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境界線はファインダーの向こう  作者: 染島ユースケ
3/23

 翌日。


 もう一度、例の不思議な現象を確かめないといけない。


 昨日の部室で起きた出来事が心に引っかかったままで、私はずっと上の空だった。


 あまりにぼーっとしていたから、サエちゃんには「あんた本当に大丈夫?」と本気で心配された。でも、サエちゃんに昨日の出来事について話すことはできなかった。あの現象をどう説明すればいいのか、そもそもあれが本当に現実で起きたものだったのか、さっぱりわからなかったから。


 だからこそ、もう一度確かめないといけない。


 昼休み、お弁当とカメラを持って、私はサエちゃんに内緒で部室へと向かった。


 旧校舎の2階、軋む廊下を進んで突き当たりの扉を開く。まだ陽光が直接差し込まない昼の部室は、なんとなく暗く感じた。


 ここで、また大山くんに会えるのかな?


 期待と不安を抱え込んだまま、私はカメラを構える。時間以外は立ち位置、角度、全てがあの瞬間と同じ条件になる。


 手に汗が滲む。ごくり、と生唾を飲み込む。


 そして、シャッターは切られた。


「あ……」


 流れていた空気が、変質する。それが、肌でわかった。


 ファインダーの向こうに、やっぱり大山くんはいた。気のせいや夢なんかじゃなかった。カメラから目を離しても、瞬きをしても、目をこすってみても、やっぱり彼の姿は視界の真ん中に残っている。


「中里……なのか? そうだよな?」


 私達は、真ん中の机が置いてあるところまで近づく。本当はもっと近づきたいけれど、そうしたらまた、大山くんは消えてしまう。


「うん、えっと、その……大山くん、だよね」

「あ、ああ」


 やっぱりいざ会ってみるとなると、何もできなくなってしまう私だった。何から話そう。どうすれば、大山くんと楽しく会話をすることができるだろう。どうしたら、大山くんと仲良くなれるだろう。


「な、中里っ」

「は、はいっ」


 変に力んだ返事のせいで、声がくるっと裏返ってしまった。恥ずかしい。


「中里はこの現象、何なんだと思う?」


 そうだ、大山くんと再開した喜びで忘れそうになるけれど、私達は今、不可解すぎる現象に真正面から遭遇しているわけで。


「さあ、私には何がなんだか……」

「心当たりとか、あるわけないよな?」

「うん」

「そうだよな……」


 大山くんは堅い表情で、思考を巡らせている。一方の私は、自分の気持ちを落ち着かせようとするので精一杯だった。2度目とはいえ、この空間は慣れない。


「さっき中里はカメラを持ってたけど、部屋の中を撮ったのか?」

「うん」

「今そっちの時間は?」

「えっと、12時45分」

「12時45分……こっちと同じか」


 そして、大山くんはじっと手に持っていたカメラの液晶画面を見つめる。私も、それにつられて自分が今さっき撮った写真を確認した。でも、そこに大山くんの姿は映っていない。何の変哲もない、がらんとした部室が映っているだけ。


 ……やっぱり、ここの大山くんは幻なのかな?


「中里、ちょっと協力してくれないか? いろいろこの件で試してみたいことがある」

「う、うんっ」


 私は、まだ事態を飲み込めないまま、こくこくとうなずく。大山くんの声ははきはきとして、はっきりと私にまで届いている。これが全部幻だなんて、私は到底受け入れられない。数秒前に、にわかに沸き上がった疑惑を私は打ち消した。


「まず、今の状態をリセットする。仮にこの境目の名前を『境界線』として、昨日はこの境界線に触れたら消えたよな?」

「そうだけど、消しちゃうの?」

「ああ、それでここからが重要なんだけど」


 そう言って、大山くんはカメラを構える。


「10秒経ったらもう一度、写真を撮ってほしい。それでまた会えるかどうか、試してみたい」

「それで、本当にまた会えるのかな……?」

「100パーセント、とは言い切れない。でも、お互いがまたこうやって会える条件は、できるだけはっきりさせておきたい」

「でも……」


 私は、躊躇した。今の状況がイレギュラーだとはいえ、せっかくこうして大山くんと会話ができている。その今を自分から手放すのは、勇気がいる。


「大丈夫」


 だけど、そんな私の背中を押したのは、他ならぬ大山くんだった。


「もし会えなくなっても、また会える方法を見つけるよ。僕が」

「大山くん……」


 冷静に考えれば、その言葉にきっと明確な根拠なんてなかったと思う。


 でも、私はその瞬間、大山くんの言葉を信じてみることにした。


「わかった、やってみる」

「ありがとう」


 大山くんは、にっこりと笑った。部室で遭遇して初めて見せた、柔和な、優しい笑顔だった。


「あっ……」

「ん? どうかした?」

「い、いやっ、なんでもない!」


 その表情一つで、私の胸の真ん中あたりが飛び跳ねそうになったってこと、言えるわけない。


「それじゃあ、一旦切るよ」

「……うんっ」


 大山くんが、手を伸ばす。決断した後で、やっぱり撤回してほしいという衝動に駆られる。だけど、そんな気持ちは声に出さないで届くはずもなく、大山くんは、境界線に触れた。


 弾けて、跡形もなく消える境界線と大山くん。どうやら、どちらか一方だけ触れたら消える仕組みらしい。今は彼の気配すら残っていない。


 大丈夫。たった10秒。それだけ待って、シャッターを降ろすだけ。そうすれば、また大山くんに会えるんだから。


 私は、心の中でカウントする。


 1、2。


 でも、もしこれで大山くんに会えなかったら……?


 3、4。


 いや、だめだ。私は強引に、最悪のシナリオを振り払う。


 5、6。


 だって私は、彼の、大山くんの言葉を信じたんだから。最後まで、信じなきゃ。


 7、8。


 カメラを構える。持つ手が、じわっと湿っぽくなる。


 9、10――


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