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境界線はファインダーの向こう  作者: 染島ユースケ
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 チャイムの音。頭の中で、反響する。


 目を開ける。見覚えのある天井。むずむずする、埃っぽい匂い。外は薄暗い。


「いたたた……」


 思い出して不意に感じる、私が横たわっていた床の固さ。それのせいかもしれない背中の痛み。床を手で触れると、少し冷たく感じた。漂う空気も、昼間の熱を失いつつある。


 その冷たさが引き金になって、記憶が呼び起こされた。夢が現実なのかも、わからない記憶。だけど、確かに残る感覚。温かさ。


「お姉ちゃん……!」


 ふっと、お姉ちゃんに触れていた両手が熱を持った気がした。起きあがる。その熱を奪われたくなくて、床から手を離す。一瞬だけお姉ちゃんの影を探して、気づく。


 お姉ちゃんはいない。そうだ、いるわけがないんだ。


 その時、自分の中にぽっかりと穴が空いたように思えた。光を失って冷めてしまった空気が、その中をすうすうと吹き抜けている。


 だけど、すぐにその穴を別の何かが満たしていく。両手に持った熱と同じ体温が、注がれている気がした。


 お姉ちゃんは、生きている。例えそれがもう出会えない場所だとしても、確かな体温を持って、存在している。そして、その事実が今の私を勇気づけている。


「千波……さん?」


 私の背後で、動く影。背中を押さえながら起きあがる純哉くん。


「純哉くん、大丈夫?」

「なんとか、大丈夫」

「建哉くんと、会ったの」

「ああ、会った」

「そっか」


 数秒の沈黙。時間が現実として、流れている。


「……あのね、純哉くん」


『純哉くんのこと……よろしくね』


 お姉ちゃんの言葉が、私の中で繰り返される。やっぱりお姉ちゃんと出会ったことは、夢なんかじゃない。だから、お姉ちゃんと交わした約束は、守らなきゃ。


「私、純哉くんに話したいことがあるの。これまでのこととか、これからのこと。本当に、いろいろあるの」

「うん、聞くよ。千波さんの話したいこと、全部聞く。むしろ聞かせてほしい。千波さんのこと、僕はもっと知りたい」


 眼鏡の奥にある純哉くんの瞳が、薄暗い夜の色に混ざっている。でも、そこに絶望はない。


「その代わり、僕の話も聞いてほしい。建哉のことも含めて、僕もいろいろ千波さんに話したいんだ。いいかな?」


 その瞳に映るのは、明日を見る希望。知らなかった。純哉くんがこんなに真っ直ぐで、美しい瞳を持っているなんて。


 答えはもう決まっている。私に、断る理由なんてなかった。


「はい、喜んで」


 私は初めて、純哉くんの前で、笑えた。


「おーい、何してるんだそんなところで?」


 びくっ。私と純哉くんは揃って背筋を硬直させた。


「す、すいません、ちょっと探し物をしてまして……」


 とっさに出たらしい、純哉くんの言い訳。でも、見回りに来たおじさんの先生は、特に怪しんでいない様子だった。


「そうかー、もう最終下校時刻だからさっさと帰れよー」

「は、はいっ」


 背後の人影が遠くなっていく。


「び、びっくりしたー。ありがとう純哉くん、助かった」

「いやいや、まさか見回りに見つかるとはね……」


 そこで初めて、今の時間を確認する。もう午後6時を回っていた。


「帰ろっか」

「そうだね」


 私達は埃を払いながら立ち上がる。鞄を背負い直して、首からかかっていたカメラが揺れた。


「あ、ちょっと待って」


 最後に私は1枚だけ、写真を撮ってみた。

 シャッターを切るその瞬間。正直、淡い期待はあった。


 だけど、そこに境界線が現れることはなかった。


「……見えない、みたいだな」

「うん……でも仕方ないや。純哉くん、帰り道はどっち?」

「あっちの国道のほうだけど」

「それじゃあ、私と一緒だ」


 初めて知った、純哉くんの帰り道。彼は今まで、私にとってどこか遠い存在のような気がしていた。でも、そんなことはないんだと思う。むしろ、今はとっても近くにいる。帰り道が一緒だったり、知らないうちにお姉ちゃんと仲良くなっていたり。ただ、いろいろなことを知らなかっただけ。


『純哉くんのこと……よろしくね』


 背中を押す、お姉ちゃんの言葉。革靴の踵を鳴らして、近くなった距離をさらにもう一歩、近づけていく。


「純哉くん、一緒に帰ろ」


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