世界が別次元に存在しているとか、確かそんなことだったはずだ。たぶん。
「でも、そんなことがありえるの?」
「現にこういう突飛な現象に出くわしてる以上、全ての可能性はゼロじゃないと考えたほうがいい」
「むう……確かに」
全ては、推測。だけど、大山くんの言葉は妙に説得力があった。
そして、私はずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「それじゃあ、こっちの世界にいる大山くんって、やっぱり無関係なのかな? ……少なくとも、今私の目の前にいる大山くんは、こっちの世界の大山くんとは別人、なのかな?」
「ああ、たぶん。そして僕のことも、こっち側の中里は何も知らないままなんだろうな」
ああ、やっぱり。私の箸は、ぴたりと止まったまま。さっきまで腹ぺこだったのに、みるみると食欲が失せていく。急にお腹の中が鉛のような重いもので満たされた気がする。何となくわかっていたことだけど、やっぱりショックなのは変わらない。
「というのも、僕がこの部屋で初めて中里と出会った時、その直前に僕はこっち側にいる中里と階段でぶつかったんだ。ちょうど、その中里は2階から降りてきて外に出ていくところだった」
その大山くんの発言に、私は引っかかる部分があった。
「そして、時間はほぼ同じに流れているわけだから、もし同じ世界にいるお互いがここにいる僕らと同じ存在だとしたら、同じ時間にこの部屋、あるいはこの校舎内でこことよく似た部屋に入ってないとつじつまが合わない」
思い出す。昨日のこと。
「そういえば……」
「どうした、心当たりあるのか?」
私もこっちの世界で、大山くんとぶつかっていた。さっきの証言とは逆に、彼のほうが2階から降りてくる形で。
そのことを大山くんに話すと、真剣な面持ちで携帯を取り出し、操作し始めた。私の会話のメモを取っているらしい。
「なるほど……ということは僕たちは本当に、同じような行動を取っているんだな。となると、逆にお互いの世界にいるもう1人の中里と僕も、行動パターンが重なっているのかもしれない」
行動パターンが、重なっている。
「それって、もしかして」
大山くんのその言葉で、私は閃いたことがあった。
同じ行動を取った上で、私と大山くんが出会っていたのだとしたら。
「こっちの世界にいる大山くんと、そっちの世界にいる私も、出会ってたりするのかな」
「可能性は……ゼロじゃないな。十分ありえる話だ」
「やっぱり、そうだよね!」
苦手な数学の難問を解いたときみたいな、ちょっとした達成感が湧いた。それが確かならきっと、この現象の謎を突き止める大きな手がかりになる。
「じゃあ、本人に訊いて確かめてみよっか!」
「ちょっと待った!」
大山くんは持っていた箸でびしっと指して、私の勢いを制した。
「もし訊いてみて、そっちにいる僕がこの現象と無関係だったとしたら?」
「えっ」
「無関係な人間にこの現象を話してもたぶん信じてくれないし、逆に変なやつだと思われるよ?」
大山くんにドン引きされる私を想像して、背筋がぱきーん、と凍り付いた。それはまずい。いろいろと終わる。
「ダメ! それだけは絶対にダメ!」
「それに、こうして会えている僕らにも影響が出る可能性だってある。最悪、もう会えなくなるなんてことも……」
「もっとダメ!」
「だよな、僕も同感だ。だから当分の間、どんなに親しい人でもこのことは話さないほうがいい気がする。これは僕と中里の間だけの、2人きりの秘密ということで」
2人きりの秘密。
誰も知らない、私と大山くんだけで共有する、秘密。そんなの絶対に手に入らないと思っていたのに、うっかり手に入れてしまった私。体温が、上昇しているのがわかる。
「そういうわけで、もし中里が大丈夫そうなら今後もしばらく一緒に昼休みに集まって、この現象を2人で調べてみたいんだけど、どうだろう?」
「い、いいよ! もちろん! 私は全然大丈夫!」
さらに、追い打ちをかけるように転がってきた大チャンス。断る理由なんてなかった。これで、昼休みは大山くんと一緒に過ごせる!
もう幸せすぎて、そのままぽわーっ、と天にも昇っていってしまいそうな気分になる。もうサエちゃんに怒られてもいい。今この瞬間だけは、自分のこの気持ちに素直になっていたい。
「さて、ごちそうさま」
「あれ、食べるの早くない?」
「そう? 別に普通じゃないか?」
気づいたら、大山くんのお弁当はすでに空っぽになっている。一方の私はというと、まだ半分以上残っていた。
「ご、ごめん! 私も急いで食べるね!」
「大丈夫だよ、まだ昼休みの時間はあるし、それに――」
「それに?」
「中里がお弁当を食べてるところをじっくりと観察しているのは、何だか面白そうだ」
「や、やめてよー!」
結局、私はずっと大山くんに昼ご飯の様子を観察されながら、いつもの倍速でお弁当を食べ終えた。
絶対次こそは大山くんより早く食べ終わってやろうと、私は心の中で密かに誓った。