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境界線はファインダーの向こう  作者: 染島ユースケ
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エピローグ

 それから、少しだけ時が流れて。


「千波」


 放課後、教室の外から聞こえた私の名前。そこには、純哉くんがいる。


「早く帰ろう。今日は部活休みだろ?」

「うん、すぐ行く!」


 そんな私達のやり取りの横からひょこっと現れ、近くで観察している女子が1人。


「いいですなー。2人は今日も平和にカップルしてて何よりですわー」

「もうっ、サエちゃん! ニヤニヤしてないでよっ」

「いーじゃないの減るもんじゃないし。あ、純哉くん今度の新聞部との合同企画、よろしく」

「了解、こちらこそ」


 私と純哉くんが仲良くなっているうちに、サエちゃんはそのコネクションを駆使して新聞部との合同企画を立ち上げようとしていた。サエちゃんの話だと、新聞部が発行する学校新聞で紙面を借りて、写真とそれにまつわるコラムを掲載するんだとか。さすがは写真部部長、抜かりない。


「それじゃあチナミ、頑張ってね~」


 最後にぱっちりウインクを決めて、廊下の向こうへと消えていくサエちゃん。何だかんだ言って、サエちゃんは空気を読んでくれたのかも。


「それじゃあ、行くか」

「うん」


 私達も、教室を後にした。前を歩く純哉くんの、1歩後ろをついていく。


 純哉くんと私は今、正式に付き合っている。まだ堂々と純哉くんの横を歩く自信はないけれど、そのうち当たり前のように手を繋いで歩けたらな、と私は密かに思っている。


「そうだ」

「あふっ」


 急に純哉くんが立ち止まった。私は止まれずに純哉くんの背中へぽふっと追突。


「あ、ごめん」

「ううん、大丈夫だけど……どうしたの」

「そういえば部室に忘れ物したんだった……取りに行っていいか?」

「わかった、私もついてく。ちょうど部室で用事あったし」


 私達は進路を変更して、旧校舎へと向かった。中に入ると、ほのかに感じる木の香り。他に人の気配はない。


「じゃあ私、写真部のほうにいるね」

「了解。用が済んだらそっち行く」


 階段を上って、私と純哉くんは一時解散。私は1人、写真部部室の扉を開ける。まぶしい西日が、私を出迎えた。


 カメラの三脚を片づけるだけの簡単な用事をすませると、私は部室の中で純哉くんを待った。携帯をいじったり、改めて身だしなみを確認してみたり。だけど、純哉くんが来る気配はない。


「遅いな~」


 すぐに私は手持ちぶさたになった。何も考えず、カメラを構える。覗き込んで、小さく切り取られた世界。西日で燃える部室と午後4時の空。


 不意に、鮮烈な既視感がよぎる。あまりにも合致していたシチュエーション。


 そうだ、この感じは同じだ――建哉くんと初めて遭遇した、あの日と。


 お姉ちゃんと再会したあの日以来、建哉くんには出会えていない。最後にもう1度ちゃんと建哉くんとお話ししたくて、ちゃんとお別れが言いたくて、何度か部室でシャッターを切ってみた。でも、例の境界線が現れることはなくて。あの日、建哉くんと中途半端なお別れをしてしまったことが、自分の中で心残りだった。その一方で、もう会うことはないだろうと、諦めているところがあった。


 だけど、今なら。もし、ここでシャッターを切ったら。


 私は震えそうになった指先で、シャッターのボタンを押した。


「――久しぶり」


 声が届いた。境界線の向こうに、カメラを構える彼がいた。


「建哉……くん」


 その予感は明確に、形となって現れた。


「やっぱり、何か会える気がしたんだ」

「わ、私も、なぜか急に会える気がしたの」


 私の声は驚きと喜びで、少しだけ上擦ってしまった。そんな声を聞いた建哉くんは、私に優しく微笑んだ。お互いに、お互いの存在が映っているんだと知って、ほのかに体温が熱くなる。


「純哉とは、どう?」

「うん、実はあれからすぐに付き合い始めて、今のとこ順調だよ。建哉くんは?」

「そうか、よかった。僕も穂波と付き合ってて、今でも楽しくやってるよ」

「よかった、それなら嬉しい!」


 それから、私達は自分達の近況について、主に純哉くんとお姉ちゃんのことについて話した。例えば、純哉くんと一緒にカメラを持って出かけた話。お姉ちゃんが建哉くんに作ったおいしいお弁当の話。サエちゃんが企画した新聞部とのコラボの話。お姉ちゃんとの出来事を建哉くんが嬉しそうに話すたびに、お姉ちゃんの生きている実感が湧いてくる。


 お姉ちゃんは、遠い別の世界で生きている。そして、建哉くんも共に。


 建哉くんの喜びや驚き、微笑みの表情を一瞬たりとも逃さないように焼き付ける。建哉くんも、少ないまばたきでずっと私を見ていた。視線の熱を、感じてしまいそうな程に。


 できれば終わってほしくない。このままずっと、建哉くんと話していたい。カメラの写真の中へ、自分もろとも閉じこめてしまいたい。そんな欲求も確かにある。でも、私はわかっていた。建哉くんも、きっとそのつもりだ。


 私達は、もうさよならだ。これは、はっきりとさよならを言うための、再会だ。


「千波……純哉のこと、頼むな」

「建哉くんも、お姉ちゃんのことよろしくね……それから」


 私は小さく息を吸った。わずかに怪訝な表情を浮かべる建哉くんの顔も、焼き付けて。


「いや、やっぱり何でもないや!」


 建哉くんの表情が夕日のように柔らかく、変化する。静かな笑顔。


「……そっか」


 右手を伸ばす。境界線へ。もうこれ以上の言葉はいらない。だからせめて、私も最後は笑顔で。


「ありがとう」

「さよなら」


 指先が、手のひらが触れる。近いようで果てしなく遠い、向こう側の世界に。


 最後に笑った建哉くんは、初夏の日差しに溶けて、消えた。その一瞬、境界線越しに建哉くんの体温を感じたような気がした。でも、その時にはもう建哉くんの姿はなかった。


 私は、触れた右手を左手で包んで、胸にそっと当ててつぶやく。


「……さよなら、建哉くん」


 不思議と、悲しみはなかった。ただ私は、満たされていた。そして、純哉くんに無性に会いたくなった。


 部室のドアを開く。廊下の向かい、突き当たり。そこにはほぼ同時に部室を出たらしい純哉くんが、立っていた。もしかしたら、純哉くんもお姉ちゃんに会っていたのかもしれない。


 そうだったら、いいな。


「純哉くん」


 私は歩き出す。純哉くんのもとへ、早足で。


 今は1秒でも早く、純哉くんに触れたかった。



【了】

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読ませていただきました。とても素敵なお話をありがとうございました。鏡の向こうの彼がそんな正体だったとは驚きました。楽しかったです!
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