第三話 白い空間
ギィコ、ギィコ
ブランコを漕いでいるような音が耳に入る_
重たくなった目蓋を無理矢理開ける_
視界を染め上げるのは純白で無機質な白_
どうしようもない孤独に襲われる_
「起きましたか?」
穏やかな声、聞き覚えのある声に飛び起きる_
辺りを見渡せば俺の目の前に茶色いログチェアに腰をかけ、本を読んでいる優男_
その男は容姿、声と同一の穏やかな笑みを俺に向ける_
その笑みを見た瞬間感情が爆発した_
「!」
空を殴る自分の拳_
目の前の男を殴るはずだった自分の拳は空振りする_後ろを振り向けば何ら変わりなくログチェアに座っている優男の姿_
さっきまで俺の目の前に居た筈なのに_
睨み付けても、その男は笑みを浮かべるのを止めない_
「……怒るのはわかりますが、それよりも聞きたい事が貴方にはあるでしょう?」
「………」
腕を下げる_
そうだったな、右手を握り締めれば手の中に固い感触_
「話が長くなりますから座ってください」
途端に現れる椅子と机_
それは魔法のように現れたのではなく、まるで元からあったような感覚がする_椅子に腰をかける、机には二つのカップとティーポット、それからミルクや砂糖_
「さて、では何からお答えしましょうか?」
「じゃあ……ここは何だ?」
「ここは…前にも言った通り、大切な何かを失った者がくる…空虚な空間です」
「だから、それが何だと聞いているんだ」
「私にもよくわかりません、が貴方は何かを失った節があるのでは?」
「……何の話だ」
「ここは普通の人間が来るところとは違う、と言う事は理解できますよね」
「……まぁ」
二つのカップに注ぎ込まれる透明なオレンジ色の液体_
湯気が漂う。ここは人の気配がしない、まるで何もないみたいだ_
「まぁ理解出来なくてもいいのですが、ただ『ここがそうゆう所』だと思ってください」
「あんたはここの事を知っているんじゃないのか」
「私にもわからない事はあります、そして私も……何かを失った人間ですから」
「………」
カップの一つを差し出される_
優男はカップに口をつけ、話を一度中断する_一瞬だけだが、この男が悲しそうに眉を潜めたのが見えた_
「私が話す事、理解しなくてもいいです。ただ受け入れて下さい、この世界がそうゆう所だと」
「……わかった」
思わず頷いてしまう自分_もっと言いたい事はあった筈だ_
満足そうに微笑む優男_
「次に私が貴方を送り込んだ先の説明ですが、あまり期待はしないように」
「ああ」
「私が貴方を送り込んだ先は、所謂と呼ばれている世界です」「景色が全て白黒だったな」
「ええ、その点からモノクロと呼ばれているのでしょう。そして貴方が遭遇した、黒い塊」
「……何で知っている」
「私が送り込みましたから」
湯気が止まる_
やはり、コイツに気を許す事は出来ないらしい_
「モノクロセカイと黒い塊は共通の関連性があります。モノクロセカイはいわばパソコンのような働きをします。全てのプログラムが保存してある場所がモノクロセカイと言う訳です。そしてプログラムが何かと言うと言わば人間です」
「人間……?」
「信じられないかもしれませんが、聞いて下さい。地球は200X年を過ぎた時から地球に住んでいる人間は何らかの衝撃で肉体全てがプログラム、データになってしまったのです」
何だ、それは、現実味なさすぎだろ_
だけど冗談ではないだろう、男の目が真剣そのものだったからだ_
「モノクロセカイは地球の一部。人間のプログラムを管理する場所、つまり第二の地球と考えて下さい」
「そんな事聞かされて信じられると思うか?」
「これは夢じゃありません、現実です。続けます」
「……」
「そして何故人間がそれに気付かないか、ですが。それは当たり前です何故ならいくら肉体がプログラム化しても人間の生活リズムが変わった訳ではないですから」覚めたカップに口をつける_
夢か?これは悪い夢か、俺が目を覚ましたら元の日常が広がっているのだろうか?
「呼吸し、食物を摂取し、行動する、それは肉体がプログラムになった今でも変わらない日常」
「じゃあ……何で人は死ぬんだよ人間がプログラムだったら修復すればいいだけの話だろ」
「実は人間が新たに生まれた瞬間、その人間には最初から幾つで死ぬか寿命が決まっているのです。何故なら多くモノクロセカイが人間のプログラムを長く保管していれば容量が一杯になりモノクロセカイが壊れてしまう危険性があるからです」
「……人を物みたいに」
「物ですよ、人間は、地球にとって」
穏やかな微笑みに浮かぶ冷淡な冷たさ、目がそれを語っていた_
「そして次に、貴方が会った黒い塊ですが、あれは元は人間だったものです」
「は……」
「寿命を終えた人間は削除されますが、何らかのトラブルで削除し損ね、あの黒い塊なったと推測されます。バグ、と呼んだ方がいいかもしれませんね」
「……」
「そしてバグは自分の肉体を求め、さ迷います。そしてプログラムの肉体を持った人間を見つければ肉体を求め、襲い掛かります。バグは様々な形に自分を変えます。人間だったり、動物だったり、あるいは……自分の一番大事な人だったり、ね」
「!」
心臓を鷲掴みされたような感覚_
優男は特に気にも留めない_
どうして、自分はこんなにも動揺したのだろうか_
「まぁこれは全て私の推測ですが」
「……何故推測だけでそこまで詳しくわかる」
「あくまで推測、ですから」
「……」
有無を言わさぬ声_
背もたれに背中を預ける_あまりにも現実味のない話、ではどうやって俺がこの場所にいるか、あのモノクロの世界は何なのか、を説明が出来ない_
「私の名前はルシファーと申します」
差し出される白い手_
不快感を与えない穏やかな微笑み_
今は、コイツの言ってる事を受け入れるしかないのか_
手を握る_
「……神崎レオだ」
『大丈夫、一人じゃないよ』
聞こえた声_
俺の脳裏に響いて離れない_