18
私は、大山純哉に会った。
廊下の突き当たり、私のちょうど反対側に立っていた。
こうして見ると建哉くんとは、まるで瓜二つだと思う。雰囲気も背格好もほとんど変わらない、純哉くんの姿。
思わず下の名前で呼ぶ。
「じゅ、純哉くん?」
「千波……さん?」
純哉くんも、下の名前で呼んでくれた。
やっぱりそういうことか、と思った。
私と、純哉くんの距離が詰まる。旧校舎の2階。夕焼けが等間隔に差し込む廊下。お互いを導く運命の糸は、一直線に伸びて結ばれている。
「……純哉くんも、見てたの?」
「ああ、見ていた」
やっぱり、純哉くんも同じ現象に遭遇していたんだ。
「建哉に、会ったのか?」
「うん、会ったよ。純哉くんも、お姉ちゃんと……?」
純哉くんがうなずく。そして、ある一点を見据える。
私達は歩み寄って、廊下の中央までたどり着いていた。そこで私達を待ちかまえている、古ぼけた引き戸。資料室の扉。
『資料室にある鏡の前で死んだ人に会えるらしい』
かつて、建哉くんから聞いた都市伝説。もし本当なのだとしたら、それはつまり。
確たる証拠はなくても、会うならここしかないと思っていた。ここが、境界線の中心だ。
「行こう」と、純哉くんは躊躇わずに言った。
「わかった」と、私も答える。
私と純哉くんは、同じタイミングで引き戸に手をかける。わずかに手が触れて、純哉くんの熱を感じる。幻ではなくて、そこにある体温。
普段だったら、それだけで恥ずかしくなってしまうかもしれない。でも今は、それよりも別の気持ちが勝っていた。高揚。緊張。感動。どの感情にも似ているようで当てはまらない、不思議な感覚。外からの夕日がそのまま私を取り巻くオーラになって、優しく包み込んでいる。
「開けるよ」
純哉くんの短い一言を合図に、私達は扉をゆっくりと開けた。
どこか懐かしさを感じる、夕焼けで輝く資料室。
同時に、向かいの引き戸が開く。まるで、私達と鏡写しになった、2つの影。建哉くんと、もう1人。
ずっと会いたかった。
でも会えるとは思わなかった。
中里穂波が、お姉ちゃんが、そこにいた。
「お姉ちゃん……!」
「ちーちゃん……!」
お姉ちゃんと私は、同じタイミングで私への1歩を踏み出した。
届くはずがなかった。永遠に距離の縮まらないはずの1歩だった。
それが今、こんなに近くに。
「お姉ちゃんだよね、そうだよね、これ、うそじゃないんだよね!?」
「お姉ちゃんだよ、ちーちゃん、私はここにいるよ!」
境界線を隔てた、あと1歩。
「……お姉ちゃん!」
そして、私は、お姉ちゃんは、最後の1歩を踏み出した。
そのわずか1歩の間で、いろいろなことが起きた。
境界線に触れようとした私達を、お姉ちゃんの後ろにいた建哉くんが止めようとした。
私の背後からも「ちょっと待て!」という声が聞こえて、振り向いたとほぼ同時。鏡が強烈な光を放った。
夕焼けのそれとは違う、全てを浄化してしまいそうな真っ白い光。まるで、巨大なカメラのフラッシュのようで、驚いた私は思わずバランスを崩した。
倒れそうになりながら、私は境界線に触れた気がした。だけど、もう重心をコントロールできなかった私は境界線に飛び込む形で、自分の身を委ねる。
身体が為す術なく投げ出される。
でも、床に倒れたという感覚はなかった。足下にあったはずの埃っぽい床をすり抜け、全身がひっくり返って真っ逆さまに落ちていく。私の魂が、ここではないどこかへ飛ばされていくような気がした。
私は、意識を失った。