2-3
水使いのおばさんの魔法で井戸の中の水位が急激に上昇し、僕たちは大量の水に押し出されるような形で、井戸を脱出した。
ようやく太陽の下に出ることができてほっとした。体温がゆっくりと戻っていくのを感じる。おばさんは少女の胸に耳を当てたり、首筋に手を当てたりしていた。やがて、安心したように息をついた。
「とりあえず、うちに来なさい。主人にあんたの母さんを呼びにいかせるわ」
「ありがとう、おば……」
おばさんの目が鋭く光り、僕は言葉を飲み込んだ。
「……クレアさん」
おばさんにたたき起こされたおじさんは眠そうに目をこすり、そのまますっと消えた。瞬間移動したのだ。
僕と少女の濡れた服と髪はおばさんの魔法であっという間に乾いた。けれど、少女の顔は青白く、じっと目を閉じている。おばさんは彼女を火の前に座らせ、肩にカーディガンをかけた。そのカーディガンは驚くほど、少女にぴったりだった。
「赤ちゃんが生まれた日に、旦那が買ってきたのよ。生まれて間もないってのに、気が早いったらないでしょ」
「赤ちゃん?」
「あたしにも子供がいたのよ。女の子。今も生きていたら、ちょうどこの子ぐらいになっていたかもしれない。あんたと一緒に学校に通ってたかもしれないね」
「……死んじゃったの?」
少女の顔を見ながら、嬉しそうに話すおばさんの顔が曇った。重たい沈黙が落ちた。急に空気が張り詰めた。怒らせてしまったのかもしれない。どうしようと思っていると、彼女は思いのほか穏やかな口調で話し出した。
「死んじゃった、というか。それが、今でもわからないのよね。ある朝目が覚めたら、あの子はもういなかったの。ハイハイも覚えていない頃だったから、一人でどこかに行けるはずがないし、誰があたしの子供をかっさらったんじゃないかって、村の連中をみんな疑ったりもした。それでも見つからなくて、どこを探してもいなくて」
おばさんは少女を見下ろしたまま、静かに話し続ける。
「それからもう何年もたった。だけど、あの子が死んだなんて思いたくなかった。小さな女の子を見るたびにあの子じゃないかって思ったりして。バカよね」
そのとき、おばさんはふと少女の足首をつかんで目を見開いた。「まさかね」と小さくつぶやき、かぶりを振って微笑した。
「それで、あんたたちはあたしの井戸で何をしていたわけ?」
「えっと」
「どうせこの子をいじめていたんでしょ。陰気な奴だとは思っていたけどこんなことするなんて。母親に説教しなくちゃね」
いつもの意地悪な口調である。おばさんは事情を尋ねておきながら僕の話を聞く気などはないようである。やはりこの人のことは苦手だなあと、僕は心底そう思った。
しばらくして、母が瞬間移動のおじさんに連れられてやってきた。おばさんはそれを見るなり、母に小言を浴びせた。
少女が目を覚ましたのは、ちょうどそのときだった。おばさんに代って様子を見ていたおじさんが「目を覚ましたぞ」とうれしそうな声を上げた。おばさんはそれを聞くと、母への小言を中断して、少女の前に飛んできた。
少女は目覚めたばかりのうつろな目で、ぼんやりとしている。そして、小さく口を開け、まるでうわ言のようなつたない発音で、「ま、まー……」とそう言った。