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「いやいや、昨日は大変だったよ」
次の日の昼。お弁当を食べ終えてから話題になったのは、やっぱり昨日のこと。
「ちょうど資料室から出てくるところを新聞部の仲間に見つかってさ。抜け駆けするな、ってきつくお説教された」
大山くんは大山くんで、いろいろと苦労をしたらしい。
でも、そのいつもの落ち着いた語り口と平然とした佇まいのせいか、周囲に何か言われてものらりくらりとかわして上手くやり過ごしているようなイメージしかなかった。少なくとも、私ほどテンパってはいない気がする。
「中里のほうは大丈夫だった?」
「まあ大丈夫といえば大丈夫だったけど……でもやっぱり取り調べを受けさせられてたよ」
「ははは、そっちもそっちでお疲れだね」
ちなみに、サエちゃんには「いつも昼休みは部室で大山くんの幼なじみと大事な相談をしているから邪魔しないでね!」と釘を刺してある。サエちゃんからは満面の笑顔で「いい知らせ待ってるから行ってらっしゃい!」と言われた。応援してくれるのはうれしいけど、ちょっと複雑。
『もしかして、やっぱりそれって幼なじみくんのほうを好きになってるパターンだったり?』
反芻される、昨日のサエちゃんの言葉。そんなことないよー、と笑い飛ばしたくてもなぜかそれができなくて、引きずっている。
私にとって、目の前にいる大山くんは何なんだろう? 大山くんであって大山くんではない彼は、誰なんだろう?
「……里、おい、中里?」
「……へっ?」
「大丈夫か? 何かぼーっとしてたけど」
「あ、ご、ごめん大丈夫だよ! あ、そうださっきの新聞部の話だけど」
私は迷いをパックの紅茶と一緒に流し込んで、話の進路を切り替えた。
「抜け駆けがどうとかって言ってたけど、何かマズかった?」
「いや、大したことじゃないよ。ただ、昨日入った資料室の関係で、新聞部が調査してることがあるんだ」
「調査? 何の?」
「……知りたい?」
唐突に、大山くんの声のトーンが低くなる。不意に現れた緊迫感に、私は息を呑んだ。
「もしかして、大声で話せないようなけっこうヤバい話?」
「まあ、ヤバいと言えばそうなのかもな。中里は、怖い話とかは大丈夫か?」
「そういう類の話なんだ。まあそこまで苦手じゃないから大丈夫だよ」
「そうか……まあ率直に言うと、あの資料室はもちろん、旧校舎一帯は割と出やすいらしいんだ」
「幽霊が?」
大山くんはうなずく。
「やっぱりそれなりに歴史のある建物だから、出るのは仕方ないんだろうけどね。でも、その中でも特に資料室はそういう気配が強いらしい」
ちらっと、わずかに後ろを見る。こういう時、無性に背後が気になってしまう。
「それで、ここの資料室にまつわる都市伝説を聞いたから、僕ら新聞部は調べてみることにした」
「……その都市伝説って?」
「率直に言うと、資料室にある鏡の前で死んだ人に会えるらしい」
昨日、資料室で大山くんと合流した時のことを思い出す。今までお互いの世界に干渉することのなかった大山くんが、鏡を通して同じ場所に映り込んだあの瞬間。
「それって……」
「ああ、まだ新聞部のメンバーには当然話してないけど、おそらくこの境界線の現象も都市伝説の正体の1つじゃないかと僕は推測してる」
「でも、私達は別に死んだ人じゃないよね」
「そうだな。現にこうして生きてる。でも、お互い実体に触れられない物同士だから、死んだ人に会ったって解釈されても無理はないのかもね」
「なるほどねー……」
死んだ人に会える。
私の脳裏に、1人分の輪郭が形作られていく。それは、あくまでも私の想像。だけど、あまりにも鮮明に私の中で彩られて、優しく私に微笑みかけている。
もし、本当に死んだ人に会えるのだとしたら。
「……里、おい、中里?」
「……へっ?」
「なんか数分前と同じやりとりしてるな。本当にさっきからぼんやりしてて大丈夫か?」
「あー、ごめん。でも大丈夫だよ、本当に」
大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かす。
だけど、昼休みが終わっても、どこか落ち着かない気持ちはずっと私の中でざわついていた。