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境界線はファインダーの向こう  作者: 染島ユースケ
10/23

 それからも、私と大山くんの謎解きの日々は続いた。いつの間にか、桜の木々は衣替えをしている。淡い桃色から、春の日差しを浴びて輝く新緑へ。


 制服も、今日から黒のブレザーから白いブラウス(だけどそれだけでは肌寒いから、今はまだカーディガンを着ている)に切り替わった。新しいクラスも、私を含めみんなが少しずつ馴染んできたせいか、桜の頃よりも活気が出てきたような気がする。これも、1つの春らしい光景かな、と思った。


 そんな季節の変化を、私は今までよりも積極的にカメラで残していく。日常に隠れたキラキラの欠片。それを1つずつ拾い集めていく。最近は、少しだけお姉ちゃんの写真に近づけたような気がした。もしかしたら、それも大山くんに出会えたおかげかもしれない。


「……と、昨日から今日までで、大きな違いがあるのは3カ所、か」

「うん。それにしても、そっちはまだ衣替えしてないんだね~」

「ああ、僕の方は来週かららしい」


 私は写真部の活動と並行して、相変わらず昼休みに大山くんと間違い探しの調査を続けている。これが手がかりになるかどうかは別として、やってみると意外と面白い。例えば、話題に出てきた衣替えとか。実は大山くんは写真部ではなく新聞部としてこの部室を使っていたとか。あと特に驚いたのは、よく聞く音楽の話だった。


「え、大山くんの世界にMiXっていないの⁉︎」

「うん、そんな名前の歌手は聞いたことがない」


 私の世界では、知らない人はいないくらいの世界的な歌姫。クラスでは、もうすぐ新曲が出るという話題で持ちきりだったトップスター。まさか、そんな有名人にも違いがあるなんて。地味に衝撃的だった。


 でも、こういう予想外な間違いを発見するだけでワクワクするし、ちょっとした幸せも見つけた気分になる。


「それにしても、うちも衣替えはもうちょっと遅くていいんだけどな~。さすがにまだちょっと肌寒いもん」

「そう? 今日とか、かなり暖かいけど」

「本当に?」

「というか、むしろ暑いくらい」

「そんなに……って、そっか。ということは、気候ももしかしたら違ってるのかも」

「そういうことだな!」


 違いを見つければ大山くんとの会話のネタにもなって、そこから新しい発見にも繋がって。その幸せは連鎖して、私の中で1回りも2回りも大きくなった。


「今日は、また試してみたいことがある」

「どんなこと?」

「今の状態で、他の部屋がどうなってるのか知りたい」

「他の部屋、か」


 言われてみれば、今まで気にしたことなかったな。これでもし他の部屋も繋がっていたとしたら、それは私達限定で世紀の大発見だ。


 大山くんは、いつも私が気づかないような鋭いところに気づいて、知ろうとする。そういうところはさすが新聞部だな、と思う。素直に、尊敬する。そして、私もそんな大山くんの理知的な好奇心につられて、わくわくさせられてしまう。


「なんかそれ、面白そう! すぐ行ってみようよ!」

「もちろん、じゃあカメラ持っていってみようか」

「あ、でもさ、他の部室に入るのはちょっとまずいよね?」

「まあそうだな。とりあえず、調べるのは空き教室だけにしよう……と言っても、全部埋まってるのか」


 それから話し合いの結果、校舎の真ん中にある資料室だけ調べてみることにした。ちなみに、隣の部室はこっちが美術部で大山くんのほうでは書道部らしい。またしても、新しい発見。


「じゃ、また境界線の向こうで」

「何かその言い方、気取りすぎてて逆にダサいよ?」

「ダサくて悪かったな……とにかくしばしのお別れだ」

「はいはい、またねー」


 いつの間にか言えるようになった軽口を叩きながら、私達は同じタイミングで部屋を出た。


 時折ぎしぎしと鳴る廊下を踏みしめ、目的の場所へと向かう。階段の前、年季の入った木製の引き戸。幸い鍵は掛かっていなかったみたいで、その扉はがたがたとつっかえながらも1人で開けることができた。


 と、同時に反対側の引き戸も開く。その向こう、大山くんの姿がはっきりと確認できた。


「……繋がった」

「境界線、こっちまで続いてるのか」

「大山くん、私のこと見えるよね?」

「確認できる。もしかしたら、この部屋にも何か手がかりがあるかもしれない」

「じゃあ、ちょっと探索してみようか?」


 そんなわけで、私達は資料室の中へと踏み込んだ。


 資料室と言えば聞こえはいいけれど、要するに中はただの物置だった。しばらく開けられていなかった上に、掃除もろくにしていない場所らしい。ぱさつく埃の匂いが充満していて、軽くむせそうになる。薄暗かったから電気を点けようとしたけど、スイッチを入れても全然反応がなかった。


 前後の廊下から漏れる光を頼りに、そろそろと前へ進む。大山くんとの距離を、少しずつ縮めていく。時の流れに忘れられた物の数々が、長い眠りについている。例えば、積み上げられた古い木製の机。もう動きそうにない柱時計。色あせた地球儀。


 まじまじと部屋の中を観察しながら、ゆっくりと、慎重に一歩一歩進む。すると視界の端、左側にぬっと動き出した影があった。


「ひゃっ!?」


 驚いてよろけた身体をどうにか机で支えて、立て直す。影の見えた方向に視線を向ける。私が通ってきた廊下側、壁面の中央。そこに、姿見のような大きな鏡があった。


「中里、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だけど……」


 それは1人分の全身がまるまる映り込めるほどの大きさで、その中にぽかんとしている私がいる。そして、その後ろには大山くんの姿。……大山くん?


「……大山くん、これ!」


 私は思わず、興奮の声を上げた。


「映ってる! 私と大山くんが、鏡の中で一緒に映ってる!」

「本当だ!」


 大山くんも、境界線ぎりぎりのところまで近寄る。私が鏡の中心から1歩ずれると、確かにそこには大山くんの全身像が写り込んでいた。まるで、私達が同じ世界の中で隣り合っているかのように。


 さらに、大山くん側にも同じ大きさの鏡が向かい合うように置かれていて、そちらにも2人分の姿が映し出されていた。


「そうか……鏡か」

「何か、わかった?」

「考えてみれば、カメラも鏡だよな。中里はカメラの構造はわかるか?」


 私は首を横に振る。カメラは好きだけど、中の構造とかそういう難しそうなところまでは気にしたことがなかった。


「一言で言うなら、僕らが写真を撮る時は鏡越しの景色を見てるんだ」


 それから、大山くんは簡単にカメラの構造を教えてくれた。要するに、レンズに映る映像を内蔵された鏡に反射させて、それがファインダーに届く、という理屈らしい。


「だからやっぱり、鏡が何か関係しているのかもしれない。ほら、昔から鏡って神聖なものとして信仰されてたくらいだし」

「そういえば日本史の先生もそんなこと言ってたかも」

「ああ、僕のほうでも授業で確かに言ってたな。それに、そもそもここの鏡、実はちょっとした噂話があって――」


 と、そこまで話したところで、大山くんの言葉がぴたりと止まった。


「ん? どうしたの?」

「中里、ちょっと静かに」


 急に、大山くんが私の言葉を遮る。


「誰か来た」


 すると、大山くんの言葉通りに階段を上がってくる音が聞こえた。振り返ると、資料室の引き戸を開けっ放しにしていたことに気づいた。二人の間で、緊張の糸がぴんと張りつめる。


「ど、どうしよう? 1回切ったほうがいいかな?」

「そうだな、じゃあ無事に抜け出せたらまた部室で」

「うん、わかった」


 ひそひそ声での打ち合わせの後、大山くんが境界線に触れる。静かに、大山くんの姿がフェードアウトする。それから、慌てて資料室の扉を閉めようとする、が。


「あ」

「お」


 一呼吸分くらいの差で、手遅れだった。


 扉に手をかけたところで、階段を上ってきた足音の主とぴったりと目が合う。


「あんた、何してんの?」


 幸か不幸か、その相手はサエちゃんだった。


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