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 魔法が使える世界に来て、1週間程度が過ぎた。どれだけ眠っても元の世界に戻ることがない。それゆえ、今目の前に広がっている光景が現実のものであるという確信が強まった。

 つまり、僕は自殺に成功して、異世界に転生してしまったということである。

 その結論に至って、僕は著しく落ち込んだ。そして、見たこともない神様を憎んだ。

 どうして僕なんか転生させたんだよ、もううんざりだっていうのに。

 僕は2階の窓から外を見下ろした。地面が近かった。首を吊れるような紐もないし、この高さでは死ねない。

 諦めてベッドに寝転がった。ベッドの寝心地は意外とよかった。ベッドが変わるだけで不眠症になってしまう僕でも熟睡できるほどだった。

 中世という時代だから、もっと粗悪な環境を想像していた。ところが、いつでも温かいご飯が食べられるし、お風呂も温かい。遠い場所へ移動するのもあっという間だ。あれもこれも、この世に魔法が存在しているためである。この寝心地の良いベッドも、なんらかの魔法のたまものかもしれない。

 ベッドで寝転がっているうちに、まるで靄が晴れるように、自殺願望がすうーっと消えていく。

 学校で憂鬱になって、家に帰って、ベッドに潜って。その繰り返し。僕はこのごろ、自傷行為すらしていない。魔法の物珍しさ、景色の真新しさのせいで、自殺願望を抱いてもすぐに忘れてしまうようである。



 しかし、それからさらに時が経って、1年2年と経過すると、だんだんとそれが日常化してくる。物珍しさや真新しさが薄まってくる。魔法に慣れてしまって、その不思議さだとか、フカフカのベッドで眠れることなどに感動しなくなってくるのである。

 それに、母がすぐに使えるようになると言った魔法が、いつまで経っても使えるようにならない。学校のクラスメイトの中には弱いけれど魔法が使える子が少しずつ増えてきた。もうおじさんによる送り迎えが必要ない子すら出てきた。

 僕が魔法を使えないことについて、責める人は誰もいない。だが、大人を見渡してみると、みんなそれぞれ魔法の力を生かして生計を立てているようである。

 例えば、母は熱を操ることが出来る。それによって、お風呂を沸かすのも竈に火をつけるのも自由自在なのである。さらに、魔法を応用すれば、水を氷に変換することもできる。母が作った氷は長持ちするため、野菜や肉を保存するのに便利である。したがって、この氷はとても需要がある。わが家はこの氷を売りさばくことで生計を立てている。

 それから、学校の送迎をしてくれるおじさん。彼は見ての通り瞬間移動が得意だ。だから、前の世界のタクシードライバーのような役割を果たしている。

 近所の気難しそうなおばさんは水の魔法使い。毎日新鮮で安全な水が飲めるのはこの人のおかげである。また、水分を飛ばして干物を作るのも大得意である。



僕は自分の将来を憂いた。僕はまた、何にもなれずに死んでいくのかと。学校に行ってもうわべだけの付き合いで、真の友情なんて結べない。僕など、やはり生きていても無意味じゃないのか。ずるずると生き続けるくらいなら、いっそ死んだほうがましではないか。


「大丈夫よ。魔法なんて使えなくてもきちんと生活できるもの」

 母の真似をして、竈の前に手をかざしていると、母はまるで心を読んだかのようにそう言った。

「それに、あなたはとても優しいから。私はそんなあなたが大好きよ。だからね、絶対に死んではだめよ」

 母はとても悲しそうな顔でそう言った。彼女のそんな表情を、僕は知っているような気がした。


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