12
お姉ちゃんは言うまでもなく、3度の飯よりも写真がすきだった。
だけど、まさかお姉ちゃんが写真の中に入ったまま戻って来なくなるなんて。想像できるはずもなかった。
写真の中のお姉ちゃんは、笑顔だった。だけど、その写真には黒い帯が掛けられている。
お姉ちゃんは交通事故に遭って、死んでしまった。天才だったはずのお姉ちゃんは、あっけなく死んでしまった。
夕方、お葬式が終わった後。私は公園の丘に行った。いつもお姉ちゃんが持っていた、今や形見となってしまったカメラを持って。
1人で上るのは、お姉ちゃんが賞を穫った1カ月前以来だ。
よく2人きりで泥だらけになって遊んだ公園。そこの一番高い場所。風に押されて、独りでに揺れるブランコ。さび付いた滑り台。複雑に入り組んだ影を地面に映すジャングルジム。そこからさらに下って眼下に広がる、私達の生まれ育った街。至るところで微かに映る、お姉ちゃんの幻影。お姉ちゃんと過ごした日々の全てが、思い出になっていく。私の中にある、時計が止まる。
『ちーちゃんは大丈夫だから! ちーちゃんは1人になっても元気でいられる!』
お姉ちゃんが遺した、いつかの励ましが胸に響く。
「でも、やっぱり無理だよ……」
涙があふれる。その場に崩れ落ちる。
だけど、どれだけ嘆いても、お姉ちゃんはもういない。お姉ちゃんが私を助けに来ることは、もうないんだ。
お姉ちゃんの体温が恋しい。あの私の全てを包んでくれた、お姉ちゃんの優しい体温。それはもう冷たくなって。なくなって。
「お姉ちゃんがいないと無理だよっ……!」
『私がどこに行っても心はいつだって、ちーちゃんの近くにあるから!』
どこに行っても?
それは、例えば天国だったとしても?
「それじゃあ……隠れてないで、姿を見せてよ。もう一度私の前に、姿を見せてよ」
そして私は、涙を拭ってカメラを持った。
お姉ちゃんは、写真で切り取った世界の向こう側へと行ってしまった。だから、カメラを通して見える世界の中でならば、お姉ちゃんに出会えるだろうか。
そんな、ありえない奇跡を祈って構えたカメラだった。そして、シャッターを切る。
奇跡が、見えた。
淡いきらきらとした、ぼやけた空気。その儚い煌めきを纏った世界の、ほんの数メートル先。2人の女の子が芝生の上に座っていた。
驚いて、レンズから目を離す。肉眼で見ても、2人の姿はまだそこにいた。
2人はぴったりと寄り添って、何かを話している。声までは聞き取れない。今の私よりもずっと年上の、制服を着た女の子。1人の女の子の表情は見えない。背を向けていて、ぼんやりとしたもやに塗りつぶされている。そして、もう1人は。
「お姉ちゃん……?」
同じく背を向けていたけど、一瞬だけ見えた横顔。私の知ってるお姉ちゃんじゃないけれど、確かにお姉ちゃんの影を宿していた。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんなの?」
私は涙に濡れた声で、お姉ちゃんを呼んだ。だけど、その声が届いた様子はない。
そして、私はお姉ちゃんに近づきたくて、手を伸ばした。
刹那。全ては幻だったかのように、消えた。
「お姉、ちゃん……」
それは、ほんの1分にも満たない邂逅。
だけど、そのことで私の中から天啓のように、1つの決意が生まれた。
私は生きなきゃ。
お姉ちゃんの分まで、生きなきゃ。
私は、カメラを握りしめて1人きり、立ち上がる。
夕焼け空が、少しだけ軽く、強くなった私の魂を照らしていた。